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王都の巨大な正門をくぐった瞬間、ユーリは鼻をつまんで顔を顰めました。
「……くさ、腐っていますわ。街全体の『呼吸』が止まっています。これは深刻な二酸化炭素過多……いえ、負のエネルギーの滞留ですわね」
「……ああ。以前来た時よりも、さらにひどいな。街路樹がすべて、炭のように真っ黒に立ち枯れている」
ゼノスもマントをきつく締め直し、周囲を警戒しました。
かつては「花の都」と謳われたこの街も、今や道端の雑草さえもドロドロに溶け、不気味な静寂が支配しています。
そんな二人の前に、重厚な鎧に身を包んだ王宮騎士団が立ちはだかりました。
「……ユーリ・ド・フローリア、およびゼノス・フォン・ソーン卿。殿下がお待ちだ。ただちに王宮へ向かえ」
騎士たちの声には、隠しきれない怯えの色が混じっていました。
無理もありません。ユーリの隣には、かつて「歩く呪い」と恐れられたゼノスが、以前にも増して禍々しい(実はただの寝不足と対人緊張による)オーラを放って立っているのですから。
「いいですわよ。案内してくださいな。……あ、そこの騎士さん、兜の隙間にカビが生えていますわよ? 王宮の湿気対策、一体どうなっているのかしら」
「カ、カビ……!? ひっ、触らないでくれ!」
騎士の悲鳴を無視して、馬車は王宮の庭園へと進みました。
そこに広がっていたのは、まさに「植物の墓場」でした。
ユーリが丹精込めて育てたバラ園は跡形もなく、代わりにカトレアが言っていた通りの「派手な造花とリボン」が、泥まみれになって散乱しています。
「……これ。これを見てください、ゼノス様」
ユーリの声から、いつものユーモアが消えました。
彼女が指差したのは、かつて王国の平和の象徴だった「千年樹」の成れの果てです。
葉は一枚も残らず、幹には深い亀裂が入り、そこから黒い液体が滴っていました。
「ひどい……。ここまで放置するなんて。これはもはや、園芸放棄という名の虐殺ですわ」
「……ユーリ、落ち着け。魔力が漏れ出しているぞ」
ゼノスが彼女の肩を掴んだその時、王宮のバルコニーから、ひどくやつれた男の声が響きました。
「……やっと来たか、呪いの女め!」
現れたのは、ヴィルフリート王太子でした。
しかし、数ヶ月前までの自信に満ちた姿はありません。目の下には深いクマができ、頬はこけ、王族の威厳はどこへやら、まるで立ち枯れた老木のような惨めさです。
「殿下。随分とお顔の色が悪いようですね。窒素不足の葉っぱのような土色をしていらっしゃいますわ」
「黙れ! 貴様が去ってからだ……王都中の花が枯れ、作物は実らず、民たちは飢え始めている。これは貴様が、去り際にこの地にかけた呪いのせいだろう!」
ヴィルフリートは狂ったように叫びました。
「呪い? 心外ですわ。私はただ、この地の管理権を返上しただけです。……殿下、あなたはご存知なかったのですか? 植物には『心』があるということを」
「心だと!? 草木にそんなものがあるわけなかろう!」
「いいえ、ありますわ。あの子たちは、自分を愛してくれない主人のためには、一滴の酸素も作りたくない。そう判断しただけです。……そして何より、あの『毒婦』の存在がトドメを刺したようですね」
ユーリが視線を向けると、ヴィルフリートの影から、カトレアがフラフラと現れました。
彼女もまた、以前の「可憐な一輪草」の面影はなく、派手なドレスがボロボロに引き裂かれ、虚ろな目で笑っています。
「……ユーリ様ぁ。あなたが悪いんですのよ……。あなたのバラが、夜な夜な私を呪い殺そうと……ああっ! 見ないで、そんな美しい目で私を見ないで!」
カトレアはユーリの瑞々しい肌と、彼女の周囲に舞う清浄な魔力を直視できず、叫びながら逃げ出しました。
「……見ての通りだ、ユーリ」
ヴィルフリートが、すがるような目で手を伸ばしました。
「頼む……。この庭を、いや、この国を元に戻してくれ。今なら、貴様の国家反逆罪も不問にしてやろう。もう一度、私の婚約者として……」
「お断りします」
ユーリは一秒の迷いもなく即答しました。
「私はもう、あなたの庭の飾り物ではありません。……ゼノス様、お願いしますわ」
「……承知した」
ゼノスが前に出ると、王宮全体が震えるほどの圧倒的なプレッシャーが放たれました。
「ヴィルフリート王太子殿下。ユーリは現在、我がソーン領の『最高園芸責任者』であり、私の……大切なパートナーだ」
ゼノスが「パートナー」と言った瞬間、ユーリは少しだけ頬を染めましたが、すぐにプロの顔に戻りました。
「殿下。私はこの国を救いに来たのではありません。……無惨に殺された植物たちの、葬儀(ざまぁ)を執り行いに来たのですわ!」
「な……っ!? 葬儀だと!?」
「ええ。枯れ果てたものは一度すべて根絶やしにし、更地にする。……そして、そこには私が、全く新しい『命の秩序』を植え付けます。……ゼノス様、土壌の『強制リセット』、開始ですわ!」
ユーリの宣言と共に、王宮の地下から巨大な茨が突き出し、ヴィルフリートの足元を粉砕しました。
かつてないほど激しい「世紀の植え替え作業」が、今、王都のど真ん中で始まろうとしていました。
「……くさ、腐っていますわ。街全体の『呼吸』が止まっています。これは深刻な二酸化炭素過多……いえ、負のエネルギーの滞留ですわね」
「……ああ。以前来た時よりも、さらにひどいな。街路樹がすべて、炭のように真っ黒に立ち枯れている」
ゼノスもマントをきつく締め直し、周囲を警戒しました。
かつては「花の都」と謳われたこの街も、今や道端の雑草さえもドロドロに溶け、不気味な静寂が支配しています。
そんな二人の前に、重厚な鎧に身を包んだ王宮騎士団が立ちはだかりました。
「……ユーリ・ド・フローリア、およびゼノス・フォン・ソーン卿。殿下がお待ちだ。ただちに王宮へ向かえ」
騎士たちの声には、隠しきれない怯えの色が混じっていました。
無理もありません。ユーリの隣には、かつて「歩く呪い」と恐れられたゼノスが、以前にも増して禍々しい(実はただの寝不足と対人緊張による)オーラを放って立っているのですから。
「いいですわよ。案内してくださいな。……あ、そこの騎士さん、兜の隙間にカビが生えていますわよ? 王宮の湿気対策、一体どうなっているのかしら」
「カ、カビ……!? ひっ、触らないでくれ!」
騎士の悲鳴を無視して、馬車は王宮の庭園へと進みました。
そこに広がっていたのは、まさに「植物の墓場」でした。
ユーリが丹精込めて育てたバラ園は跡形もなく、代わりにカトレアが言っていた通りの「派手な造花とリボン」が、泥まみれになって散乱しています。
「……これ。これを見てください、ゼノス様」
ユーリの声から、いつものユーモアが消えました。
彼女が指差したのは、かつて王国の平和の象徴だった「千年樹」の成れの果てです。
葉は一枚も残らず、幹には深い亀裂が入り、そこから黒い液体が滴っていました。
「ひどい……。ここまで放置するなんて。これはもはや、園芸放棄という名の虐殺ですわ」
「……ユーリ、落ち着け。魔力が漏れ出しているぞ」
ゼノスが彼女の肩を掴んだその時、王宮のバルコニーから、ひどくやつれた男の声が響きました。
「……やっと来たか、呪いの女め!」
現れたのは、ヴィルフリート王太子でした。
しかし、数ヶ月前までの自信に満ちた姿はありません。目の下には深いクマができ、頬はこけ、王族の威厳はどこへやら、まるで立ち枯れた老木のような惨めさです。
「殿下。随分とお顔の色が悪いようですね。窒素不足の葉っぱのような土色をしていらっしゃいますわ」
「黙れ! 貴様が去ってからだ……王都中の花が枯れ、作物は実らず、民たちは飢え始めている。これは貴様が、去り際にこの地にかけた呪いのせいだろう!」
ヴィルフリートは狂ったように叫びました。
「呪い? 心外ですわ。私はただ、この地の管理権を返上しただけです。……殿下、あなたはご存知なかったのですか? 植物には『心』があるということを」
「心だと!? 草木にそんなものがあるわけなかろう!」
「いいえ、ありますわ。あの子たちは、自分を愛してくれない主人のためには、一滴の酸素も作りたくない。そう判断しただけです。……そして何より、あの『毒婦』の存在がトドメを刺したようですね」
ユーリが視線を向けると、ヴィルフリートの影から、カトレアがフラフラと現れました。
彼女もまた、以前の「可憐な一輪草」の面影はなく、派手なドレスがボロボロに引き裂かれ、虚ろな目で笑っています。
「……ユーリ様ぁ。あなたが悪いんですのよ……。あなたのバラが、夜な夜な私を呪い殺そうと……ああっ! 見ないで、そんな美しい目で私を見ないで!」
カトレアはユーリの瑞々しい肌と、彼女の周囲に舞う清浄な魔力を直視できず、叫びながら逃げ出しました。
「……見ての通りだ、ユーリ」
ヴィルフリートが、すがるような目で手を伸ばしました。
「頼む……。この庭を、いや、この国を元に戻してくれ。今なら、貴様の国家反逆罪も不問にしてやろう。もう一度、私の婚約者として……」
「お断りします」
ユーリは一秒の迷いもなく即答しました。
「私はもう、あなたの庭の飾り物ではありません。……ゼノス様、お願いしますわ」
「……承知した」
ゼノスが前に出ると、王宮全体が震えるほどの圧倒的なプレッシャーが放たれました。
「ヴィルフリート王太子殿下。ユーリは現在、我がソーン領の『最高園芸責任者』であり、私の……大切なパートナーだ」
ゼノスが「パートナー」と言った瞬間、ユーリは少しだけ頬を染めましたが、すぐにプロの顔に戻りました。
「殿下。私はこの国を救いに来たのではありません。……無惨に殺された植物たちの、葬儀(ざまぁ)を執り行いに来たのですわ!」
「な……っ!? 葬儀だと!?」
「ええ。枯れ果てたものは一度すべて根絶やしにし、更地にする。……そして、そこには私が、全く新しい『命の秩序』を植え付けます。……ゼノス様、土壌の『強制リセット』、開始ですわ!」
ユーリの宣言と共に、王宮の地下から巨大な茨が突き出し、ヴィルフリートの足元を粉砕しました。
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