2 / 28
2
しおりを挟む
「……信じられない。何なの、あのポジティブお化けは」
入学式が終わり、学生寮の自室に転がり込んだ私は、天を仰いで呟いた。
ふかふかのベッドだけが、今の私の唯一の味方だ。
「お嬢様、ため息をつくと幸せが逃げますよ。もっとも、お嬢様の場合は幸せ(婚約破棄)から全力で逃げているようですが」
「アンナ、あなたまで私を追い詰めるのね……」
専属メイドのアンナが、手際よく私を着替えさせていく。
入学式での王子の反応は、私の計算を大きく狂わせた。
悪口を言ったはずが、なぜか「愛の告白」として受理される。
そんなバカな話があっていいのだろうか。
「いいわ、アンナ。明日の朝一番に、再挑戦よ。今度はもっと分かりやすく、生理的に嫌われるような態度を取ってやるわ」
「……ほどほどになさってくださいね。伯爵家が物理的に消滅するのは困りますから」
翌朝。
私は学園の美しい中庭で、登校してくるアレン王子を待ち伏せした。
作戦名は「挨拶無視とゴミ捨て作戦」だ。
王族に対する挨拶無視は、本来なら厳罰もの。
さらに、彼に価値のない「ゴミ」を押し付ければ、さすがの王子も「この女、正気か?」と疑うに違いない。
「あ、来たわね。天敵一号」
校門から、眩しいほどのオーラを纏ったアレン王子が歩いてくる。
取り巻きの生徒たちが道を空け、深々と頭を下げている。
私はあえて、その集団のど真ん中で、地面に生えていた雑草を引っこ抜いて眺めるふりをした。
「やあ、ロニエ! 奇遇だね、こんなところで僕を待っていてくれたのかい?」
王子が嬉しそうに駆け寄ってくる。
私は顔も上げず、指先で泥のついた雑草を弄りながら、低く冷めた声を出した。
「……ちっ。また来たわね、金ピカ王子」
「えっ、今『ちっ』って言った? 舌打ちかい?」
「ええ、言いましたわ。あと、見ての通り私は今、この『素晴らしい植物』の観察で忙しいんです。殿下のような暇人と違ってね」
私は立ち上がり、手に持っていた泥だらけの雑草を、王子の高級なシルクの手袋の上に無造作に置いた。
「これ、差し上げますわ。今の殿下にぴったりの、価値のない雑草です。さようなら」
私は優雅に(のつもりで)背を向け、足早に立ち去ろうとした。
背後でカイルが「お、お嬢様! 何ということを!」と悲鳴を上げているのが聞こえる。
よし、これだ!
泥、雑草、舌打ち、そして暴言。
これこそが、婚約破棄への四重奏(カルテット)よ!
……だが、背後から聞こえてきたのは、怒号ではなく、またしても「感嘆」の声だった。
「……ロニエ、待ってくれ! 素晴らしい、素晴らしすぎるよ!」
私は思わず立ち止まり、恐る恐る振り返った。
アレン王子は、泥のついた雑草を、まるで国宝でも扱うかのように両手で捧げ持っていた。
「殿下……? 正気ですか? それ、ただの雑草ですわよ?」
「何を言うんだ! これは『ナズナ』の一種だろう? 踏まれても踏まれても立ち上がる、強い生命力の象徴だ」
「は?」
「君は、僕にこう言いたいんだろう? 『どんな困難があっても、私たちが共に歩む道は、この雑草のように力強く根を張るものだ』と……! そしてこの泥は、共に土に汚れ、国を支えていこうという献身の証……!」
アレン王子は、雑草を胸に押し当て、熱い視線を私に送ってくる。
「なんて深い、なんて慈愛に満ちた贈り物なんだ! 宝石や花束なんて、今の僕たちには薄っぺらすぎる。君は僕に、王族としての真の覚悟を説いてくれたんだね!」
「……あの、殿下。私の話、聞いてました? 私、価値がないって言いましたよね?」
「ああ! 俗世の価値観に惑わされるな、という意味だろう? 素晴らしいよ。僕は一生、この枯れない愛(雑草)を大切にするよ。カイル、すぐに魔法で永久保存の処置を!」
「御意……(もう、どうにでもなれ)」
カイルが半泣きで魔法の準備を始めている。
私の周りにいた生徒たちも、一瞬の静寂の後、一斉に拍手を送り始めた。
「さすがロニエ様……! 王子に精神的な成長を促すなんて、教育者の鑑だわ!」
「あんな泥だらけの草を愛の証に変えるなんて、なんてロマンチックなの……!」
違う。
断じて違う。
私はただ、嫌がらせをしただけなのだ。
なぜこの世界の住人は、私の行動をすべて「聖女のような振る舞い」に変換してしまうのか。
「ロニエ、礼を言わせてくれ。君のおかげで、僕は今日、一つ上の男になれた気がする」
王子が私の肩を抱こうとする。
私は反射的に、その手をバシッと叩き落とした。
「触らないでください! 汚れますわ!」
「……っ! そうか、神聖な誓いの後だものな。軽々しく触れるのは失礼だった。君の厳格さ、尊敬するよ」
王子は清々しい笑顔で去っていった。
叩かれた手を見つめながら、「痛いけれど、心地よい痛みだ……」なんて呟きながら。
私はその場にへなへなと崩れ落ちた。
「(……無理。この人、私の言葉が通じない言語圏に住んでるわ)」
「お嬢様、お疲れ様です。次は毒でも盛りますか? あ、もちろんお腹を壊す程度の」
アンナがいつの間にか背後に立って、冷ややかな声をかけてきた。
「……毒を盛ったら、今度は『僕の胃腸を鍛えてくれるなんて!』とか言い出しそうよ。もう嫌だわ、この学校、今すぐ辞めたい……」
私の婚約破棄への道は、なぜか王妃への最短ルートに繋がっているようだった。
入学式が終わり、学生寮の自室に転がり込んだ私は、天を仰いで呟いた。
ふかふかのベッドだけが、今の私の唯一の味方だ。
「お嬢様、ため息をつくと幸せが逃げますよ。もっとも、お嬢様の場合は幸せ(婚約破棄)から全力で逃げているようですが」
「アンナ、あなたまで私を追い詰めるのね……」
専属メイドのアンナが、手際よく私を着替えさせていく。
入学式での王子の反応は、私の計算を大きく狂わせた。
悪口を言ったはずが、なぜか「愛の告白」として受理される。
そんなバカな話があっていいのだろうか。
「いいわ、アンナ。明日の朝一番に、再挑戦よ。今度はもっと分かりやすく、生理的に嫌われるような態度を取ってやるわ」
「……ほどほどになさってくださいね。伯爵家が物理的に消滅するのは困りますから」
翌朝。
私は学園の美しい中庭で、登校してくるアレン王子を待ち伏せした。
作戦名は「挨拶無視とゴミ捨て作戦」だ。
王族に対する挨拶無視は、本来なら厳罰もの。
さらに、彼に価値のない「ゴミ」を押し付ければ、さすがの王子も「この女、正気か?」と疑うに違いない。
「あ、来たわね。天敵一号」
校門から、眩しいほどのオーラを纏ったアレン王子が歩いてくる。
取り巻きの生徒たちが道を空け、深々と頭を下げている。
私はあえて、その集団のど真ん中で、地面に生えていた雑草を引っこ抜いて眺めるふりをした。
「やあ、ロニエ! 奇遇だね、こんなところで僕を待っていてくれたのかい?」
王子が嬉しそうに駆け寄ってくる。
私は顔も上げず、指先で泥のついた雑草を弄りながら、低く冷めた声を出した。
「……ちっ。また来たわね、金ピカ王子」
「えっ、今『ちっ』って言った? 舌打ちかい?」
「ええ、言いましたわ。あと、見ての通り私は今、この『素晴らしい植物』の観察で忙しいんです。殿下のような暇人と違ってね」
私は立ち上がり、手に持っていた泥だらけの雑草を、王子の高級なシルクの手袋の上に無造作に置いた。
「これ、差し上げますわ。今の殿下にぴったりの、価値のない雑草です。さようなら」
私は優雅に(のつもりで)背を向け、足早に立ち去ろうとした。
背後でカイルが「お、お嬢様! 何ということを!」と悲鳴を上げているのが聞こえる。
よし、これだ!
泥、雑草、舌打ち、そして暴言。
これこそが、婚約破棄への四重奏(カルテット)よ!
……だが、背後から聞こえてきたのは、怒号ではなく、またしても「感嘆」の声だった。
「……ロニエ、待ってくれ! 素晴らしい、素晴らしすぎるよ!」
私は思わず立ち止まり、恐る恐る振り返った。
アレン王子は、泥のついた雑草を、まるで国宝でも扱うかのように両手で捧げ持っていた。
「殿下……? 正気ですか? それ、ただの雑草ですわよ?」
「何を言うんだ! これは『ナズナ』の一種だろう? 踏まれても踏まれても立ち上がる、強い生命力の象徴だ」
「は?」
「君は、僕にこう言いたいんだろう? 『どんな困難があっても、私たちが共に歩む道は、この雑草のように力強く根を張るものだ』と……! そしてこの泥は、共に土に汚れ、国を支えていこうという献身の証……!」
アレン王子は、雑草を胸に押し当て、熱い視線を私に送ってくる。
「なんて深い、なんて慈愛に満ちた贈り物なんだ! 宝石や花束なんて、今の僕たちには薄っぺらすぎる。君は僕に、王族としての真の覚悟を説いてくれたんだね!」
「……あの、殿下。私の話、聞いてました? 私、価値がないって言いましたよね?」
「ああ! 俗世の価値観に惑わされるな、という意味だろう? 素晴らしいよ。僕は一生、この枯れない愛(雑草)を大切にするよ。カイル、すぐに魔法で永久保存の処置を!」
「御意……(もう、どうにでもなれ)」
カイルが半泣きで魔法の準備を始めている。
私の周りにいた生徒たちも、一瞬の静寂の後、一斉に拍手を送り始めた。
「さすがロニエ様……! 王子に精神的な成長を促すなんて、教育者の鑑だわ!」
「あんな泥だらけの草を愛の証に変えるなんて、なんてロマンチックなの……!」
違う。
断じて違う。
私はただ、嫌がらせをしただけなのだ。
なぜこの世界の住人は、私の行動をすべて「聖女のような振る舞い」に変換してしまうのか。
「ロニエ、礼を言わせてくれ。君のおかげで、僕は今日、一つ上の男になれた気がする」
王子が私の肩を抱こうとする。
私は反射的に、その手をバシッと叩き落とした。
「触らないでください! 汚れますわ!」
「……っ! そうか、神聖な誓いの後だものな。軽々しく触れるのは失礼だった。君の厳格さ、尊敬するよ」
王子は清々しい笑顔で去っていった。
叩かれた手を見つめながら、「痛いけれど、心地よい痛みだ……」なんて呟きながら。
私はその場にへなへなと崩れ落ちた。
「(……無理。この人、私の言葉が通じない言語圏に住んでるわ)」
「お嬢様、お疲れ様です。次は毒でも盛りますか? あ、もちろんお腹を壊す程度の」
アンナがいつの間にか背後に立って、冷ややかな声をかけてきた。
「……毒を盛ったら、今度は『僕の胃腸を鍛えてくれるなんて!』とか言い出しそうよ。もう嫌だわ、この学校、今すぐ辞めたい……」
私の婚約破棄への道は、なぜか王妃への最短ルートに繋がっているようだった。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。
五月ふう
恋愛
リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。
「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」
今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。
「そう……。」
マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。
明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。
リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。
「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」
ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。
「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」
「ちっ……」
ポールは顔をしかめて舌打ちをした。
「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」
ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。
だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。
二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。
「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」
田舎娘をバカにした令嬢の末路
冬吹せいら
恋愛
オーロラ・レンジ―は、小国の産まれでありながらも、名門バッテンデン学園に、首席で合格した。
それを不快に思った、令嬢のディアナ・カルホーンは、オーロラが試験官を買収したと嘘をつく。
――あんな田舎娘に、私が負けるわけないじゃない。
田舎娘をバカにした令嬢の末路は……。
婚約破棄に、承知いたしました。と返したら爆笑されました。
パリパリかぷちーの
恋愛
公爵令嬢カルルは、ある夜会で王太子ジェラールから婚約破棄を言い渡される。しかし、カルルは泣くどころか、これまで立て替えていた経費や労働対価の「莫大な請求書」をその場で叩きつけた。
貴方が側妃を望んだのです
cyaru
恋愛
「君はそれでいいのか」王太子ハロルドは言った。
「えぇ。勿論ですわ」婚約者の公爵令嬢フランセアは答えた。
誠の愛に気がついたと言われたフランセアは微笑んで答えた。
※2022年6月12日。一部書き足しました。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
史実などに基づいたものではない事をご理解ください。
※話の都合上、残酷な描写がありますがそれがざまぁなのかは受け取り方は人それぞれです。
表現的にどうかと思う回は冒頭に注意喚起を書き込むようにしますが有無は作者の判断です。
※更新していくうえでタグは幾つか増えます。
※作者都合のご都合主義です。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました
さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。
王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ
頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。
ゆるい設定です
「お幸せに」と微笑んだ悪役令嬢は、二度と戻らなかった。
パリパリかぷちーの
恋愛
王太子から婚約破棄を告げられたその日、
クラリーチェ=ヴァレンティナは微笑んでこう言った。
「どうか、お幸せに」──そして姿を消した。
完璧すぎる令嬢。誰にも本心を明かさなかった彼女が、
“何も持たずに”去ったその先にあったものとは。
これは誰かのために生きることをやめ、
「私自身の幸せ」を選びなおした、
ひとりの元・悪役令嬢の再生と静かな愛の物語。
お飾り王妃の死後~王の後悔~
ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。
王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。
ウィルベルト王国では周知の事実だった。
しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。
最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。
小説家になろう様にも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる