いいえ、ただ私は婚約破棄されたいだけなんです!

鏡おもち

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「……いたわ。あれよ、アンナ! あの子こそが私の救世主だわ!」


私は中庭のベンチに座り、学園の回廊を歩く一人の令嬢を指差した。
彼女は、リリア・キャロル男爵令嬢。
守ってあげたくなるような華奢な体つきに、潤んだ瞳、そして何より「何もないところで転びそう」な危ういオーラを放っている。


「あの子なら、アレン王子の『変わり者好き』という特殊な性癖……失礼、趣味にも合致するはずよ。何より、私のような強欲で性格の悪い女とは正反対の清純さだわ!」


「……お嬢様、あの子は確か、実家が貧しくて苦労している苦学生だと評判ですよ。性格も控えめで、周囲の令嬢たちに気圧されているとか」


アンナが手元の資料(どこで手に入れたのかは聞かないことにしている)を見ながら補足する。
完璧だ。これこそ王道ラブコメのヒロイン像ではないか。


「決まりよ。私は今日からあの子に『嫌がらせ』を開始するわ。そして、傷ついた彼女を王子が優しく慰める……。王子の心は私から離れ、可哀想な彼女へ! そして私は『悪逆非道な婚約者』として追放されるのよ!」


「お嬢様、顔がにやけていますよ。悪役というよりは、宝クジに当たった成金のような顔です」


私は慌てて表情を引き締めると、リリアが一人で教科書を抱えて歩いているところへ、颯爽と(のつもりで)立ちふさがった。


「ちょっと、そこのあなた! 止まりなさい!」


リリアはびくりと肩を揺らし、大きな瞳をさらに見開いて私を見上げた。


「は、はいっ……! エ、エヴァンズ様……何か、私にご用でしょうか……?」


声まで震えている。いいわ、素晴らしいわリリア!
これなら、私が少し声を荒らげるだけで「ひどい、なんて残酷な……!」という周囲の同情を誘えるはず。


「ふん、男爵令嬢の分際で、私の前を平然と歩くなんて良い度胸ですわね。あなたの持っているその教科書、少し見せなさい!」


私は彼女が抱えていた数冊の教科書を、ひったくるように奪い取った。
さあ、これを見て驚くがいい。
教科書を奪うという、極めて幼稚で、かつ効果的な嫌がらせよ!


「あ、あのっ……それは……」


「黙りなさい! ……あら? なんですの、この教科書。端がボロボロではありませんか。それに、この数年前の改訂版……。これでは最新の魔法理論が載っていなくてよ。こんなもので勉強するなんて、時間の無駄だと思わないのかしら!」


私はわざとらしく、教科書をパラパラとめくって鼻で笑った。
本当は「こんな古いの使って、恥ずかしくないの?」と罵るつもりだった。
だが、あまりのボロさに、つい「非効率だ」という正論が口をついて出てしまった。


「も、申し訳ありません……。うちは、その、新しいものを買う余裕がなくて……」


リリアが今にも泣き出しそうに俯く。
そこに、絶好のタイミングで「彼」が現れた。


「ロニエ、何をしているんだい?」


アレン王子だ。
カイルを連れて、眉を寄せてこちらを見ている。
来たわ! 決定的瞬間よ!
王子が「弱い者いじめはやめろ!」と私を叱責し、リリアを助ける。
さあ、早く! 早く私を怒鳴って!


「殿下! 見てくださいまし、この教科書を。このリリアさんは、こんな古い教材で勉強しようとしていますのよ。最新の知識を取り入れようともしない、この向上心のなさを、私は今まさに叱っていたところですの!」


私は得意満面で教科書を掲げた。
さあ、これで私は「貧乏人を馬鹿にする傲慢な令嬢」として確定よ!


……しかし、アレン王子は教科書を一瞥すると、深く、深く頷いた。


「……なるほど。そういうことだったのか、ロニエ」


「え?」


「君は、彼女が古い教材のせいで、才能を無駄にしているのが耐えられなかったんだね。だからあえて厳しい言葉をかけて、彼女を僕の前に連れてきた……。僕に『彼女を支援しろ』と、無言で訴えているんだろう?」


王子の瞳に、またしても怪しい感動の光が灯る。


「ロニエ、君のその、他人の才能を埋もれさせない鋭い観察眼と、素直に助けを求められない不器用な優しさ……。僕は改めて尊敬したよ」


「違いますわ! 私は単に彼女の貧乏を笑って……!」


「カイル、すぐに彼女に最新の全科目セットを支給して。ロニエ・エヴァンズの名義でね。費用は僕が持つ」


「かしこまりました。ロニエ様、相変わらずの『ツンデレ』っぷり、お見事です」


カイルまでが、生暖かい目で私を見てくる。
隣では、リリアが震える手で私のドレスの裾を掴んでいた。


「エヴァンズ様……! 私、そんなこととは知らずに……。私を助けるために、わざと悪役を演じてくださったのですね……!」


「違うの! 本当に、普通にいじめたかっただけなのよ!」


「なんて……なんてお優しいお方……。私、リリア・キャロル、一生エヴァンズ様についていきます! あなた様こそ、私の目指すべき真の貴婦人です!」


リリアの瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちる。
だが、それは悲しみの涙ではなく、完全なる「信者」の輝きを秘めた感動の涙だった。


「……アンナ。もう一度確認するけれど、私は今、教科書を奪って罵ったわよね?」


「はい。客観的に見れば、お節介な教育ママのようでしたよ、お嬢様」


「…………」


王子にはさらに惚れ直され、ヒロインには崇拝され。
私の婚約破棄計画は、またしても「ロニエ様聖女伝説」の新しい一ページとして刻まれてしまった。


「さあ、リリアさん。僕のロニエが認めた君だ、自信を持つといい。ロニエ、僕も君に負けないよう、学園の教育環境を整えるよ。君の視点はいつも僕を導いてくれる」


王子が爽やかに私の手を取り、リリアを優しく励ます。
本来なら恋が芽生えるはずのシーンなのに、中心にいるのはなぜか私への「愛」と「尊敬」だった。


「(……ヒロインが味方になってどうするのよ……!)」


私は絶望に打ちひしがれながら、中庭に鳴り響く「ロニエ様万歳」というどこからともなく湧いた空気感に身を委ねるしかなかった。
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