5 / 28
5
しおりを挟む
「……いい、アンナ。今日こそは逃げ場のない『悪行』を成し遂げてみせるわ」
学園の食堂。賑わう生徒たちの中心で、私は燃えるような決意を口にした。
隣に控えるアンナは、冷めた紅茶を啜りながら私をジト目で見る。
「お嬢様、次はどのような『慈善活動』をなさるおつもりで?」
「失礼なことを言わないで! 今日は慈善どころか、略奪よ! 略奪!」
私は視線の先、一人で静かに席に座るリリアを捉えた。
彼女の手元には、購買で買ったと思われる、なんの変哲もない一個のコッペパン。
質素。実に質素だ。男爵家の懐事情が透けて見えるような、そのささやかな昼食を奪う。
これこそが、傲慢な上級貴族による「食い物の恨み」という、弁解の余地なき悪行!
「見てなさい。あのパンを奪って、私の胃袋に収めてやるわ。空腹のリリアさんは泣き出し、周囲は私の卑しさにドン引きする。……ああ、完璧なシナリオだわ!」
「……お嬢様、朝食に特製オムレツを三つも召し上がっていましたよね? まだ入るのですか?」
「これは胃袋の戦いなのよ! 行くわよ!」
私は獲物を狙う鷹のような鋭さで、リリアのテーブルへと突進した。
「ちょっと、あなた! そのパン、美味しそうですわね!」
リリアはびくりと肩を跳ねさせ、持っていたパンを落としそうになりながら私を見上げた。
「あ、エヴァンズ様! ごきげんよう……! は、はい、このパン、焼きたてでとっても香ばしくて……」
「ふん、そんな安っぽいパンを幸せそうに食べるなんて、男爵令嬢の舌はどうなっているのかしら。……没収ですわ! これは私がいただきます!」
私はリリアが返事をする間もなく、そのコッペパンをひったくった。
リリアは驚きで口を半開きにしている。
よし、いい反応だわ! 周りの生徒たちも「えっ、パンを奪った……?」とざわつき始めている。
「……お、お嬢様? それ、本気で召し上がるのですか?」
背後でアンナが小声で止めてくるが、私は無視してパンに大きくかじりついた。
うっ、意外とパサパサ……。でも、悪女はそんなことを気にしない!
「モグモグ……ふん、案の定、不味いわね! こんなものを食べているなんて、あなたにはこれくらいがお似合いですわ! オーホッホッホ!」
口の中にパンを詰め込んだまま笑うという、行儀の悪さもプラス。
これで私の評価は「貧乏人のパンを奪う上にマナーも最悪な豚令嬢」に決まりだわ!
しかし、リリアの瞳に浮かんだのは、涙……ではなく、キラキラとした「理解」の色だった。
「……っ! エヴァンズ様、もしや……気づいてくださったのですね!?」
「……んぐっ? 何に、ですの?」
リリアは立ち上がり、私の手元に残ったパンを感動の面持ちで見つめた。
「そのパン……実は、先ほど購買の隅っこで『本日の特価品』として売られていたものなんです。でも、私……食べてから気づいたんです。なんだか少し、古い匂いがするなって……」
「……えっ?」
「エヴァンズ様は、私がその……『賞味期限切れのパン』を食べてお腹を壊さないように、あえてご自分の体を張って……! 私に汚いものを食べさせないために、自ら毒見を……!」
リリアが感極まったように私の手を取り、ブンブンと振り始めた。
「私の健康を損なわないために、あえてご自身が『行儀の悪い悪女』の泥を被ってまで、私のパンを奪ってくださったのですね! なんて尊い自己犠牲……!」
「違う、違うの! 私はただ、お腹が空いて……じゃなくて、意地悪をしたかっただけで……!」
そこへ、いつものように「彼」がやってきた。
学園のヒーロー、アレン王子である。
「ロニエ、何があったんだい? 随分と顔色が……あ、いや、パンを頬張っているのか?」
「殿下! 聞いてください!」
リリアが弾んだ声で、王子にことの顛末(リリア解釈)を説明し始めた。
アレン王子は話を聞くうちに、その表情を深い慈愛と感動へと変化させていった。
「……なるほど。そういうことだったのか、ロニエ。君はまた、自分を犠牲にして他人を救おうとしたんだね」
「殿下、違いますわ! 私はただの食いしん坊の悪女ですのよ!」
「照れなくていい。賞味期限切れの可能性を察知し、迷わずそれを口にして無害化を証明する……。君のその行動は、まさに戦場で毒見役を買って出る忠臣のようだ」
王子は私の口元についたパン屑を、優しく指で拭った。
「君は、僕が知らないところでどれだけ多くの生徒を救っているんだい? 炭水化物の過剰摂取を警告し、同時に食の安全を説く……。君の教育的配慮には、脱帽するよ」
「ロニエ様……! どこまでお優しいのですか!」
「パン一つでそこまで深い愛を……!」
「私もロニエ様にパンを奪われたい!」
周囲の生徒たちから、割れんばかりの拍手が湧き起こる。
もはや「パン奪い=聖なる儀式」のような扱いだ。
「カイル! 購買の全商品を検査しろ。ロニエが体を張らなくてもいいように、食の安全管理を徹底させるんだ!」
「御意。ロニエ様、またしても学園のインフラを改善してくださり、ありがとうございます」
カイルがメモを取りながら、尊敬の眼差しを向けてくる。
私は残ったパンを手に、その場に立ち尽くした。
胃のあたりが、パンのパサパサ感と絶望感で重い。
「(……もう嫌だ。パンを奪っただけで、なんで食の安全を守る英雄になってるのよ……)」
「お嬢様、おめでとうございます。これで学園の学食はより安全に、そしてお嬢様の『聖女度』はさらに上昇しましたね」
アンナの皮肉混じりの祝福が、今の私には一番堪えた。
「……アンナ。明日、明日こそは……。絶対に、誰が見ても言い逃れできない『悪事』をしてやるわ……」
「ええ、楽しみにしていますよ。次は毒でも吐きますか? それとも、学園の池の水を全部抜きますか?」
私の「婚約破棄への挑戦」は、食べるパンの数だけ、なぜか王妃への椅子を強固なものにしていくのであった。
学園の食堂。賑わう生徒たちの中心で、私は燃えるような決意を口にした。
隣に控えるアンナは、冷めた紅茶を啜りながら私をジト目で見る。
「お嬢様、次はどのような『慈善活動』をなさるおつもりで?」
「失礼なことを言わないで! 今日は慈善どころか、略奪よ! 略奪!」
私は視線の先、一人で静かに席に座るリリアを捉えた。
彼女の手元には、購買で買ったと思われる、なんの変哲もない一個のコッペパン。
質素。実に質素だ。男爵家の懐事情が透けて見えるような、そのささやかな昼食を奪う。
これこそが、傲慢な上級貴族による「食い物の恨み」という、弁解の余地なき悪行!
「見てなさい。あのパンを奪って、私の胃袋に収めてやるわ。空腹のリリアさんは泣き出し、周囲は私の卑しさにドン引きする。……ああ、完璧なシナリオだわ!」
「……お嬢様、朝食に特製オムレツを三つも召し上がっていましたよね? まだ入るのですか?」
「これは胃袋の戦いなのよ! 行くわよ!」
私は獲物を狙う鷹のような鋭さで、リリアのテーブルへと突進した。
「ちょっと、あなた! そのパン、美味しそうですわね!」
リリアはびくりと肩を跳ねさせ、持っていたパンを落としそうになりながら私を見上げた。
「あ、エヴァンズ様! ごきげんよう……! は、はい、このパン、焼きたてでとっても香ばしくて……」
「ふん、そんな安っぽいパンを幸せそうに食べるなんて、男爵令嬢の舌はどうなっているのかしら。……没収ですわ! これは私がいただきます!」
私はリリアが返事をする間もなく、そのコッペパンをひったくった。
リリアは驚きで口を半開きにしている。
よし、いい反応だわ! 周りの生徒たちも「えっ、パンを奪った……?」とざわつき始めている。
「……お、お嬢様? それ、本気で召し上がるのですか?」
背後でアンナが小声で止めてくるが、私は無視してパンに大きくかじりついた。
うっ、意外とパサパサ……。でも、悪女はそんなことを気にしない!
「モグモグ……ふん、案の定、不味いわね! こんなものを食べているなんて、あなたにはこれくらいがお似合いですわ! オーホッホッホ!」
口の中にパンを詰め込んだまま笑うという、行儀の悪さもプラス。
これで私の評価は「貧乏人のパンを奪う上にマナーも最悪な豚令嬢」に決まりだわ!
しかし、リリアの瞳に浮かんだのは、涙……ではなく、キラキラとした「理解」の色だった。
「……っ! エヴァンズ様、もしや……気づいてくださったのですね!?」
「……んぐっ? 何に、ですの?」
リリアは立ち上がり、私の手元に残ったパンを感動の面持ちで見つめた。
「そのパン……実は、先ほど購買の隅っこで『本日の特価品』として売られていたものなんです。でも、私……食べてから気づいたんです。なんだか少し、古い匂いがするなって……」
「……えっ?」
「エヴァンズ様は、私がその……『賞味期限切れのパン』を食べてお腹を壊さないように、あえてご自分の体を張って……! 私に汚いものを食べさせないために、自ら毒見を……!」
リリアが感極まったように私の手を取り、ブンブンと振り始めた。
「私の健康を損なわないために、あえてご自身が『行儀の悪い悪女』の泥を被ってまで、私のパンを奪ってくださったのですね! なんて尊い自己犠牲……!」
「違う、違うの! 私はただ、お腹が空いて……じゃなくて、意地悪をしたかっただけで……!」
そこへ、いつものように「彼」がやってきた。
学園のヒーロー、アレン王子である。
「ロニエ、何があったんだい? 随分と顔色が……あ、いや、パンを頬張っているのか?」
「殿下! 聞いてください!」
リリアが弾んだ声で、王子にことの顛末(リリア解釈)を説明し始めた。
アレン王子は話を聞くうちに、その表情を深い慈愛と感動へと変化させていった。
「……なるほど。そういうことだったのか、ロニエ。君はまた、自分を犠牲にして他人を救おうとしたんだね」
「殿下、違いますわ! 私はただの食いしん坊の悪女ですのよ!」
「照れなくていい。賞味期限切れの可能性を察知し、迷わずそれを口にして無害化を証明する……。君のその行動は、まさに戦場で毒見役を買って出る忠臣のようだ」
王子は私の口元についたパン屑を、優しく指で拭った。
「君は、僕が知らないところでどれだけ多くの生徒を救っているんだい? 炭水化物の過剰摂取を警告し、同時に食の安全を説く……。君の教育的配慮には、脱帽するよ」
「ロニエ様……! どこまでお優しいのですか!」
「パン一つでそこまで深い愛を……!」
「私もロニエ様にパンを奪われたい!」
周囲の生徒たちから、割れんばかりの拍手が湧き起こる。
もはや「パン奪い=聖なる儀式」のような扱いだ。
「カイル! 購買の全商品を検査しろ。ロニエが体を張らなくてもいいように、食の安全管理を徹底させるんだ!」
「御意。ロニエ様、またしても学園のインフラを改善してくださり、ありがとうございます」
カイルがメモを取りながら、尊敬の眼差しを向けてくる。
私は残ったパンを手に、その場に立ち尽くした。
胃のあたりが、パンのパサパサ感と絶望感で重い。
「(……もう嫌だ。パンを奪っただけで、なんで食の安全を守る英雄になってるのよ……)」
「お嬢様、おめでとうございます。これで学園の学食はより安全に、そしてお嬢様の『聖女度』はさらに上昇しましたね」
アンナの皮肉混じりの祝福が、今の私には一番堪えた。
「……アンナ。明日、明日こそは……。絶対に、誰が見ても言い逃れできない『悪事』をしてやるわ……」
「ええ、楽しみにしていますよ。次は毒でも吐きますか? それとも、学園の池の水を全部抜きますか?」
私の「婚約破棄への挑戦」は、食べるパンの数だけ、なぜか王妃への椅子を強固なものにしていくのであった。
0
あなたにおすすめの小説
これって私の断罪じゃなくて公開プロポーズですか!?
桃瀬ももな
恋愛
「カタリーナ・フォン・シュバルツ! 貴様との婚約を破棄し、国外追放に処す!」
卒業パーティーの最中、第一王子アルフォンスから非情な宣告を突きつけられた公爵令嬢カタリーナ。
生まれつきの鋭い目つきと、緊張すると顔が強張る不器用さゆえに「悪役令嬢」として孤立していた彼女は、ついに訪れた「お決まりの断罪劇」に絶望……するかと思いきや。
(……あれ? 殿下、いま小さく「よっしゃあ!」ってガッツポーズしませんでした!?)
悪役令嬢は婚約破棄の後、氷の騎士に溺愛される〜裏切られた令嬢の逆転劇〜
nacat
恋愛
第一王子から一方的な婚約破棄を告げられ、公衆の面前で嘲笑された“悪役令嬢”クラリス。
だが彼女を冷たく見つめていた王国随一の“氷の騎士”オルフェンが、その手を差し伸べる。
「君が傷つく理由など、どこにもない」
絶望の淵で拾われた心は、いつしか凍てついた騎士を溶かし始めていた。
華やかな社交界の裏で繰り広げられる復讐と癒やし、そして溺愛の物語。
運命に弄ばれた令嬢が、真実の愛と共に見返す――ざまぁと幸福の逆転劇。
悪役令嬢を断罪したくせに、今さら溺愛とか都合が良すぎますわ!
nacat
恋愛
侯爵令嬢リディアは、無実の罪で婚約者の王太子に断罪された。
冷笑を浮かべ、すべてを捨てて国外へ去った彼女が、数年後、驚くべき姿で帰ってくる。
誰もが羨む天才魔導師として──。
今さら後悔する王太子、ざまぁを噛みしめる貴族令嬢たち。
そして、リディアをひそかに守ってきた公爵の青年が、ようやく想いを告げる時が来た。
これは、不当な断罪を受けた少女が、自分の誇りと愛を取り戻す溺愛系ロマンス。
すべての「裏切られた少女」たちに捧ぐ、痛快で甘く切ない逆転劇。
処刑された悪役令嬢、二周目は「ぼっち」を卒業して最強チームを作ります!
みかぼう。
恋愛
地方を救おうとして『反逆者』に仕立て上げられ、断頭台で散ったエリアナ・ヴァルドレイン。
彼女の失敗は、有能すぎるがゆえに「独りで背負いすぎたこと」だった。
ループから始まった二周目。
彼女はこれまで周囲との間に引いていた「線」を、踏み越えることを決意した。
「お父様、私に『線を引け』と教えた貴方に、処刑台から見た真実をお話しします」
「殿下、私が貴方の『目』となります。王国に張り巡らされた謀略の糸を、共に断ち切りましょう」
淑女の仮面を脱ぎ捨て、父と王太子を「共闘者」へと変貌させる政争の道。
未来知識という『目』を使い、一歩ずつ確実に、破滅への先手を取っていく。
これは、独りで戦い、独りで死んだ令嬢が、信頼と連帯によって王国の未来を塗り替える――緻密かつ大胆なリベンジ政争劇。
「私を神輿にするのなら、覚悟してくださいませ。……その行き先は、貴方の破滅ですわ」
(※カクヨムにも掲載中です。)
気付けば名も知らぬ悪役令嬢に憑依して、見知らぬヒロインに手をあげていました
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
私が憑依した身体の持ちは不幸のどん底に置かれた悪役令嬢でした
ある日、妹の部屋で見つけた不思議な指輪。その指輪をはめた途端、私は見知らぬ少女の前に立っていた。目の前には赤く腫れた頬で涙ぐみ、こちらをじっと見つめる可憐な美少女。そして何故か右手の平が痛む私。もしかして・・今私、この少女を引っ叩いたの?!そして何故か頭の中で響き渡る謎の声の人物と心と体を共存することになってしまう。憑依した身体の持ち主はいじめられっ娘の上に悪役令嬢のポジションに置かれている。見るに見かねた私は彼女を幸せにする為、そして自分の快適な生活を手に入れる為に自ら身体を張って奮闘する事にした―。
※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています。
宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました
悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。
クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。
婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。
そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。
そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯
王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。
シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯
彼女が高級娼婦と呼ばれる理由~元悪役令嬢の戦慄の日々~
プラネットプラント
恋愛
婚約者である王子の恋人をいじめたと婚約破棄され、実家から縁を切られたライラは娼館で暮らすことになる。だが、訪れる人々のせいでライラは怯えていた。
※完結済。
婚約破棄された令嬢ですが、今さら愛されたって遅いですわ。~冷徹宰相殿下の溺愛が止まりません~
nacat
恋愛
王立学院の卒業式で、婚約者の王太子に「悪女」と断罪された公爵令嬢リリアナ。
全ての罪を着せられ、婚約を破棄された彼女は、冷徹と名高い宰相殿下のもとへ嫁ぐことになった。
「政略結婚ですから、愛など必要ございませんわ」そう言い放ったリリアナ。
だが宰相殿下は、彼女を宝物のように扱い、誰よりも深く愛し始める――。
やがて明らかになる“陰謀”と、“真実の愛”。
すべてを失った令嬢が、愛と誇りをもって世界を見返す、痛快ざまぁ&溺愛ロマンス!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる