いいえ、ただ私は婚約破棄されたいだけなんです!

鏡おもち

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「……はぁ。どこに行っても、あの金ピカがいるわ」


学園の廊下を歩きながら、私は深いため息を漏らした。
角を曲がればアレン王子。図書室に行けばアレン王子。
もはや、私の背後霊か何かなのではないかという頻度で、彼は現れる。


「お嬢様、それは一般的に『溺愛』と呼ばれます。ストーカーではありません」


「いいえ、アンナ。私の自由を阻害するものはすべて敵よ! 言葉も行動もダメなら、次は視覚に訴えるしかないわ!」


私は足を止め、懐から小さな手鏡を取り出した。
美貌。それは時に呪いとなる。
アレン王子が私に執着する理由の一つは、間違いなくこの整いすぎた容姿にあるはずだ。
ならば、それを台無しにしてやればいい。


「見てなさい。今日は、王子が思わず後ずさりして逃げ出すような『至高の変顔』を披露してやるわ!」


「……お嬢様。その顔、鏡で見ると寄木細工の失敗作みたいですが、本当にやるのですか?」


「失礼ね! これが私の全力よ!」


私は顔中の筋肉を駆使し、右目を閉じ、左目を見開き、鼻を膨らませて口を歪めた。
鏡に映るのは、夜道で会ったら悲鳴を上げるレベルの化け物……もとい、令嬢である。


「来たわ……! 天敵一号が!」


廊下の向こうから、キラキラとしたオーラを撒き散らしながらアレン王子がやってくる。
私は逃げも隠れもしない。
彼が私の正面に立った瞬間、私は渾身の力で「その顔」を突き出した。


「……っ!?」


アレン王子の足が止まった。
よし! 絶句しているわ! 
あまりの醜さに、ついに百年の恋も冷めたのかしら!


しかし、数秒の沈黙の後、王子が発したのは期待していた罵倒ではなかった。


「……な、なんて斬新なんだ……! ロニエ、君はまた僕の想像を超えてきたね!」


「……へ?」


私は変顔をキープしたまま、間抜けな声を漏らした。
王子は身を乗り出し、私の顔を食い入るように見つめている。


「この筋肉の躍動……左右非対称の美学! 君は、顔の全細胞を使って、僕に何かを伝えようとしているんだろう? まるで、現代芸術(コンテンポラリーアート)のような圧倒的なメッセージ性を感じるよ!」


「……殿下? 私、今、めちゃくちゃ不細工ですわよね?」


「不細工? 冗談はやめてくれ! むしろ独創的すぎて眩しいくらいだ。……はっ、もしやこれは、最近王都で流行り始めているという『顔筋のストレッチ』か!? 美を追求するあまり、人目も気にせず鍛錬に励む……。君のその向上心、感動した!」


「違いますわ! 私はただ、殿下に嫌われたくて……!」


「そうか! 照れ隠しだね! 僕の前でわざと変な顔をして、僕を笑わせようとしてくれたんだ。なんて献身的な愛なんだ……。ロニエ、君は僕の専属コメディアン……いや、女神だ!」


王子は私の肩を掴み、熱烈な眼差しを向けてくる。
背後では、カイルが「お嬢様、その顔で愛を語られると、逆に破壊力が凄まじいです」と頭を抱えていた。


「カイル! 見たか、今のロニエの表情を。あれは、僕たちの間に『隠し事はない』という信頼の証だ。あんな顔を晒せるのは、心を許した相手にだけだからね!」


「……そうですね。お嬢様の羞恥心がどこかへ家出した証拠かもしれません」


カイルの冷静なツッコミも虚しく、周囲の生徒たちまでもが集まり始めていた。


「見て! ロニエ様が新しい美容法を披露されているわ!」
「あの複雑な表情……あれを維持することで、小顔効果があるに違いないわ!」
「さすがロニエ様! 流行の最先端を突き進んでいらっしゃる!」


いつの間にか、廊下中の令嬢たちが、私を真似して顔を歪め始めた。
右目を閉じ、鼻を膨らませ、口を歪める。
……地獄絵図である。
美男美女が集まるはずの学園の廊下が、一瞬にして変顔大会の会場へと変貌してしまった。


「(……嘘でしょう。この人たち、流行に敏感すぎない……!?)」


「ロニエ、君が始めたこの『顔の革命』、僕も全力で支持するよ。明日の閣議では、僕もこの顔で臨んでみようかな」


「絶対にやめてくださいまし! 国益を損ないますわ!」


私が慌ててツッコミを入れると、王子は「ふふ、心配してくれるんだね」と嬉しそうに微笑んだ。


私は、顔の筋肉の疲れと、精神的な疲労でその場に座り込みそうになった。
容姿を崩して嫌われる作戦も、王子の「美の再定義」によって、新しいトレンドとして昇華されてしまった。


「お嬢様、お疲れ様です。次は顔を真っ黒に塗ってみますか? 泥パックだと思われて、また流行するでしょうけれど」


アンナが差し出してきたハンカチで、私は虚しく自分の顔を拭った。


「……アンナ。もう、普通の手段じゃダメだわ。次は……二人きりにならざるを得ないシチュエーションで、決定的な『幻滅』を植え付けてやるわ」


私の「婚約破棄への道」は、顔の筋肉を一枚脱ぐごとに、なぜか「カリスマ聖女」としての地位を盤石にしていくのだった。
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