いいえ、ただ私は婚約破棄されたいだけなんです!

鏡おもち

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「……アンナ、作戦変更よ。自分を貶めるのが無理なら、環境を整えてあげるしかないわ」


放課後。私は静まり返った図書室の隅で、書架の影に隠れながら囁いた。
隣には、相変わらず無表情なアンナが立っている。


「また不穏なことを。今度はどなたを犠牲になさるのですか?」


「失礼ね、キューピッドと言って。今日こそ、アレン王子とリリアさんを二人きりにして、恋の火花を散らさせてあげるのよ」


私の完璧な計画はこうだ。
まず、リリアさんには「勉強を教える」と言って図書室の奥にある個室へ呼び出す。
次に、王子には「お話したいことがあります」と偽の呼び出し状を送る。
そして二人が揃ったところで、私は「急用ができましたわ!」と言って姿を消す……。


「薄暗い個室、二人きり、重なる視線……。これでもう、恋に落ちないはずがないわ! 王子の浮気が発覚すれば、私は『傷心の婚約者』として、円満に婚約解消できるはず!」


「……お嬢様。その計画、どこかで読んだ三流恋愛小説の受け売りではありませんか?」


「いいのよ、王道が一番効くんだから! ほら、リリアさんが来たわよ」


書架の向こうから、おどおどした様子でリリアさんが現れた。
私はパッと飛び出し、彼女の手を握った。


「リリアさん、お待ちしていましたわ! さあ、こちらの個室へ」


「あ、エヴァンズ様! ごきげんよう。あの、勉強を教えてくださるなんて、私、感激で……!」


「いいから、座って。すぐに『特別講師』が来るはずですから。私はちょっと、お花を摘みに行ってきますわね」


私はリリアさんを個室に押し込み、扉を閉めた。
さて、次は王子の到着を待つだけだ。
私は廊下の角に隠れて、息を潜めた。


……数分後。
カツ、カツ、と小気味よい足音が近づいてくる。
アレン王子だ。彼は手にした手紙を見つめ、少し緊張した面持ちで歩いている。


「(来たわ……! さあ、個室の扉を開けるのよ!)」


王子が個室の前に立ち、ゆっくりと扉を開けた。
私はその瞬間、心の中でガッツポーズを決める。
あとは、私が立ち去るフリをして……。


「あれ? ロニエ、こんなところにいたのかい?」


「……へ?」


背後から声をかけられ、私は飛び上がった。
振り返ると、そこにはなぜか王子がいた。
いや、扉を開けたはずの王子が、なぜ私の背後に?


「……え? 殿下? 今、個室の扉を開けませんでしたか?」


「開けたよ。でも、中にはカイルがいてね。『ロニエ様なら廊下の角にいらっしゃいますよ』と教えてくれたんだ」


「カイルが!? なぜ個室にカイルがいるのよ!」


私が絶叫しながら個室の扉を蹴り開けると、そこにはリリアさんと、なぜか彼女に熱心に数学を教えているカイルの姿があった。


「失礼します、お嬢様。リリア嬢が困っていたので、つい職業病で指導を始めてしまいました」


「カイル、あなた空気を読みなさいよ!」


「空気なら読んでおります。お嬢様が殿下と二人きりになりたがっていると判断し、私がリリア嬢を引き受けた次第です」


「真逆よ! 真逆の結果になってるじゃないの!」


リリアさんも「カイル様の説明、とっても分かりやすいです!」と目を輝かせている。
私の計画した「王道ラブコメ」は、側近の有能すぎる配慮によって粉砕された。


「ロニエ。君は僕を呼び出しておきながら、あんなところで隠れんぼをしていたのかい? 恥ずかしがり屋だな」


アレン王子が、優しく私の肩に手を置いた。
図書室の窓から差し込む夕日が、彼を不必要にドラマチックに照らしている。


「……違います。私は、殿下とリリアさんを……」


「わかっているよ。君は僕を、この静かな場所に誘いたかったんだろう? 普段は人目に晒される僕たちのために、あえてカイルをリリアさんの護衛につけて、二人きりの時間を作ってくれた……」


王子は私の手を引き、空いている隣の個室へと滑り込んだ。
カチャリ、と鍵が閉まる音が響く。


「(……嘘でしょう。何で私が密室に閉じ込められてるのよ!)」


「ロニエ。君の心遣い、本当に嬉しいよ。君はいつも、僕を驚かせてくれる」


至近距離で王子の整った顔が迫る。
夕暮れの図書室、密室、二人きり。
私がリリアさんのために用意したステージに、なぜか私が立たされている。


「……あ、あの、殿下。近いですわ。空気が薄いですわ」


「そうだね。君の香りが近すぎて、僕も冷静ではいられそうにない」


王子の手が私の頬を掠める。
これだ。これこそ、ヒロインが王子にされるべき展開だ。
なぜターゲットが私になっているのか。


「(……アンナ! アンナ助けて!)」


私は心の中で叫んだが、扉の向こうからはアンナの「お幸せに、お嬢様」という小声だけが聞こえてきた。


結局、その日の放課後は、王子の甘い囁きをひたすら聞き流すという、私にとっては拷問のような時間で終わった。
婚約破棄どころか、王子の私への執着心は限界突破してしまったらしい。


「……アンナ。もう、図書室には一生行かないわ」


「左様でございますか。でもお嬢様、学園中の噂では、お二人が図書室で愛を誓い合ったことになっていますよ」


私の「婚約破棄への道」は、策を弄するたびに、なぜか「王家公認の熱愛伝説」として補強されていくのだった。
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