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「……見てなさい、アンナ。今日はこの『角砂糖』が、私の自由への鍵になるわ」
学園のテラス席。心地よい風が吹き抜ける絶好のティータイムに、私は邪悪な笑みを浮かべていた。
テーブルの上には、最高級の茶葉で淹れた紅茶。
そして、山盛りに積まれた角砂糖の容器。
「お嬢様、それは鍵というより、糖尿病への片道切符に見えますが」
「失礼ね! これは嫌がらせよ! 殿下は甘いものがそれほど得意ではないという情報を掴んだの。だから、この紅茶を『飲む宝石箱』……じゃなくて、『砂糖の地獄』に変えてやるわ!」
王子の好みから外れたものを提供し、無理強いする。
これこそが、傲慢な婚約者による「無神経な押し付け」という完璧な悪行だ。
「あ、来たわね。ターゲット一号が!」
アレン王子が、今日も今日とて後光を背負いながら歩いてくる。
私は慌てて、角砂糖のトングを構えた。
「やあ、ロニエ! 今日は君がティータイムに誘ってくれるなんて、僕は朝から落ち着かなかったよ。カイルも驚いていた」
「ええ、殿下。日頃の感謝を込めて、私が直々に紅茶をお淹れしますわ。さあ、お座りになって?」
私は引き攣った笑みを浮かべ、王子のカップに紅茶を注いだ。
そして、ここからが本番だ。
「殿下は甘いのがお好きでしたわよね? たーっぷり、入れて差し上げますわ!」
ポチャン、ポチャン、ポチャン……。
一個、二個では甘すぎる程度。
私は五個、十個……さらには容器をひっくり返す勢いで、角砂糖をカップの中に放り込んだ。
「……お、お嬢様? もうカップの底が砂糖で埋まって、紅茶が溢れそうですが」
「黙っててアンナ! ほら、殿下。愛の結晶(砂糖)をこれでもかと詰め込みましたわ。一滴残さず、召し上がってくださいまし。オーホッホッホ!」
紅茶の色が明らかに白濁し、ドロリとした粘り気を持っている。
これはもはや飲み物ではない。液状の砂糖だ。
さあ、一口飲んで「不味い! 君の神経を疑うよ!」とカップを叩きつけて!
アレン王子は、その「泥沼のような紅茶」をじっと見つめていた。
数秒の沈黙。……ついに、彼が口を開く。
「…………ロニエ」
「はい、殿下! お口に合いませんこと?」
「……なんて、深いんだ」
「はい?」
王子は震える手でカップを持ち上げると、熱い視線を私に向けた。
「君は僕に、この国の『豊かさ』を教えてくれているんだね。砂糖は貴重な交易品だ。それをこれほど贅沢に使うということは、我が国が、そして僕たちの愛が、枯渇することのない富に満ちているという象徴……!」
「いえ、ただの嫌がらせですけれど」
「それだけじゃない! この強烈な甘さは、僕に対する君の『情熱』そのものだ! 『言葉では言い尽くせないほどの甘い時間を共に過ごしたい』……そんな君の心の叫びが、この一杯に凝縮されている!」
王子は覚悟を決めたような顔で、そのドロドロの液体を一気に飲み干した。
ゴクッ、ゴクッ、と喉が鳴る。
「……っ! くっ、あ、甘い……! だが、これがロニエの愛の重さだというなら、僕は喜んで受け止めよう!」
王子の顔が、糖分の過剰摂取でわずかに青ざめている気がするが、その瞳はかつてないほどキラキラと輝いている。
「……カ、カイル。至急、王宮のシェフに伝えろ。これからはすべての料理に、ロニエの愛(砂糖)を今の十倍は加えるようにと……」
「殿下、それはさすがに死者が出ます。……お嬢様、またしても殿下の限界に挑戦してくださり、ありがとうございます。殿下の精神力が一段階上がったようです」
カイルが半泣きで王子の背中をさすっている。
私の作戦は、またしても「王子の精神修行」へと昇華されてしまった。
「エヴァンズ様! 素敵ですわ!」
いつの間にか、隣の席で見ていたリリアさんが拍手をしていた。
「愛する人のために、貴重な砂糖を惜しみなく使う……。なんてスケールの大きな愛の表現でしょう! 私もいつか、あんな濃厚な紅茶を淹れられる女性になりたいです!」
「リリアさんまで! あれ、絶対不味かったわよ!? 私だって一口も飲みたくないもの!」
「ふふ、照れなくていいよ、ロニエ。おかげで、僕の脳が今までになく活性化されている。今なら、どんな難しい政務もこなせそうだ!」
王子は立ち上がると、鼻血が出そうなほどハイテンションで「さあ、カイル! 仕事に戻るぞ!」と去っていった。
私は空になったカップを見つめ、ガックリと肩を落とした。
「(……嘘でしょう。砂糖責めにしたのに、やる気スイッチを入れちゃったの?)」
「お嬢様、お疲れ様です。次は塩でも入れてみますか? 『人生の辛さを共に乗り越えようというメッセージ』だと解釈されるでしょうけれど」
アンナが片付けをしながら、冷酷な予言を口にする。
「……もういいわよ。次は、もっと物理的に……そう、魔法実習で大失敗して、王子の顔を真っ黒にしてやるんだから!」
私の「婚約破棄への道」は、甘すぎる紅茶のせいで、より一層ベタベタした溺愛ルートへと引きずり込まれていくのだった。
学園のテラス席。心地よい風が吹き抜ける絶好のティータイムに、私は邪悪な笑みを浮かべていた。
テーブルの上には、最高級の茶葉で淹れた紅茶。
そして、山盛りに積まれた角砂糖の容器。
「お嬢様、それは鍵というより、糖尿病への片道切符に見えますが」
「失礼ね! これは嫌がらせよ! 殿下は甘いものがそれほど得意ではないという情報を掴んだの。だから、この紅茶を『飲む宝石箱』……じゃなくて、『砂糖の地獄』に変えてやるわ!」
王子の好みから外れたものを提供し、無理強いする。
これこそが、傲慢な婚約者による「無神経な押し付け」という完璧な悪行だ。
「あ、来たわね。ターゲット一号が!」
アレン王子が、今日も今日とて後光を背負いながら歩いてくる。
私は慌てて、角砂糖のトングを構えた。
「やあ、ロニエ! 今日は君がティータイムに誘ってくれるなんて、僕は朝から落ち着かなかったよ。カイルも驚いていた」
「ええ、殿下。日頃の感謝を込めて、私が直々に紅茶をお淹れしますわ。さあ、お座りになって?」
私は引き攣った笑みを浮かべ、王子のカップに紅茶を注いだ。
そして、ここからが本番だ。
「殿下は甘いのがお好きでしたわよね? たーっぷり、入れて差し上げますわ!」
ポチャン、ポチャン、ポチャン……。
一個、二個では甘すぎる程度。
私は五個、十個……さらには容器をひっくり返す勢いで、角砂糖をカップの中に放り込んだ。
「……お、お嬢様? もうカップの底が砂糖で埋まって、紅茶が溢れそうですが」
「黙っててアンナ! ほら、殿下。愛の結晶(砂糖)をこれでもかと詰め込みましたわ。一滴残さず、召し上がってくださいまし。オーホッホッホ!」
紅茶の色が明らかに白濁し、ドロリとした粘り気を持っている。
これはもはや飲み物ではない。液状の砂糖だ。
さあ、一口飲んで「不味い! 君の神経を疑うよ!」とカップを叩きつけて!
アレン王子は、その「泥沼のような紅茶」をじっと見つめていた。
数秒の沈黙。……ついに、彼が口を開く。
「…………ロニエ」
「はい、殿下! お口に合いませんこと?」
「……なんて、深いんだ」
「はい?」
王子は震える手でカップを持ち上げると、熱い視線を私に向けた。
「君は僕に、この国の『豊かさ』を教えてくれているんだね。砂糖は貴重な交易品だ。それをこれほど贅沢に使うということは、我が国が、そして僕たちの愛が、枯渇することのない富に満ちているという象徴……!」
「いえ、ただの嫌がらせですけれど」
「それだけじゃない! この強烈な甘さは、僕に対する君の『情熱』そのものだ! 『言葉では言い尽くせないほどの甘い時間を共に過ごしたい』……そんな君の心の叫びが、この一杯に凝縮されている!」
王子は覚悟を決めたような顔で、そのドロドロの液体を一気に飲み干した。
ゴクッ、ゴクッ、と喉が鳴る。
「……っ! くっ、あ、甘い……! だが、これがロニエの愛の重さだというなら、僕は喜んで受け止めよう!」
王子の顔が、糖分の過剰摂取でわずかに青ざめている気がするが、その瞳はかつてないほどキラキラと輝いている。
「……カ、カイル。至急、王宮のシェフに伝えろ。これからはすべての料理に、ロニエの愛(砂糖)を今の十倍は加えるようにと……」
「殿下、それはさすがに死者が出ます。……お嬢様、またしても殿下の限界に挑戦してくださり、ありがとうございます。殿下の精神力が一段階上がったようです」
カイルが半泣きで王子の背中をさすっている。
私の作戦は、またしても「王子の精神修行」へと昇華されてしまった。
「エヴァンズ様! 素敵ですわ!」
いつの間にか、隣の席で見ていたリリアさんが拍手をしていた。
「愛する人のために、貴重な砂糖を惜しみなく使う……。なんてスケールの大きな愛の表現でしょう! 私もいつか、あんな濃厚な紅茶を淹れられる女性になりたいです!」
「リリアさんまで! あれ、絶対不味かったわよ!? 私だって一口も飲みたくないもの!」
「ふふ、照れなくていいよ、ロニエ。おかげで、僕の脳が今までになく活性化されている。今なら、どんな難しい政務もこなせそうだ!」
王子は立ち上がると、鼻血が出そうなほどハイテンションで「さあ、カイル! 仕事に戻るぞ!」と去っていった。
私は空になったカップを見つめ、ガックリと肩を落とした。
「(……嘘でしょう。砂糖責めにしたのに、やる気スイッチを入れちゃったの?)」
「お嬢様、お疲れ様です。次は塩でも入れてみますか? 『人生の辛さを共に乗り越えようというメッセージ』だと解釈されるでしょうけれど」
アンナが片付けをしながら、冷酷な予言を口にする。
「……もういいわよ。次は、もっと物理的に……そう、魔法実習で大失敗して、王子の顔を真っ黒にしてやるんだから!」
私の「婚約破棄への道」は、甘すぎる紅茶のせいで、より一層ベタベタした溺愛ルートへと引きずり込まれていくのだった。
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