いいえ、ただ私は婚約破棄されたいだけなんです!

鏡おもち

文字の大きさ
11 / 28

11

しおりを挟む
「……ちょっと、ポチ! 離れなさいって言っているでしょう!」


学園の廊下。私は、昨日の実習で召喚してしまった伝説の神獣――私が勝手にポチと名付けた――に、巨大な頭を押し付けられていた。
銀色の毛並みは相変わらず美しく、歩くたびに冷気が微かに漂う。
だが、その威厳はどこへやら。今の彼は、私に遊んでほしくてたまらない大型犬そのものだ。


「お嬢様、学園中の廊下がポチ様の巨体で通りにくくなっております。あと、そのお名前……国中の神官たちが聞いたら卒倒しますよ」


「いいのよ、ポチで! こんな得体の知れない怪物を連れ歩いているのよ? 普通なら『うわあ、魔女だ!』とか『恐ろしい!』って石を投げられる展開じゃないの!」


私はポチの鼻先をグイグイと押し返しながら、周囲の反応を伺った。
しかし、すれ違う生徒たちは怯えるどころか、うっとりとした表情で手を合わせている。


「見て、ポチ……じゃなかった、神獣様があんなにロニエ様に甘えていらっしゃるわ」


「ロニエ様の聖なるオーラが、荒ぶる魂を浄化してしまったのね……。なんて尊い光景かしら」


「(……浄化してない! 私はただ、こいつをけしかけて誰かに迷惑をかけたいだけなのよ!)」


絶望的な認識の相違に、私は頭を抱えた。
そこへ、今日も元気なアレン王子が、まばゆい後光を背負って登場した。


「やあ、ロニエ! ポチとの仲は順調なようだね。君たちの絆を見ていると、僕の心まで洗われるようだよ」


「殿下、ちょうど良かったですわ! 見てください、この凶暴そうな牙! 鋭い爪! こんな恐ろしい生き物を手なずけている私は、間違いなく悪女の素質がありますわよね?」


私はポチの口を無理やり開かせ、鋭い牙を王子に見せつけた。
ポチは「遊んでくれるの?」と勘違いしたのか、嬉しそうに尻尾を振る。
その風圧だけで、近くの観葉植物がなぎ倒された。


「……なるほど。確かにその牙は恐ろしい。だが、ロニエ。君は気づいていないのかい?」


「……何をですの?」


「その神獣が、君の言葉一つで牙を納め、尻尾を振っているという事実を。君は暴力で従わせているのではない。圧倒的な『慈愛』で、彼の魂を屈服……いや、魅了してしまったんだね」


アレン王子は、ポチの鼻先を優しく撫でた。
ポチは王子の手も「ロニエの友達ならいいよ」という感じで受け入れている。


「動物は嘘をつかない。特に高貴な生き物ほど、魂の美しさに敏感だ。ロニエ、君がどれほど否定しようとも、この光景こそが君の清らかさを証明しているよ」


「殿下、それはあまりに飛躍した解釈ですわ! 私はただ、こいつが重くて邪魔だと言っているだけですの!」


「ふふ、また照れて。君の『ツン』は、もはや国宝級だね。カイル、この神獣専用の小屋を学園内に建てる準備は進んでいるか?」


「はい。最高級の大理石と毛布を用意しております。お嬢様のお部屋のすぐ隣に配置する予定です」


「勝手に増築しないでくださいまし!」


カイルが事務的に手帳に書き込む。
私の「魔女アピール」は、またしても「聖女の動物愛護」へと変換されてしまった。


「エヴァンズ様! 私、感動しました!」


リリアさんが、どこからともなく駆け寄ってきて、私の手を取った。


「言葉の通じない獣と心を通わせるなんて……。私、エヴァンズ様のような、種族を超えた愛を持てる女性になりたいです!」


「リリアさん、あなたまで……! これ、ただのデカい犬よ!? 迷惑千万な居候なのよ!?」


「お嬢様、諦めてください。ポチ様も、お嬢様から離れる気はさらさらないようですし」


アンナが冷たく言い放つ。
足元では、ポチが私の足首に顎を乗せて、すやすやと寝息を立て始めた。
ずっしりとした重みが、私の逃避行を物理的に妨げている。


「(……嘘でしょう。婚約破棄どころか、伝説の相棒まで手に入れちゃったじゃない……)」


私は、幸せそうに眠る神獣の頭を、やけくそ気味にガシガシと撫で回した。
それがまた周囲から「深い慈愛の表現」として絶賛されることになるとは、今の私はまだ知らない。


私の婚約破棄への道は、ポチが尻尾を振るたびに、なぜか「聖女ロニエ伝説」の新たな章を書き加えてしまうのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

これって私の断罪じゃなくて公開プロポーズですか!?

桃瀬ももな
恋愛
「カタリーナ・フォン・シュバルツ! 貴様との婚約を破棄し、国外追放に処す!」 卒業パーティーの最中、第一王子アルフォンスから非情な宣告を突きつけられた公爵令嬢カタリーナ。 生まれつきの鋭い目つきと、緊張すると顔が強張る不器用さゆえに「悪役令嬢」として孤立していた彼女は、ついに訪れた「お決まりの断罪劇」に絶望……するかと思いきや。 (……あれ? 殿下、いま小さく「よっしゃあ!」ってガッツポーズしませんでした!?)

処刑された悪役令嬢、二周目は「ぼっち」を卒業して最強チームを作ります!

みかぼう。
恋愛
地方を救おうとして『反逆者』に仕立て上げられ、断頭台で散ったエリアナ・ヴァルドレイン。 彼女の失敗は、有能すぎるがゆえに「独りで背負いすぎたこと」だった。 ループから始まった二周目。 彼女はこれまで周囲との間に引いていた「線」を、踏み越えることを決意した。 「お父様、私に『線を引け』と教えた貴方に、処刑台から見た真実をお話しします」 「殿下、私が貴方の『目』となります。王国に張り巡らされた謀略の糸を、共に断ち切りましょう」 淑女の仮面を脱ぎ捨て、父と王太子を「共闘者」へと変貌させる政争の道。 未来知識という『目』を使い、一歩ずつ確実に、破滅への先手を取っていく。 これは、独りで戦い、独りで死んだ令嬢が、信頼と連帯によって王国の未来を塗り替える――緻密かつ大胆なリベンジ政争劇。 「私を神輿にするのなら、覚悟してくださいませ。……その行き先は、貴方の破滅ですわ」 (※カクヨムにも掲載中です。)

悪役令嬢は婚約破棄の後、氷の騎士に溺愛される〜裏切られた令嬢の逆転劇〜

nacat
恋愛
第一王子から一方的な婚約破棄を告げられ、公衆の面前で嘲笑された“悪役令嬢”クラリス。 だが彼女を冷たく見つめていた王国随一の“氷の騎士”オルフェンが、その手を差し伸べる。 「君が傷つく理由など、どこにもない」 絶望の淵で拾われた心は、いつしか凍てついた騎士を溶かし始めていた。 華やかな社交界の裏で繰り広げられる復讐と癒やし、そして溺愛の物語。 運命に弄ばれた令嬢が、真実の愛と共に見返す――ざまぁと幸福の逆転劇。

悪役令嬢のはずですが、年上王子が幼い頃から私を甘やかす気でいました

ria_alphapolis
恋愛
私は、悪役令嬢なのかもしれない。 王子の婚約者としては少し我儘で、周囲からは気が強いと思われている―― そんな自分に気づいた日から、私は“断罪される未来”を恐れるようになった。 婚約者である年上の王子は、今日も変わらず優しい。 けれどその優しさが、義務なのか、同情なのか、私にはわからない。 距離を取ろうとする私と、何も言わずに見守る王子。 両思いなのに、想いはすれ違っていく。 けれど彼は知っている。 五歳下の婚約者が「我儘だ」と言われていた幼い頃から、 そのすべてが可愛くて仕方なかったことを。 ――我儘でいい。 そう決めたのは、ずっと昔のことだった。 悪役令嬢だと勘違いしている少女と、 溺愛を隠し続ける年上王子の、すれ違い恋愛ファンタジー。 ※溺愛保証/王子視点あり/幼少期エピソードあり

悪役令嬢を断罪したくせに、今さら溺愛とか都合が良すぎますわ!

nacat
恋愛
侯爵令嬢リディアは、無実の罪で婚約者の王太子に断罪された。 冷笑を浮かべ、すべてを捨てて国外へ去った彼女が、数年後、驚くべき姿で帰ってくる。 誰もが羨む天才魔導師として──。 今さら後悔する王太子、ざまぁを噛みしめる貴族令嬢たち。 そして、リディアをひそかに守ってきた公爵の青年が、ようやく想いを告げる時が来た。 これは、不当な断罪を受けた少女が、自分の誇りと愛を取り戻す溺愛系ロマンス。 すべての「裏切られた少女」たちに捧ぐ、痛快で甘く切ない逆転劇。

気付けば名も知らぬ悪役令嬢に憑依して、見知らぬヒロインに手をあげていました

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
私が憑依した身体の持ちは不幸のどん底に置かれた悪役令嬢でした ある日、妹の部屋で見つけた不思議な指輪。その指輪をはめた途端、私は見知らぬ少女の前に立っていた。目の前には赤く腫れた頬で涙ぐみ、こちらをじっと見つめる可憐な美少女。そして何故か右手の平が痛む私。もしかして・・今私、この少女を引っ叩いたの?!そして何故か頭の中で響き渡る謎の声の人物と心と体を共存することになってしまう。憑依した身体の持ち主はいじめられっ娘の上に悪役令嬢のポジションに置かれている。見るに見かねた私は彼女を幸せにする為、そして自分の快適な生活を手に入れる為に自ら身体を張って奮闘する事にした―。 ※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています。

婚約破棄された令嬢ですが、今さら愛されたって遅いですわ。~冷徹宰相殿下の溺愛が止まりません~

nacat
恋愛
王立学院の卒業式で、婚約者の王太子に「悪女」と断罪された公爵令嬢リリアナ。 全ての罪を着せられ、婚約を破棄された彼女は、冷徹と名高い宰相殿下のもとへ嫁ぐことになった。 「政略結婚ですから、愛など必要ございませんわ」そう言い放ったリリアナ。 だが宰相殿下は、彼女を宝物のように扱い、誰よりも深く愛し始める――。 やがて明らかになる“陰謀”と、“真実の愛”。 すべてを失った令嬢が、愛と誇りをもって世界を見返す、痛快ざまぁ&溺愛ロマンス!

『お前の顔は見飽きた!』内心ガッツポーズで辺境へ

夏乃みのり
恋愛
「リーナ・フォン・アトラス! 貴様との婚約を破棄する!」 華やかな王宮の夜会で、第一王子ジュリアンに突きつけられた非情な宣告。冤罪を被せられ、冷酷な悪役令嬢として追放を言い渡されたリーナだったが、彼女の内心は……「やったーーー! これでやっとトレーニングに専念できるわ!」と歓喜に震えていた!

処理中です...