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「……ちょっと、ポチ! 離れなさいって言っているでしょう!」
学園の廊下。私は、昨日の実習で召喚してしまった伝説の神獣――私が勝手にポチと名付けた――に、巨大な頭を押し付けられていた。
銀色の毛並みは相変わらず美しく、歩くたびに冷気が微かに漂う。
だが、その威厳はどこへやら。今の彼は、私に遊んでほしくてたまらない大型犬そのものだ。
「お嬢様、学園中の廊下がポチ様の巨体で通りにくくなっております。あと、そのお名前……国中の神官たちが聞いたら卒倒しますよ」
「いいのよ、ポチで! こんな得体の知れない怪物を連れ歩いているのよ? 普通なら『うわあ、魔女だ!』とか『恐ろしい!』って石を投げられる展開じゃないの!」
私はポチの鼻先をグイグイと押し返しながら、周囲の反応を伺った。
しかし、すれ違う生徒たちは怯えるどころか、うっとりとした表情で手を合わせている。
「見て、ポチ……じゃなかった、神獣様があんなにロニエ様に甘えていらっしゃるわ」
「ロニエ様の聖なるオーラが、荒ぶる魂を浄化してしまったのね……。なんて尊い光景かしら」
「(……浄化してない! 私はただ、こいつをけしかけて誰かに迷惑をかけたいだけなのよ!)」
絶望的な認識の相違に、私は頭を抱えた。
そこへ、今日も元気なアレン王子が、まばゆい後光を背負って登場した。
「やあ、ロニエ! ポチとの仲は順調なようだね。君たちの絆を見ていると、僕の心まで洗われるようだよ」
「殿下、ちょうど良かったですわ! 見てください、この凶暴そうな牙! 鋭い爪! こんな恐ろしい生き物を手なずけている私は、間違いなく悪女の素質がありますわよね?」
私はポチの口を無理やり開かせ、鋭い牙を王子に見せつけた。
ポチは「遊んでくれるの?」と勘違いしたのか、嬉しそうに尻尾を振る。
その風圧だけで、近くの観葉植物がなぎ倒された。
「……なるほど。確かにその牙は恐ろしい。だが、ロニエ。君は気づいていないのかい?」
「……何をですの?」
「その神獣が、君の言葉一つで牙を納め、尻尾を振っているという事実を。君は暴力で従わせているのではない。圧倒的な『慈愛』で、彼の魂を屈服……いや、魅了してしまったんだね」
アレン王子は、ポチの鼻先を優しく撫でた。
ポチは王子の手も「ロニエの友達ならいいよ」という感じで受け入れている。
「動物は嘘をつかない。特に高貴な生き物ほど、魂の美しさに敏感だ。ロニエ、君がどれほど否定しようとも、この光景こそが君の清らかさを証明しているよ」
「殿下、それはあまりに飛躍した解釈ですわ! 私はただ、こいつが重くて邪魔だと言っているだけですの!」
「ふふ、また照れて。君の『ツン』は、もはや国宝級だね。カイル、この神獣専用の小屋を学園内に建てる準備は進んでいるか?」
「はい。最高級の大理石と毛布を用意しております。お嬢様のお部屋のすぐ隣に配置する予定です」
「勝手に増築しないでくださいまし!」
カイルが事務的に手帳に書き込む。
私の「魔女アピール」は、またしても「聖女の動物愛護」へと変換されてしまった。
「エヴァンズ様! 私、感動しました!」
リリアさんが、どこからともなく駆け寄ってきて、私の手を取った。
「言葉の通じない獣と心を通わせるなんて……。私、エヴァンズ様のような、種族を超えた愛を持てる女性になりたいです!」
「リリアさん、あなたまで……! これ、ただのデカい犬よ!? 迷惑千万な居候なのよ!?」
「お嬢様、諦めてください。ポチ様も、お嬢様から離れる気はさらさらないようですし」
アンナが冷たく言い放つ。
足元では、ポチが私の足首に顎を乗せて、すやすやと寝息を立て始めた。
ずっしりとした重みが、私の逃避行を物理的に妨げている。
「(……嘘でしょう。婚約破棄どころか、伝説の相棒まで手に入れちゃったじゃない……)」
私は、幸せそうに眠る神獣の頭を、やけくそ気味にガシガシと撫で回した。
それがまた周囲から「深い慈愛の表現」として絶賛されることになるとは、今の私はまだ知らない。
私の婚約破棄への道は、ポチが尻尾を振るたびに、なぜか「聖女ロニエ伝説」の新たな章を書き加えてしまうのだった。
学園の廊下。私は、昨日の実習で召喚してしまった伝説の神獣――私が勝手にポチと名付けた――に、巨大な頭を押し付けられていた。
銀色の毛並みは相変わらず美しく、歩くたびに冷気が微かに漂う。
だが、その威厳はどこへやら。今の彼は、私に遊んでほしくてたまらない大型犬そのものだ。
「お嬢様、学園中の廊下がポチ様の巨体で通りにくくなっております。あと、そのお名前……国中の神官たちが聞いたら卒倒しますよ」
「いいのよ、ポチで! こんな得体の知れない怪物を連れ歩いているのよ? 普通なら『うわあ、魔女だ!』とか『恐ろしい!』って石を投げられる展開じゃないの!」
私はポチの鼻先をグイグイと押し返しながら、周囲の反応を伺った。
しかし、すれ違う生徒たちは怯えるどころか、うっとりとした表情で手を合わせている。
「見て、ポチ……じゃなかった、神獣様があんなにロニエ様に甘えていらっしゃるわ」
「ロニエ様の聖なるオーラが、荒ぶる魂を浄化してしまったのね……。なんて尊い光景かしら」
「(……浄化してない! 私はただ、こいつをけしかけて誰かに迷惑をかけたいだけなのよ!)」
絶望的な認識の相違に、私は頭を抱えた。
そこへ、今日も元気なアレン王子が、まばゆい後光を背負って登場した。
「やあ、ロニエ! ポチとの仲は順調なようだね。君たちの絆を見ていると、僕の心まで洗われるようだよ」
「殿下、ちょうど良かったですわ! 見てください、この凶暴そうな牙! 鋭い爪! こんな恐ろしい生き物を手なずけている私は、間違いなく悪女の素質がありますわよね?」
私はポチの口を無理やり開かせ、鋭い牙を王子に見せつけた。
ポチは「遊んでくれるの?」と勘違いしたのか、嬉しそうに尻尾を振る。
その風圧だけで、近くの観葉植物がなぎ倒された。
「……なるほど。確かにその牙は恐ろしい。だが、ロニエ。君は気づいていないのかい?」
「……何をですの?」
「その神獣が、君の言葉一つで牙を納め、尻尾を振っているという事実を。君は暴力で従わせているのではない。圧倒的な『慈愛』で、彼の魂を屈服……いや、魅了してしまったんだね」
アレン王子は、ポチの鼻先を優しく撫でた。
ポチは王子の手も「ロニエの友達ならいいよ」という感じで受け入れている。
「動物は嘘をつかない。特に高貴な生き物ほど、魂の美しさに敏感だ。ロニエ、君がどれほど否定しようとも、この光景こそが君の清らかさを証明しているよ」
「殿下、それはあまりに飛躍した解釈ですわ! 私はただ、こいつが重くて邪魔だと言っているだけですの!」
「ふふ、また照れて。君の『ツン』は、もはや国宝級だね。カイル、この神獣専用の小屋を学園内に建てる準備は進んでいるか?」
「はい。最高級の大理石と毛布を用意しております。お嬢様のお部屋のすぐ隣に配置する予定です」
「勝手に増築しないでくださいまし!」
カイルが事務的に手帳に書き込む。
私の「魔女アピール」は、またしても「聖女の動物愛護」へと変換されてしまった。
「エヴァンズ様! 私、感動しました!」
リリアさんが、どこからともなく駆け寄ってきて、私の手を取った。
「言葉の通じない獣と心を通わせるなんて……。私、エヴァンズ様のような、種族を超えた愛を持てる女性になりたいです!」
「リリアさん、あなたまで……! これ、ただのデカい犬よ!? 迷惑千万な居候なのよ!?」
「お嬢様、諦めてください。ポチ様も、お嬢様から離れる気はさらさらないようですし」
アンナが冷たく言い放つ。
足元では、ポチが私の足首に顎を乗せて、すやすやと寝息を立て始めた。
ずっしりとした重みが、私の逃避行を物理的に妨げている。
「(……嘘でしょう。婚約破棄どころか、伝説の相棒まで手に入れちゃったじゃない……)」
私は、幸せそうに眠る神獣の頭を、やけくそ気味にガシガシと撫で回した。
それがまた周囲から「深い慈愛の表現」として絶賛されることになるとは、今の私はまだ知らない。
私の婚約破棄への道は、ポチが尻尾を振るたびに、なぜか「聖女ロニエ伝説」の新たな章を書き加えてしまうのだった。
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