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「……いい、リリアさん。あなたは優しすぎるのよ。もっとこう、周囲を威圧するような『毒』が必要だわ」
学園の図書室の奥、人目のつかない個人閲覧室。
私は目の前でメモ帳を握りしめ、目を輝かせているリリア・キャロル男爵令嬢に向き合っていた。
「はい、ロニエ様! 毒、ですね! 勉強になりますっ!」
「違うわ、リリアさん。勉強じゃないのよ。これはあなたの『覚醒』のための特訓なんだから。いい? 王子の隣に立つには、私のような性格の悪い女を蹴落とすくらいの『悪女パワー』が必要なの!」
私の計画はこうだ。
清純すぎるリリアさんを「立派な悪女」に育て上げる。
そして彼女が私に牙を剥き、王子を奪い取る……。
そうすれば、私は「愛する人に裏切られ、友人に婚約者を奪われた悲劇の令嬢」として、悠々自適な引退生活を送れるはずなのだ。
「お嬢様、その教え……はたから見ると、単に後輩をいびっているようにしか見えませんが、大丈夫ですか?」
壁際に控えるアンナが、冷めた視線で突っ込んでくる。
「黙っててアンナ。これは高度な育成シミュレーションなんだから。……さあ、リリアさん! まずは基本の『高飛車な挨拶』からよ! 顎を十五度上げて、相手をゴミを見るような目で見て言いなさい。『あら、平民の分際で私に話しかけるなんて、百年早くてよ!』って!」
私は手本を見せるように、精一杯の悪役顔を作った。
さあ、リリアさん。これを真似して、私を罵ってちょうだい!
「わ、わかりました! やってみます! ……あ、あ、あのっ、平民の……分際で、その、えっと……髪の毛に、糸屑がついていてよ! お、お取りしましょうか……!?」
リリアさんは顔を真っ赤にして、私の頭に手を伸ばした。
「……優しすぎるわ! それ、ただの親切な人じゃない!」
「ご、ごめんなさい! どうしても口が勝手に『お助けモード』になってしまって……!」
「ダメよ、リリアさん。もっと自分勝手になって。例えば、食堂で一番人気のメニューを最後の一皿で横取りするとか。相手の悲しむ顔を見て『オーホッホッホ!』って笑うのよ!」
「一番人気を……横取り……。……っ、そんなことしたら、あの方、お腹が空いて午後の授業に集中できなくなっちゃいます! 私、そんな残酷なこと、耐えられません!」
リリアさんはポロポロと涙を流し始めた。
……想定外だわ。この子の善意は、私の悪の教導(ティーチング)をすべて無効化する特殊装甲(アーマー)でも装備しているのかしら。
「ロニエ様……。私、気づきました。ロニエ様はあえて私に『悪』を演じさせることで、私の中に眠る『真の正義感』を試してくださっているのですね!?」
「……はい?」
「『悪に染まるのは簡単だが、善を貫くのは難しい。リリア、あなたはどんな状況でも自分を失わないで』……。ロニエ様、私、感動しました! あなた様の深い教育的指導、一生忘れません!」
「違うのよ! 本当に、ただ単に王子を奪うための技術を伝授していただけなのよ!」
ガバッ、とリリアさんが私の手を握りしめる。その瞳には、かつてないほどの崇拝の火が灯っていた。
「ロニエ様! 私、決めました。一生、あなた様を『お姉様』と慕い、その背中を追いかけます! 私のような未熟な男爵令嬢に、これほどまでの慈愛を持って接してくださるなんて……。ロニエ様は、私の太陽です!」
「待って! 太陽にならないで! 私は月……というか、暗雲になりたいの!」
そこへ、いつものように「待たせたね!」と言わんばかりのキラキラ演出と共に、アレン王子が登場した。
「やあ、ロニエ。リリア嬢と何をしているんだい? ……おや、リリア嬢が泣いている? もしかして……」
王子の表情が鋭くなる。
来た! ついに「弱い者いじめ」として断罪される時が!
「殿下! 見てくださいまし、この惨状を! 私は今、リリアさんを泣かせていたところですのよ! これこそが、私の傲慢な本性ですわ!」
「……ふふ、はははは! ロニエ、君という女性は!」
王子は腹を抱えて笑い出した。……え、なぜ?
「カイル、聞いたかい? 彼女はあえて自分の評価を下げてまで、リリア嬢の『精神的な壁』を壊してあげたんだ。リリア嬢、君は今、ロニエの厳しい指導を受けて、自分の弱さを克服したんだろう?」
「はい、アレン殿下! ロニエ様は、私に『真の強さ』を教えてくださいました!」
リリアさんが鼻をすすりながら、満面の笑みで答える。
「そうか。ロニエ、君は後輩の育成まで完璧にこなすのか。……君がリリア嬢を『お姉様』と呼ばせているのも、彼女が学園で孤立しないように、僕の婚約者である君が後ろ盾(バック)につくという宣言なんだね。なんて完璧な政治的配慮なんだ……!」
「政治的配慮なんて一ミリも考えていませんわよ! 単なる自爆ですわ!」
「カイル! リリア嬢を『ロニエ第一親衛隊』の筆頭補佐に任命しろ。ロニエの慈愛を、彼女が一番近くで広めるんだ」
「御意……(お嬢様、もう『悪女』を育てるのは諦めて、宗教でも開いたほうが早いですよ)」
カイルが憐れみの目で、手帳にまた新しい役職を書き込む。
私は、リリアさんに「お姉様ー!」と抱きつかれながら、真っ白に燃え尽きた。
「(……嘘でしょう。ヒロインを悪女にするつもりが、私の最強の信者にしちゃったじゃないの……)」
私の婚約者破棄への道は、誰かを育てようとするたびに、なぜか「ロニエ教」という名の強固なコミュニティを拡大していくのだった。
学園の図書室の奥、人目のつかない個人閲覧室。
私は目の前でメモ帳を握りしめ、目を輝かせているリリア・キャロル男爵令嬢に向き合っていた。
「はい、ロニエ様! 毒、ですね! 勉強になりますっ!」
「違うわ、リリアさん。勉強じゃないのよ。これはあなたの『覚醒』のための特訓なんだから。いい? 王子の隣に立つには、私のような性格の悪い女を蹴落とすくらいの『悪女パワー』が必要なの!」
私の計画はこうだ。
清純すぎるリリアさんを「立派な悪女」に育て上げる。
そして彼女が私に牙を剥き、王子を奪い取る……。
そうすれば、私は「愛する人に裏切られ、友人に婚約者を奪われた悲劇の令嬢」として、悠々自適な引退生活を送れるはずなのだ。
「お嬢様、その教え……はたから見ると、単に後輩をいびっているようにしか見えませんが、大丈夫ですか?」
壁際に控えるアンナが、冷めた視線で突っ込んでくる。
「黙っててアンナ。これは高度な育成シミュレーションなんだから。……さあ、リリアさん! まずは基本の『高飛車な挨拶』からよ! 顎を十五度上げて、相手をゴミを見るような目で見て言いなさい。『あら、平民の分際で私に話しかけるなんて、百年早くてよ!』って!」
私は手本を見せるように、精一杯の悪役顔を作った。
さあ、リリアさん。これを真似して、私を罵ってちょうだい!
「わ、わかりました! やってみます! ……あ、あ、あのっ、平民の……分際で、その、えっと……髪の毛に、糸屑がついていてよ! お、お取りしましょうか……!?」
リリアさんは顔を真っ赤にして、私の頭に手を伸ばした。
「……優しすぎるわ! それ、ただの親切な人じゃない!」
「ご、ごめんなさい! どうしても口が勝手に『お助けモード』になってしまって……!」
「ダメよ、リリアさん。もっと自分勝手になって。例えば、食堂で一番人気のメニューを最後の一皿で横取りするとか。相手の悲しむ顔を見て『オーホッホッホ!』って笑うのよ!」
「一番人気を……横取り……。……っ、そんなことしたら、あの方、お腹が空いて午後の授業に集中できなくなっちゃいます! 私、そんな残酷なこと、耐えられません!」
リリアさんはポロポロと涙を流し始めた。
……想定外だわ。この子の善意は、私の悪の教導(ティーチング)をすべて無効化する特殊装甲(アーマー)でも装備しているのかしら。
「ロニエ様……。私、気づきました。ロニエ様はあえて私に『悪』を演じさせることで、私の中に眠る『真の正義感』を試してくださっているのですね!?」
「……はい?」
「『悪に染まるのは簡単だが、善を貫くのは難しい。リリア、あなたはどんな状況でも自分を失わないで』……。ロニエ様、私、感動しました! あなた様の深い教育的指導、一生忘れません!」
「違うのよ! 本当に、ただ単に王子を奪うための技術を伝授していただけなのよ!」
ガバッ、とリリアさんが私の手を握りしめる。その瞳には、かつてないほどの崇拝の火が灯っていた。
「ロニエ様! 私、決めました。一生、あなた様を『お姉様』と慕い、その背中を追いかけます! 私のような未熟な男爵令嬢に、これほどまでの慈愛を持って接してくださるなんて……。ロニエ様は、私の太陽です!」
「待って! 太陽にならないで! 私は月……というか、暗雲になりたいの!」
そこへ、いつものように「待たせたね!」と言わんばかりのキラキラ演出と共に、アレン王子が登場した。
「やあ、ロニエ。リリア嬢と何をしているんだい? ……おや、リリア嬢が泣いている? もしかして……」
王子の表情が鋭くなる。
来た! ついに「弱い者いじめ」として断罪される時が!
「殿下! 見てくださいまし、この惨状を! 私は今、リリアさんを泣かせていたところですのよ! これこそが、私の傲慢な本性ですわ!」
「……ふふ、はははは! ロニエ、君という女性は!」
王子は腹を抱えて笑い出した。……え、なぜ?
「カイル、聞いたかい? 彼女はあえて自分の評価を下げてまで、リリア嬢の『精神的な壁』を壊してあげたんだ。リリア嬢、君は今、ロニエの厳しい指導を受けて、自分の弱さを克服したんだろう?」
「はい、アレン殿下! ロニエ様は、私に『真の強さ』を教えてくださいました!」
リリアさんが鼻をすすりながら、満面の笑みで答える。
「そうか。ロニエ、君は後輩の育成まで完璧にこなすのか。……君がリリア嬢を『お姉様』と呼ばせているのも、彼女が学園で孤立しないように、僕の婚約者である君が後ろ盾(バック)につくという宣言なんだね。なんて完璧な政治的配慮なんだ……!」
「政治的配慮なんて一ミリも考えていませんわよ! 単なる自爆ですわ!」
「カイル! リリア嬢を『ロニエ第一親衛隊』の筆頭補佐に任命しろ。ロニエの慈愛を、彼女が一番近くで広めるんだ」
「御意……(お嬢様、もう『悪女』を育てるのは諦めて、宗教でも開いたほうが早いですよ)」
カイルが憐れみの目で、手帳にまた新しい役職を書き込む。
私は、リリアさんに「お姉様ー!」と抱きつかれながら、真っ白に燃え尽きた。
「(……嘘でしょう。ヒロインを悪女にするつもりが、私の最強の信者にしちゃったじゃないの……)」
私の婚約者破棄への道は、誰かを育てようとするたびに、なぜか「ロニエ教」という名の強固なコミュニティを拡大していくのだった。
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