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「……ふふふ。アンナ、ついに見つけたわ。私の代わりを立てる、究極の手段を!」
学生寮の自室で、私は羽ペンを握りしめ、机の上に広げた便箋に向かってほくそ笑んだ。
隣ではアンナが、冷めた目で見守りながら、丁寧に紅茶を淹れている。
「お嬢様、その邪悪な笑み……。今度はどなたの筆跡を偽造なさるおつもりで?」
「失礼ね! 偽造じゃないわ、代筆よ。……リリアさんの名前で、アレン殿下にラブレターを送るのよ!」
私の完璧な計画はこうだ。
純粋なリリアさんには恥ずかしくて書けないであろう、情熱的で、かつ「早く私を奪って!」という内容の文面を私が代わりに書く。
署名はリリア。これを受け取った殿下は、リリアさんの隠れた情熱に当てられ、彼女の元へ駆け出す……。
そして私は「婚約者の座を奪われた哀れな女」として、実家へ帰されるというわけよ!
「お嬢様、お嬢様の筆跡は、この学園でも一、二を争うほど美しく特徴的ですが、大丈夫ですか?」
「大丈夫よ、左手で書けばバレないわ! 見てなさい!」
私は渾身の力を込め、左手で便箋に文字を綴った。
『愛しのアレン様。あなたの輝く瞳に、私はいつも焼かれそうです。どうか、ロニエ様ではなく、私を……リリアを見てください。今夜、噴水広場で待っています』。
「……どう? この、いかにも『略奪愛』な感じ。完璧だわ!」
「……お嬢様。左手で書いた割には、なぜか筆跡に力強い意志を感じますが、まあいいでしょう」
私はその手紙を、匿名を装って王子の執務室へと届けさせた。
さあ、今夜の噴水広場は修羅場……じゃなかった、恋の始まりの場所になるはずよ!
夜の帳が下り、私は噴水広場の近くの茂みに隠れて、その瞬間を待った。
すると、足早にやってくる人影が。
アレン王子だ! しかも、手紙を大切そうに胸に抱きしめている。
「(来たわ……! あとはリリアさんがいれば完璧だったけれど、まあ、殿下がここで立ち尽くして彼女を想うだけでも第一段階クリアね)」
ところが、王子は広場の中央で立ち止まるなり、真っ直ぐに私の隠れている茂みに向かって歩いてきた。
「ロニエ。そこにいるんだろう? 出ておいで」
「……ひっ!?」
なぜバレたの? 私の隠密スキルは神獣ポチにも気づかれないはずなのに!
私は引き攣った笑みを浮かべて、茂みから這い出した。
「あ、あら殿下。奇遇ですわね。こんな夜更けに、お散歩かしら?」
「ロニエ。この手紙、受け取ったよ。……君の愛の深さに、僕はまた涙してしまった」
王子は、私が左手で書いた例の手紙を、うっとりとした表情で見つめている。
「……え? あの、署名を見てくださいまし。それはリリアさんが書いた……」
「ふふ、照れなくていい。この独特な払い、そしてインクの滲み方……。左手を使ってまで正体を隠そうとする、君の恥じらいが透けて見えるようだ」
王子は一歩、私に近づいた。
その瞳は、噴水の水しぶきを反射して怪しく、そして熱く輝いている。
「『アレン様、あなたの輝く瞳に、私はいつも焼かれそうです』……。なんて情熱的な詩なんだ。君は、自分の名前を出すのが恥ずかしくて、あえてリリア嬢の名前を借りて、僕への愛を爆発させたんだね」
「違いますわ! 私は単に、彼女と殿下をくっつけようと……!」
「君は、僕が彼女に心変わりするかどうか、試したんだろう? だが、安心するといい。僕が愛しているのは、リリア嬢の名を騙ってまで僕を呼び出そうとする、お茶目で情熱的な君だけだ」
王子は私の手を取り、その甲に熱烈なキスを落とした。
「ロニエ。君がそれほどまでに僕を求めてくれているなら、僕もそれに応えないわけにはいかない。明日の登校は、僕の馬車で、僕の腕の中で行こうじゃないか」
「お断りしますわ! 腕の中なんて、物理的に狭すぎますわよ!」
「ははは! またそうやって照れて。君の愛の重さ、この手紙という形で永遠に保存させてもらうよ」
王子は満足げに笑いながら、手紙を丁寧に懐にしまった。
おそらく、魔法で永久保存の処置を施すに違いない。
私はその場にへなへなと座り込んだ。
背後から、いつの間にか現れたアンナが声をかけてくる。
「お嬢様、お疲れ様です。自ら退路を断つようなラブレターの代筆、お見事でした。これで学園中の誰もが、お嬢様が殿下にメロメロだと確信したことでしょう」
「……アンナ。私、もうペンを持つのが怖いわ……」
「次は、足で書いてみますか? 『奇抜な愛の表現』だと解釈されるでしょうけれど」
アンナの皮肉が、夜の風に乗って冷たく響いた。
私の婚約破棄への道は、筆を執るたびに、なぜか「王子のために全てを捧げる一途な令嬢」としての恋文集を編み出してしまうのだった。
学生寮の自室で、私は羽ペンを握りしめ、机の上に広げた便箋に向かってほくそ笑んだ。
隣ではアンナが、冷めた目で見守りながら、丁寧に紅茶を淹れている。
「お嬢様、その邪悪な笑み……。今度はどなたの筆跡を偽造なさるおつもりで?」
「失礼ね! 偽造じゃないわ、代筆よ。……リリアさんの名前で、アレン殿下にラブレターを送るのよ!」
私の完璧な計画はこうだ。
純粋なリリアさんには恥ずかしくて書けないであろう、情熱的で、かつ「早く私を奪って!」という内容の文面を私が代わりに書く。
署名はリリア。これを受け取った殿下は、リリアさんの隠れた情熱に当てられ、彼女の元へ駆け出す……。
そして私は「婚約者の座を奪われた哀れな女」として、実家へ帰されるというわけよ!
「お嬢様、お嬢様の筆跡は、この学園でも一、二を争うほど美しく特徴的ですが、大丈夫ですか?」
「大丈夫よ、左手で書けばバレないわ! 見てなさい!」
私は渾身の力を込め、左手で便箋に文字を綴った。
『愛しのアレン様。あなたの輝く瞳に、私はいつも焼かれそうです。どうか、ロニエ様ではなく、私を……リリアを見てください。今夜、噴水広場で待っています』。
「……どう? この、いかにも『略奪愛』な感じ。完璧だわ!」
「……お嬢様。左手で書いた割には、なぜか筆跡に力強い意志を感じますが、まあいいでしょう」
私はその手紙を、匿名を装って王子の執務室へと届けさせた。
さあ、今夜の噴水広場は修羅場……じゃなかった、恋の始まりの場所になるはずよ!
夜の帳が下り、私は噴水広場の近くの茂みに隠れて、その瞬間を待った。
すると、足早にやってくる人影が。
アレン王子だ! しかも、手紙を大切そうに胸に抱きしめている。
「(来たわ……! あとはリリアさんがいれば完璧だったけれど、まあ、殿下がここで立ち尽くして彼女を想うだけでも第一段階クリアね)」
ところが、王子は広場の中央で立ち止まるなり、真っ直ぐに私の隠れている茂みに向かって歩いてきた。
「ロニエ。そこにいるんだろう? 出ておいで」
「……ひっ!?」
なぜバレたの? 私の隠密スキルは神獣ポチにも気づかれないはずなのに!
私は引き攣った笑みを浮かべて、茂みから這い出した。
「あ、あら殿下。奇遇ですわね。こんな夜更けに、お散歩かしら?」
「ロニエ。この手紙、受け取ったよ。……君の愛の深さに、僕はまた涙してしまった」
王子は、私が左手で書いた例の手紙を、うっとりとした表情で見つめている。
「……え? あの、署名を見てくださいまし。それはリリアさんが書いた……」
「ふふ、照れなくていい。この独特な払い、そしてインクの滲み方……。左手を使ってまで正体を隠そうとする、君の恥じらいが透けて見えるようだ」
王子は一歩、私に近づいた。
その瞳は、噴水の水しぶきを反射して怪しく、そして熱く輝いている。
「『アレン様、あなたの輝く瞳に、私はいつも焼かれそうです』……。なんて情熱的な詩なんだ。君は、自分の名前を出すのが恥ずかしくて、あえてリリア嬢の名前を借りて、僕への愛を爆発させたんだね」
「違いますわ! 私は単に、彼女と殿下をくっつけようと……!」
「君は、僕が彼女に心変わりするかどうか、試したんだろう? だが、安心するといい。僕が愛しているのは、リリア嬢の名を騙ってまで僕を呼び出そうとする、お茶目で情熱的な君だけだ」
王子は私の手を取り、その甲に熱烈なキスを落とした。
「ロニエ。君がそれほどまでに僕を求めてくれているなら、僕もそれに応えないわけにはいかない。明日の登校は、僕の馬車で、僕の腕の中で行こうじゃないか」
「お断りしますわ! 腕の中なんて、物理的に狭すぎますわよ!」
「ははは! またそうやって照れて。君の愛の重さ、この手紙という形で永遠に保存させてもらうよ」
王子は満足げに笑いながら、手紙を丁寧に懐にしまった。
おそらく、魔法で永久保存の処置を施すに違いない。
私はその場にへなへなと座り込んだ。
背後から、いつの間にか現れたアンナが声をかけてくる。
「お嬢様、お疲れ様です。自ら退路を断つようなラブレターの代筆、お見事でした。これで学園中の誰もが、お嬢様が殿下にメロメロだと確信したことでしょう」
「……アンナ。私、もうペンを持つのが怖いわ……」
「次は、足で書いてみますか? 『奇抜な愛の表現』だと解釈されるでしょうけれど」
アンナの皮肉が、夜の風に乗って冷たく響いた。
私の婚約破棄への道は、筆を執るたびに、なぜか「王子のために全てを捧げる一途な令嬢」としての恋文集を編み出してしまうのだった。
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