いいえ、ただ私は婚約破棄されたいだけなんです!

鏡おもち

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「……アンナ、見ていなさい。大自然の驚異こそが、私の最強の味方になるわ」


学園恒例の林間学校。深い森の入り口で、私は登山靴の紐を締め直しながら不敵に笑った。
周囲は、慣れない森歩きに不安げな表情を浮かべる令嬢や、張り切る男子生徒たちで溢れている。


「お嬢様、その『大自然を味方に』というセリフ、だいたい遭難するフラグですが、今回は何をお考えで?」


「失礼ね、確信犯よ! 今日は班ごとの自由散策……。私はわざと立ち入り禁止の危険なルートに突き進み、殿下を巻き込んで道に迷ってやるわ!」


私の完璧な計画はこうだ。
『婚約者の不注意のせいで、第一王子が森で遭難!』……。
このニュースが王宮に届けば、私の評価は「危機管理能力ゼロの不適格者」として地に落ちる。
さらに、森の中で泣き叫び、殿下に当たり散らせば、愛想を尽かされること間違いなしよ!


「あ、ロニエ! 準備はいいかい? 君と森を歩けるなんて、まるで伝説の妖精の国を探検する気分だよ」


アレン王子が、まばゆいばかりのサバイバルルックで現れた。
なぜ彼は、ただの登山服をこうも王子らしく着こなせてしまうのか。
その後ろには、大きなリュックを背負ったカイルと、不安げに私の袖を掴むリリアさんが続いている。


「ええ、殿下! 私に付いてきてくださいまし。最高の『景色』を見せて差し上げますわ!」


私は地図を無視し、いかにも不吉な霧が漂う茂みの中へと足を踏み入れた。


「ロニエ様、あちらに『猛獣注意』の立て札がありますが……」


リリアさんが震える声で指摘するが、私はそれを鼻で笑った。


「あら、リリアさん。あんなのは臆病な平民を遠ざけるためのデコレーションですわ。真の貴族なら、道なき道を行くべきではなくて?」


「道なき道……。……っ、さすがロニエ様! 常識に囚われないその開拓精神、しびれますわ!」


リリアさんがまたしても目を輝かせてメモを取り始めた。
違う、私はただ危険な場所に行きたいだけなのよ!


私たちは一時間ほど歩き続け、ついに周囲が深い霧に包まれ、道が完全に消失した場所へと辿り着いた。
よし……完璧だわ。ここがどこだか、さっぱりわからない。


「あら、大変! 私、道を間違えてしまったみたいですわ。どうしましょう、殿下! 私はなんて愚かな女なのかしら! さあ、私を責めて、今すぐ婚約破棄を宣言してくださいまし!」


私はわざとらしく頭を抱え、大声で叫んだ。
さあ、殿下。絶望し、怒り狂うがいいわ!


しかし、アレン王子は周囲の霧をじっと見つめ、深く、深く頷いた。


「…………なんて、素晴らしいんだ、ロニエ!」


「……は?」


「君は、あえてこの『幻惑の森』の深淵へと僕たちを導いたんだね! この霧は、古の結界……。君の強大な魔力が、森に眠る聖域を呼び覚ましたんだ!」


「いえ、ただ単に迷子になっただけですわ!」


「隠さなくていい。見てごらん、カイル。この場所の空気の清らかさを。ロニエは、僕たちが日々の公務で疲れた心を癒やせるよう、誰も知らない秘密のパワースポットを探し出してくれたんだ……!」


「……ええ。お嬢様、確かにここには希少な高山植物が群生していますね。これを持ち帰れば、王立薬草園の歴史が塗り替えられます。まさに『奇跡の発見』ですよ」


カイルが感銘を受けたように、足元の草を摘み取り始めた。
どうして? なぜ「遭難」が「世紀の発見」に変わるの?


「ロニエ様……! 私、感動しました!」


リリアさんが私の手を握り、涙を流している。


「迷うことを恐れず、真理を求めて突き進む……。その勇気がなければ、この美しい場所には辿り着けませんでした。ロニエ様は、私たちに『困難の先にある希望』を身をもって示してくださったのですね!」


「リリアさんまで! 違うの、今夜の宿がないのよ!? 野宿よ、野宿!」


私が絶望を伝えると、王子の表情はさらに輝きを増した。


「野宿……。……っ、満天の星空の下で、君と語り明かせということだね! 君は僕たちの仲を、この大自然の中でさらに深めようとしてくれているのか。ロニエ、君の愛は……山よりも高く、谷よりも深い……!」


「……あ、あの、殿下。近いですわ。そして星なんて霧で見えませんわよ!」


「ふふ、君という一番輝く星が目の前にいるじゃないか」


王子は私の肩を抱き寄せ、幸せそうに目を細めた。


私は、霧の中でぼんやりと光る未知の植物を見つめながら、その場に座り込んだ。


「(……嘘でしょう。遭難して不適格者になるはずが、パワースポットの発見者になって、さらに王子とロマンチックな夜を過ごすことになるなんて……)」


「お嬢様、お疲れ様です。一晩中王子の愛の囁きに耐えるという『試練』、頑張ってくださいね」


アンナがどこからか取り出したキャンプ用コンロで、手際よくハーブティーを淹れ始めた。
彼女だけは、この状況を完璧に楽しんでいるようだった。


私の婚約破棄への道は、迷い込めば迷い込むほど、なぜか「運命の絆」を深める聖域へと繋がってしまうのだった。
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