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「……あーあ。本当に降ってきちゃったじゃない」
霧の向こうから激しい雨音が近づいてきたかと思うと、一瞬で森は豪雨に包まれた。
私はカイルが見つけた小さな洞窟の入り口で、湿り気を帯びたドレスの裾を絞りながら溜息をついた。
「お嬢様、日頃の行いが良すぎるせいでしょうか。天までもがお嬢様に『密室』というプレゼントを贈ってきたようですよ」
「アンナ、嫌味なら後でたっぷり聞くわ。今はとにかく、この状況をどうにかしないと……」
洞窟の奥では、カイルとリリアさんが手際よく火を起こしている。
二人は少し離れた場所で、パチパチと爆ぜる薪の音に耳を傾けながら何やら話し込んでいた。
つまり、入り口付近にいる私とアレン王子は、事実上の二人きりである。
「……ロニエ。少し、寒くないかい?」
アレン王子が、自分のジャケットを脱いで私の肩にかけた。
王子の体温が残る布地が、雨で冷えた肌を優しく包む。
普通ならここで「殿下、お優しい……」と赤面するシーンだが、私は敢えて嫌悪感を露わにして身を翻した。
「殿下、おやめくださいまし! 私、他人の体温が移った服なんて、不潔で着ていられませんわ!」
私はジャケットを突き返そうとした。
さあ、これこそが「恩を仇で売る傲慢な令嬢」の姿よ!
王子よ、絶望して!
しかし、王子は突き返されたジャケットを見つめ、ハッとしたように目を見開いた。
「……そうか。君は、僕が風邪を引かないように気遣ってくれているんだね。自分よりも僕の体を優先するなんて、なんて献身的な愛なんだ」
「違いますわ! 私はただ、殿下の汗臭い……いえ、体温が嫌なだけですのよ!」
「ふふ、照れ隠しにしては少し過激だね。でも、そんな不器用なところも愛おしいよ」
王子は再びジャケットを私の肩に乗せ、今度は逃がさないように上から肩を抱き寄せた。
逃げようにも、背後は冷たい岩壁。
逃げ場のない、完璧な壁ドン状態である。
「……ロニエ。いい加減、正直に教えてくれないか」
王子の声が、いつもより一段低くなった。
真面目なトーン。冗談を許さない、真っ直ぐな眼差しが私を射抜く。
「君はなぜ、それほどまでに僕を避けようとするんだい? 僕に何か、至らない点があるのか? それとも、僕の愛が君を苦しめているのか?」
来たわ……! ついにこの質問が!
私はこの瞬間のために、あらゆる「嫌われる理由」を脳内にストックしていたのだ。
「……教えて差し上げますわ。私が殿下を避けるのは、殿下が『完璧すぎる』からですの!」
「……完璧すぎる?」
「ええ! 私はもっと、救いようのないクズ男がタイプなんですの! ギャンブルに溺れ、女遊びが激しく、借金まみれで私に貢がせるような……そんな最低な男と、自堕落な生活を送るのが私の夢なんです! 殿下のような高潔で立派な方は、見ているだけで吐き気がしますわ!」
どうだ! これが私の本性(という設定)よ!
「クズ男好きの最低女」を自称する婚約者なんて、王家が許すはずがない!
ところが、王子は数秒間呆然とした後、ポツリと独り言を漏らした。
「……なるほど。君は、僕に『甘えてほしい』と言っているんだね」
「……は?」
「僕が王子として、完璧であろうとするあまり、君に隙を見せていなかった。君は僕の重圧を察して、あえて『クズになれ』という過激な言葉で、僕の心を解放しようとしてくれたんだ……。なんて深い、救済の愛なんだ……!」
王子は私の頬を両手で挟み、感動のあまり瞳を潤ませた。
「わかったよ、ロニエ。これからは、君の前でだけはダメな僕を見せることにする。例えば、明日の朝は君に甘えて、十秒だけ長く寝かせてほしいとねだってみよう」
「それはクズじゃなくて、ただの甘えん坊の可愛い旦那様ですわよ!」
「ああ、君が望むなら、僕は君のために最高の『ダメ男』を演じてみせよう。君に支えられなければ生きていけない、そんな男に僕はなりたい」
王子はそのまま、私の額に優しく口づけをした。
「(……嘘でしょう。クズ男好きの設定すら、献身的なサポート役に変換されるなんて……)」
私は王子の腕の中で、雨音を聞きながら絶望の淵に沈んだ。
背後から、カイルの「殿下のポジティブ変換能力が、ついに神の領域に達しましたね」という呟きが聞こえた気がした。
私の婚約破棄への道は、嫌われる努力をするたびに、なぜか「王子の魂を救う唯一無二の伴侶」としての絆を鋼のように強めてしまうのだった。
霧の向こうから激しい雨音が近づいてきたかと思うと、一瞬で森は豪雨に包まれた。
私はカイルが見つけた小さな洞窟の入り口で、湿り気を帯びたドレスの裾を絞りながら溜息をついた。
「お嬢様、日頃の行いが良すぎるせいでしょうか。天までもがお嬢様に『密室』というプレゼントを贈ってきたようですよ」
「アンナ、嫌味なら後でたっぷり聞くわ。今はとにかく、この状況をどうにかしないと……」
洞窟の奥では、カイルとリリアさんが手際よく火を起こしている。
二人は少し離れた場所で、パチパチと爆ぜる薪の音に耳を傾けながら何やら話し込んでいた。
つまり、入り口付近にいる私とアレン王子は、事実上の二人きりである。
「……ロニエ。少し、寒くないかい?」
アレン王子が、自分のジャケットを脱いで私の肩にかけた。
王子の体温が残る布地が、雨で冷えた肌を優しく包む。
普通ならここで「殿下、お優しい……」と赤面するシーンだが、私は敢えて嫌悪感を露わにして身を翻した。
「殿下、おやめくださいまし! 私、他人の体温が移った服なんて、不潔で着ていられませんわ!」
私はジャケットを突き返そうとした。
さあ、これこそが「恩を仇で売る傲慢な令嬢」の姿よ!
王子よ、絶望して!
しかし、王子は突き返されたジャケットを見つめ、ハッとしたように目を見開いた。
「……そうか。君は、僕が風邪を引かないように気遣ってくれているんだね。自分よりも僕の体を優先するなんて、なんて献身的な愛なんだ」
「違いますわ! 私はただ、殿下の汗臭い……いえ、体温が嫌なだけですのよ!」
「ふふ、照れ隠しにしては少し過激だね。でも、そんな不器用なところも愛おしいよ」
王子は再びジャケットを私の肩に乗せ、今度は逃がさないように上から肩を抱き寄せた。
逃げようにも、背後は冷たい岩壁。
逃げ場のない、完璧な壁ドン状態である。
「……ロニエ。いい加減、正直に教えてくれないか」
王子の声が、いつもより一段低くなった。
真面目なトーン。冗談を許さない、真っ直ぐな眼差しが私を射抜く。
「君はなぜ、それほどまでに僕を避けようとするんだい? 僕に何か、至らない点があるのか? それとも、僕の愛が君を苦しめているのか?」
来たわ……! ついにこの質問が!
私はこの瞬間のために、あらゆる「嫌われる理由」を脳内にストックしていたのだ。
「……教えて差し上げますわ。私が殿下を避けるのは、殿下が『完璧すぎる』からですの!」
「……完璧すぎる?」
「ええ! 私はもっと、救いようのないクズ男がタイプなんですの! ギャンブルに溺れ、女遊びが激しく、借金まみれで私に貢がせるような……そんな最低な男と、自堕落な生活を送るのが私の夢なんです! 殿下のような高潔で立派な方は、見ているだけで吐き気がしますわ!」
どうだ! これが私の本性(という設定)よ!
「クズ男好きの最低女」を自称する婚約者なんて、王家が許すはずがない!
ところが、王子は数秒間呆然とした後、ポツリと独り言を漏らした。
「……なるほど。君は、僕に『甘えてほしい』と言っているんだね」
「……は?」
「僕が王子として、完璧であろうとするあまり、君に隙を見せていなかった。君は僕の重圧を察して、あえて『クズになれ』という過激な言葉で、僕の心を解放しようとしてくれたんだ……。なんて深い、救済の愛なんだ……!」
王子は私の頬を両手で挟み、感動のあまり瞳を潤ませた。
「わかったよ、ロニエ。これからは、君の前でだけはダメな僕を見せることにする。例えば、明日の朝は君に甘えて、十秒だけ長く寝かせてほしいとねだってみよう」
「それはクズじゃなくて、ただの甘えん坊の可愛い旦那様ですわよ!」
「ああ、君が望むなら、僕は君のために最高の『ダメ男』を演じてみせよう。君に支えられなければ生きていけない、そんな男に僕はなりたい」
王子はそのまま、私の額に優しく口づけをした。
「(……嘘でしょう。クズ男好きの設定すら、献身的なサポート役に変換されるなんて……)」
私は王子の腕の中で、雨音を聞きながら絶望の淵に沈んだ。
背後から、カイルの「殿下のポジティブ変換能力が、ついに神の領域に達しましたね」という呟きが聞こえた気がした。
私の婚約破棄への道は、嫌われる努力をするたびに、なぜか「王子の魂を救う唯一無二の伴侶」としての絆を鋼のように強めてしまうのだった。
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