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「……アンナ。もう、この国に私の居場所はないわ」
真夜中の自室。私は大きなトランクを広げ、その中に愛用の枕と大量の干し肉を詰め込みながら、悲壮な決意を口にした。
昨日、広場で受けたあの「公開処刑プロポーズ」。
あれを正式に受けてしまったら、私の「一生寝て暮らす」という夢は、文字通り露と消えてしまう。
「お嬢様、夜逃げの準備にしては、荷物の半分以上が寝具とおやつに見えますが」
「当たり前じゃない! 逃亡先での生活の質(クオリティ・オブ・ライフ)は維持しなきゃいけないのよ! 私はこれから、隣国のさらに先、地図の端っこにある寂れた村で『謎の隠居令嬢』として余生を過ごすの!」
私は鼻息も荒く、クローゼットの奥から「町娘風の地味なドレス」を取り出した。
と言っても、我が家にある一番地味な服でも、庶民から見れば「豪華な外出着」にしか見えないのだが。
「見てなさい。明日の朝、この部屋には一通の置き手紙だけが残されているわ。……『私は自由を求めて旅立ちます。探さないでください。あと、殿下はリリアさんとお幸せに』……完璧だわ!」
「……お嬢様。その手紙、殿下が読んだら『僕への愛が深すぎて、身分差を気にして身を引いた健気なロニエ! 地の果てまで追いかけて迎えに行くぞ!』と解釈されるのが目に見えていますが」
「…………っ! アンナ、恐ろしいことを言わないで!」
私は筆を止めた。確かにそうだ。
あのポジティブ・モンスターに、普通の拒絶は通用しない。
ならば、もっと「嫌われる」ような文面にしなければ。
「……よし、こうよ! 『私は実は、隣国のスパイでした。殿下を暗殺しようとしましたが、あまりのバカさに愛想が尽きたので辞めます。あばよ!』……これなら、さすがに指名手配されるでしょうけれど、婚約は破棄されるわ!」
「お嬢様。それだと、伯爵家が連座で処刑されます。私のお給料も出なくなります」
「それも困るわね……」
私はトランクの上に座り込み、ううむと唸った。
逃げたい。でも、実家を滅ぼしたいわけではない。
あくまで「ロニエ・エヴァンズ」という個人の不適格さを証明したいだけなのだ。
「お嬢様、一つ提案があります。家出をするなら、いっそ『伝説の聖地へ修行に行く』という名目にされてはいかがですか? 殿下には『より完璧な王妃になるために、一人で試練を乗り越えてくる』と伝えておけば……」
「それ、ただの向上心溢れる王妃候補じゃない! 殿下が泣いて喜んで、ますます惚れ直すだけよ!」
「ええ。ですが、その隙に遠くへ逃げれば、数年間は自由の身ですよ?」
アンナが珍しく悪魔のような微笑みを浮かべた。
……数年間の自由。
その間に、殿下が別の素敵な女性(リリアさんとか)を見つけてくれれば、私はそのままフェードアウトできる!
「……採用よ! さすがアンナ、私の右腕ね! さあ、すぐに準備を整えるわよ。行き先は……そうね、あの林間学校で見つけた『パワースポット』の奥地にするわ!」
私はワクワクしながら、トランクにパジャマをもう一着追加した。
これでもう、あの眩しすぎる王子の顔を見なくて済む。
朝から晩まで、ポチ(神獣)を枕にして、森の中でゴロゴロして過ごすのよ!
「……ふふ、ふふふ。さらば、王立学園! さらば、アレン王子! 私は自由を手に入れるのよー!」
私は夜空に向かって、静かに(本人の主観では)勝利の宣言をした。
窓の外では、夜鳥が不吉な鳴き声を上げていたが、今の私の耳には祝福のファンファーレにしか聞こえなかった。
翌朝。
アレン王子がロニエの部屋を訪れた時、そこにはもぬけの殻となった部屋と、一通の手紙が残されていた。
「……『さらなる高みを目指し、聖地にて修行して参ります。探さないでください』……だと?」
手紙を読んだアレン王子の手は、小刻みに震えていた。
カイルが「やはり、お嬢様は……」と溜息をつこうとしたその瞬間。
「…………なんて、なんてストイックなんだ、ロニエ……っ!!」
王子の叫びが、学生寮中に響き渡った。
「自分を追い込み、僕に相応しい女性になろうと、あえて険しい道を選んだというのか! 君のその愛の重さ……僕は、一秒たりとも無駄にはしない! 全軍、出動だ! 彼女を全力で守り、そして……連れ戻す!!」
「殿下、探さないでって書いてありますよ?」
「照れ隠しに決まっているだろう! カイル、僕の馬を出せ! 彼女の修行を、一番近くで見守るのが婚約者の務めだ!」
私の「最終手段」は、実行からわずか三十分で、国中を巻き込んだ「世紀の追いかけっこ」へと発展してしまったのである。
真夜中の自室。私は大きなトランクを広げ、その中に愛用の枕と大量の干し肉を詰め込みながら、悲壮な決意を口にした。
昨日、広場で受けたあの「公開処刑プロポーズ」。
あれを正式に受けてしまったら、私の「一生寝て暮らす」という夢は、文字通り露と消えてしまう。
「お嬢様、夜逃げの準備にしては、荷物の半分以上が寝具とおやつに見えますが」
「当たり前じゃない! 逃亡先での生活の質(クオリティ・オブ・ライフ)は維持しなきゃいけないのよ! 私はこれから、隣国のさらに先、地図の端っこにある寂れた村で『謎の隠居令嬢』として余生を過ごすの!」
私は鼻息も荒く、クローゼットの奥から「町娘風の地味なドレス」を取り出した。
と言っても、我が家にある一番地味な服でも、庶民から見れば「豪華な外出着」にしか見えないのだが。
「見てなさい。明日の朝、この部屋には一通の置き手紙だけが残されているわ。……『私は自由を求めて旅立ちます。探さないでください。あと、殿下はリリアさんとお幸せに』……完璧だわ!」
「……お嬢様。その手紙、殿下が読んだら『僕への愛が深すぎて、身分差を気にして身を引いた健気なロニエ! 地の果てまで追いかけて迎えに行くぞ!』と解釈されるのが目に見えていますが」
「…………っ! アンナ、恐ろしいことを言わないで!」
私は筆を止めた。確かにそうだ。
あのポジティブ・モンスターに、普通の拒絶は通用しない。
ならば、もっと「嫌われる」ような文面にしなければ。
「……よし、こうよ! 『私は実は、隣国のスパイでした。殿下を暗殺しようとしましたが、あまりのバカさに愛想が尽きたので辞めます。あばよ!』……これなら、さすがに指名手配されるでしょうけれど、婚約は破棄されるわ!」
「お嬢様。それだと、伯爵家が連座で処刑されます。私のお給料も出なくなります」
「それも困るわね……」
私はトランクの上に座り込み、ううむと唸った。
逃げたい。でも、実家を滅ぼしたいわけではない。
あくまで「ロニエ・エヴァンズ」という個人の不適格さを証明したいだけなのだ。
「お嬢様、一つ提案があります。家出をするなら、いっそ『伝説の聖地へ修行に行く』という名目にされてはいかがですか? 殿下には『より完璧な王妃になるために、一人で試練を乗り越えてくる』と伝えておけば……」
「それ、ただの向上心溢れる王妃候補じゃない! 殿下が泣いて喜んで、ますます惚れ直すだけよ!」
「ええ。ですが、その隙に遠くへ逃げれば、数年間は自由の身ですよ?」
アンナが珍しく悪魔のような微笑みを浮かべた。
……数年間の自由。
その間に、殿下が別の素敵な女性(リリアさんとか)を見つけてくれれば、私はそのままフェードアウトできる!
「……採用よ! さすがアンナ、私の右腕ね! さあ、すぐに準備を整えるわよ。行き先は……そうね、あの林間学校で見つけた『パワースポット』の奥地にするわ!」
私はワクワクしながら、トランクにパジャマをもう一着追加した。
これでもう、あの眩しすぎる王子の顔を見なくて済む。
朝から晩まで、ポチ(神獣)を枕にして、森の中でゴロゴロして過ごすのよ!
「……ふふ、ふふふ。さらば、王立学園! さらば、アレン王子! 私は自由を手に入れるのよー!」
私は夜空に向かって、静かに(本人の主観では)勝利の宣言をした。
窓の外では、夜鳥が不吉な鳴き声を上げていたが、今の私の耳には祝福のファンファーレにしか聞こえなかった。
翌朝。
アレン王子がロニエの部屋を訪れた時、そこにはもぬけの殻となった部屋と、一通の手紙が残されていた。
「……『さらなる高みを目指し、聖地にて修行して参ります。探さないでください』……だと?」
手紙を読んだアレン王子の手は、小刻みに震えていた。
カイルが「やはり、お嬢様は……」と溜息をつこうとしたその瞬間。
「…………なんて、なんてストイックなんだ、ロニエ……っ!!」
王子の叫びが、学生寮中に響き渡った。
「自分を追い込み、僕に相応しい女性になろうと、あえて険しい道を選んだというのか! 君のその愛の重さ……僕は、一秒たりとも無駄にはしない! 全軍、出動だ! 彼女を全力で守り、そして……連れ戻す!!」
「殿下、探さないでって書いてありますよ?」
「照れ隠しに決まっているだろう! カイル、僕の馬を出せ! 彼女の修行を、一番近くで見守るのが婚約者の務めだ!」
私の「最終手段」は、実行からわずか三十分で、国中を巻き込んだ「世紀の追いかけっこ」へと発展してしまったのである。
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