25 / 28
25
しおりを挟む
「……アンナ。私、今この瞬間ほど、自分の脚力のなさを呪ったことはないわ」
森の奥深く。私はシダの葉に隠れながら、匍匐(ほふく)前進でじりじりと後退していた。
背後では、アレン殿下が「ロニエのための聖地改造計画」を騎士たちに熱弁している声が聞こえる。
今なら逃げられる。今度こそ、本当の孤独を……!
「お嬢様、その必死な姿、はたから見ると非常に珍妙な生き物に見えます。あと、泥がドレスについておりますよ」
「いいのよ、泥くらい! 私は……私は自由な野良犬になりたいのよ!」
私は最後の力を振り絞り、茂みの向こう側へと飛び出した。
だが、そこに待っていたのは、求めていた自由ではなく――。
「おっと。どこへ行くんだい、僕の愛しい小鳥(ロニエ)」
「……ひっ!?」
目の前に、ピカピカに磨かれた白いブーツが現れた。
ゆっくりと視線を上げると、そこには逆光を背負い、慈愛の塊のような微笑みを浮かべたアレン王子が立っていた。
「殿下……! あ、あの、これはその……エクササイズですわ! 最新の、泥にまみれる健康法ですの!」
「ふふ、隠さなくていい。君は、僕から逃げる『鬼ごっこ』を楽しんでいたんだろう? 愛する者同士の、甘い駆け引きというやつだね」
「違いますわ! ガチの逃亡ですわ!」
私が叫ぶ間もなく、殿下の逞しい腕が私の腰に回された。
そして、ふわっという浮遊感。
いわゆる、お姫様抱っこ(プリンセス・キャリー)というやつである。
「わあああ!? 殿下、降ろしてくださいまし! 歩けます! 自力でどこまでも歩けますわ!」
「いいや、君の足はもう限界のはずだ。こんなに泥だらけになってまで僕を誘い出そうとするなんて、なんて情熱的なんだ。君の望み通り、今すぐ最高の場所へ連れて行ってあげるよ」
「最高の場所……? まさか、実家の離れですの!?」
「いいや。学園に戻るのも考えたけれど、君のこの献身的な愛に応えるには、もっと相応しい場所がある。……王城だ。僕の部屋の隣を、今日から君の住まいにしよう」
「……は? 王城!? 待ってください、婚約者の分際で王城に住むなんて、そんな不敬なこと許されるはずが……!」
「父上も母上も、君が『修行のために家出した』と聞いて、その志の高さに感動してね。ぜひ近くでその高潔な魂を見守りたいと仰っているんだ」
殿下は私を抱えたまま、白馬へと飛び乗った。
密着。あまりの密着度に、私の心臓が「婚約破棄したい」とは別の意味でバクバクと鳴り響く。
「さあ、出発だ! ロニエが僕に会いたくて家出した記念すべき日として、今日は祝日にしよう!」
「会いたくて家出したわけじゃありませんわよ!!」
私の絶叫は、騎士団の「ロニエ様万歳!」という勇ましい勝どきにかき消された。
馬車ではなく、王子の腕の中に固定された状態で、私は風を切って王都へと運ばれていく。
「お嬢様、おめでとうございます。家出をした結果、最もセキュリティが厳重で、最も昼寝に適さない『王城』への強制移送が決定しましたね」
隣を並走する馬の上で、アンナが冷たく言い放った。
「……アンナ。私、もうどうしていいか分からないわ。逃げれば逃げるほど、外堀が埋まっていくのはなぜかしら」
「それはお嬢様が、無意識にフラグを立てる才能に満ち溢れているからですよ」
夕暮れに染まる王城の尖塔が見えてきた。
あれは私にとっての「ゴール」ではなく、逃げ場のない「巨大な鳥籠」の入り口にしか見えなかった。
「ロニエ。大丈夫、君の好きなだけ昼寝ができる環境を、城の中に整えさせてある。僕と一緒にね」
「……殿下が一緒なら、それは昼寝じゃなくて接待ですわよ……!」
私の「婚約破棄への道」は、物理的に捕獲されたことで、ついに「王城暮らし」という逃げ場のない最終ステージへと突入してしまったのである。
森の奥深く。私はシダの葉に隠れながら、匍匐(ほふく)前進でじりじりと後退していた。
背後では、アレン殿下が「ロニエのための聖地改造計画」を騎士たちに熱弁している声が聞こえる。
今なら逃げられる。今度こそ、本当の孤独を……!
「お嬢様、その必死な姿、はたから見ると非常に珍妙な生き物に見えます。あと、泥がドレスについておりますよ」
「いいのよ、泥くらい! 私は……私は自由な野良犬になりたいのよ!」
私は最後の力を振り絞り、茂みの向こう側へと飛び出した。
だが、そこに待っていたのは、求めていた自由ではなく――。
「おっと。どこへ行くんだい、僕の愛しい小鳥(ロニエ)」
「……ひっ!?」
目の前に、ピカピカに磨かれた白いブーツが現れた。
ゆっくりと視線を上げると、そこには逆光を背負い、慈愛の塊のような微笑みを浮かべたアレン王子が立っていた。
「殿下……! あ、あの、これはその……エクササイズですわ! 最新の、泥にまみれる健康法ですの!」
「ふふ、隠さなくていい。君は、僕から逃げる『鬼ごっこ』を楽しんでいたんだろう? 愛する者同士の、甘い駆け引きというやつだね」
「違いますわ! ガチの逃亡ですわ!」
私が叫ぶ間もなく、殿下の逞しい腕が私の腰に回された。
そして、ふわっという浮遊感。
いわゆる、お姫様抱っこ(プリンセス・キャリー)というやつである。
「わあああ!? 殿下、降ろしてくださいまし! 歩けます! 自力でどこまでも歩けますわ!」
「いいや、君の足はもう限界のはずだ。こんなに泥だらけになってまで僕を誘い出そうとするなんて、なんて情熱的なんだ。君の望み通り、今すぐ最高の場所へ連れて行ってあげるよ」
「最高の場所……? まさか、実家の離れですの!?」
「いいや。学園に戻るのも考えたけれど、君のこの献身的な愛に応えるには、もっと相応しい場所がある。……王城だ。僕の部屋の隣を、今日から君の住まいにしよう」
「……は? 王城!? 待ってください、婚約者の分際で王城に住むなんて、そんな不敬なこと許されるはずが……!」
「父上も母上も、君が『修行のために家出した』と聞いて、その志の高さに感動してね。ぜひ近くでその高潔な魂を見守りたいと仰っているんだ」
殿下は私を抱えたまま、白馬へと飛び乗った。
密着。あまりの密着度に、私の心臓が「婚約破棄したい」とは別の意味でバクバクと鳴り響く。
「さあ、出発だ! ロニエが僕に会いたくて家出した記念すべき日として、今日は祝日にしよう!」
「会いたくて家出したわけじゃありませんわよ!!」
私の絶叫は、騎士団の「ロニエ様万歳!」という勇ましい勝どきにかき消された。
馬車ではなく、王子の腕の中に固定された状態で、私は風を切って王都へと運ばれていく。
「お嬢様、おめでとうございます。家出をした結果、最もセキュリティが厳重で、最も昼寝に適さない『王城』への強制移送が決定しましたね」
隣を並走する馬の上で、アンナが冷たく言い放った。
「……アンナ。私、もうどうしていいか分からないわ。逃げれば逃げるほど、外堀が埋まっていくのはなぜかしら」
「それはお嬢様が、無意識にフラグを立てる才能に満ち溢れているからですよ」
夕暮れに染まる王城の尖塔が見えてきた。
あれは私にとっての「ゴール」ではなく、逃げ場のない「巨大な鳥籠」の入り口にしか見えなかった。
「ロニエ。大丈夫、君の好きなだけ昼寝ができる環境を、城の中に整えさせてある。僕と一緒にね」
「……殿下が一緒なら、それは昼寝じゃなくて接待ですわよ……!」
私の「婚約破棄への道」は、物理的に捕獲されたことで、ついに「王城暮らし」という逃げ場のない最終ステージへと突入してしまったのである。
0
あなたにおすすめの小説
これって私の断罪じゃなくて公開プロポーズですか!?
桃瀬ももな
恋愛
「カタリーナ・フォン・シュバルツ! 貴様との婚約を破棄し、国外追放に処す!」
卒業パーティーの最中、第一王子アルフォンスから非情な宣告を突きつけられた公爵令嬢カタリーナ。
生まれつきの鋭い目つきと、緊張すると顔が強張る不器用さゆえに「悪役令嬢」として孤立していた彼女は、ついに訪れた「お決まりの断罪劇」に絶望……するかと思いきや。
(……あれ? 殿下、いま小さく「よっしゃあ!」ってガッツポーズしませんでした!?)
処刑された悪役令嬢、二周目は「ぼっち」を卒業して最強チームを作ります!
みかぼう。
恋愛
地方を救おうとして『反逆者』に仕立て上げられ、断頭台で散ったエリアナ・ヴァルドレイン。
彼女の失敗は、有能すぎるがゆえに「独りで背負いすぎたこと」だった。
ループから始まった二周目。
彼女はこれまで周囲との間に引いていた「線」を、踏み越えることを決意した。
「お父様、私に『線を引け』と教えた貴方に、処刑台から見た真実をお話しします」
「殿下、私が貴方の『目』となります。王国に張り巡らされた謀略の糸を、共に断ち切りましょう」
淑女の仮面を脱ぎ捨て、父と王太子を「共闘者」へと変貌させる政争の道。
未来知識という『目』を使い、一歩ずつ確実に、破滅への先手を取っていく。
これは、独りで戦い、独りで死んだ令嬢が、信頼と連帯によって王国の未来を塗り替える――緻密かつ大胆なリベンジ政争劇。
「私を神輿にするのなら、覚悟してくださいませ。……その行き先は、貴方の破滅ですわ」
(※カクヨムにも掲載中です。)
悪役令嬢は婚約破棄の後、氷の騎士に溺愛される〜裏切られた令嬢の逆転劇〜
nacat
恋愛
第一王子から一方的な婚約破棄を告げられ、公衆の面前で嘲笑された“悪役令嬢”クラリス。
だが彼女を冷たく見つめていた王国随一の“氷の騎士”オルフェンが、その手を差し伸べる。
「君が傷つく理由など、どこにもない」
絶望の淵で拾われた心は、いつしか凍てついた騎士を溶かし始めていた。
華やかな社交界の裏で繰り広げられる復讐と癒やし、そして溺愛の物語。
運命に弄ばれた令嬢が、真実の愛と共に見返す――ざまぁと幸福の逆転劇。
悪役令嬢のはずですが、年上王子が幼い頃から私を甘やかす気でいました
ria_alphapolis
恋愛
私は、悪役令嬢なのかもしれない。
王子の婚約者としては少し我儘で、周囲からは気が強いと思われている――
そんな自分に気づいた日から、私は“断罪される未来”を恐れるようになった。
婚約者である年上の王子は、今日も変わらず優しい。
けれどその優しさが、義務なのか、同情なのか、私にはわからない。
距離を取ろうとする私と、何も言わずに見守る王子。
両思いなのに、想いはすれ違っていく。
けれど彼は知っている。
五歳下の婚約者が「我儘だ」と言われていた幼い頃から、
そのすべてが可愛くて仕方なかったことを。
――我儘でいい。
そう決めたのは、ずっと昔のことだった。
悪役令嬢だと勘違いしている少女と、
溺愛を隠し続ける年上王子の、すれ違い恋愛ファンタジー。
※溺愛保証/王子視点あり/幼少期エピソードあり
悪役令嬢を断罪したくせに、今さら溺愛とか都合が良すぎますわ!
nacat
恋愛
侯爵令嬢リディアは、無実の罪で婚約者の王太子に断罪された。
冷笑を浮かべ、すべてを捨てて国外へ去った彼女が、数年後、驚くべき姿で帰ってくる。
誰もが羨む天才魔導師として──。
今さら後悔する王太子、ざまぁを噛みしめる貴族令嬢たち。
そして、リディアをひそかに守ってきた公爵の青年が、ようやく想いを告げる時が来た。
これは、不当な断罪を受けた少女が、自分の誇りと愛を取り戻す溺愛系ロマンス。
すべての「裏切られた少女」たちに捧ぐ、痛快で甘く切ない逆転劇。
気付けば名も知らぬ悪役令嬢に憑依して、見知らぬヒロインに手をあげていました
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
私が憑依した身体の持ちは不幸のどん底に置かれた悪役令嬢でした
ある日、妹の部屋で見つけた不思議な指輪。その指輪をはめた途端、私は見知らぬ少女の前に立っていた。目の前には赤く腫れた頬で涙ぐみ、こちらをじっと見つめる可憐な美少女。そして何故か右手の平が痛む私。もしかして・・今私、この少女を引っ叩いたの?!そして何故か頭の中で響き渡る謎の声の人物と心と体を共存することになってしまう。憑依した身体の持ち主はいじめられっ娘の上に悪役令嬢のポジションに置かれている。見るに見かねた私は彼女を幸せにする為、そして自分の快適な生活を手に入れる為に自ら身体を張って奮闘する事にした―。
※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています。
婚約破棄された令嬢ですが、今さら愛されたって遅いですわ。~冷徹宰相殿下の溺愛が止まりません~
nacat
恋愛
王立学院の卒業式で、婚約者の王太子に「悪女」と断罪された公爵令嬢リリアナ。
全ての罪を着せられ、婚約を破棄された彼女は、冷徹と名高い宰相殿下のもとへ嫁ぐことになった。
「政略結婚ですから、愛など必要ございませんわ」そう言い放ったリリアナ。
だが宰相殿下は、彼女を宝物のように扱い、誰よりも深く愛し始める――。
やがて明らかになる“陰謀”と、“真実の愛”。
すべてを失った令嬢が、愛と誇りをもって世界を見返す、痛快ざまぁ&溺愛ロマンス!
『お前の顔は見飽きた!』内心ガッツポーズで辺境へ
夏乃みのり
恋愛
「リーナ・フォン・アトラス! 貴様との婚約を破棄する!」
華やかな王宮の夜会で、第一王子ジュリアンに突きつけられた非情な宣告。冤罪を被せられ、冷酷な悪役令嬢として追放を言い渡されたリーナだったが、彼女の内心は……「やったーーー! これでやっとトレーニングに専念できるわ!」と歓喜に震えていた!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる