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「……アンナ。私、今この瞬間ほど、自分の脚力のなさを呪ったことはないわ」
森の奥深く。私はシダの葉に隠れながら、匍匐(ほふく)前進でじりじりと後退していた。
背後では、アレン殿下が「ロニエのための聖地改造計画」を騎士たちに熱弁している声が聞こえる。
今なら逃げられる。今度こそ、本当の孤独を……!
「お嬢様、その必死な姿、はたから見ると非常に珍妙な生き物に見えます。あと、泥がドレスについておりますよ」
「いいのよ、泥くらい! 私は……私は自由な野良犬になりたいのよ!」
私は最後の力を振り絞り、茂みの向こう側へと飛び出した。
だが、そこに待っていたのは、求めていた自由ではなく――。
「おっと。どこへ行くんだい、僕の愛しい小鳥(ロニエ)」
「……ひっ!?」
目の前に、ピカピカに磨かれた白いブーツが現れた。
ゆっくりと視線を上げると、そこには逆光を背負い、慈愛の塊のような微笑みを浮かべたアレン王子が立っていた。
「殿下……! あ、あの、これはその……エクササイズですわ! 最新の、泥にまみれる健康法ですの!」
「ふふ、隠さなくていい。君は、僕から逃げる『鬼ごっこ』を楽しんでいたんだろう? 愛する者同士の、甘い駆け引きというやつだね」
「違いますわ! ガチの逃亡ですわ!」
私が叫ぶ間もなく、殿下の逞しい腕が私の腰に回された。
そして、ふわっという浮遊感。
いわゆる、お姫様抱っこ(プリンセス・キャリー)というやつである。
「わあああ!? 殿下、降ろしてくださいまし! 歩けます! 自力でどこまでも歩けますわ!」
「いいや、君の足はもう限界のはずだ。こんなに泥だらけになってまで僕を誘い出そうとするなんて、なんて情熱的なんだ。君の望み通り、今すぐ最高の場所へ連れて行ってあげるよ」
「最高の場所……? まさか、実家の離れですの!?」
「いいや。学園に戻るのも考えたけれど、君のこの献身的な愛に応えるには、もっと相応しい場所がある。……王城だ。僕の部屋の隣を、今日から君の住まいにしよう」
「……は? 王城!? 待ってください、婚約者の分際で王城に住むなんて、そんな不敬なこと許されるはずが……!」
「父上も母上も、君が『修行のために家出した』と聞いて、その志の高さに感動してね。ぜひ近くでその高潔な魂を見守りたいと仰っているんだ」
殿下は私を抱えたまま、白馬へと飛び乗った。
密着。あまりの密着度に、私の心臓が「婚約破棄したい」とは別の意味でバクバクと鳴り響く。
「さあ、出発だ! ロニエが僕に会いたくて家出した記念すべき日として、今日は祝日にしよう!」
「会いたくて家出したわけじゃありませんわよ!!」
私の絶叫は、騎士団の「ロニエ様万歳!」という勇ましい勝どきにかき消された。
馬車ではなく、王子の腕の中に固定された状態で、私は風を切って王都へと運ばれていく。
「お嬢様、おめでとうございます。家出をした結果、最もセキュリティが厳重で、最も昼寝に適さない『王城』への強制移送が決定しましたね」
隣を並走する馬の上で、アンナが冷たく言い放った。
「……アンナ。私、もうどうしていいか分からないわ。逃げれば逃げるほど、外堀が埋まっていくのはなぜかしら」
「それはお嬢様が、無意識にフラグを立てる才能に満ち溢れているからですよ」
夕暮れに染まる王城の尖塔が見えてきた。
あれは私にとっての「ゴール」ではなく、逃げ場のない「巨大な鳥籠」の入り口にしか見えなかった。
「ロニエ。大丈夫、君の好きなだけ昼寝ができる環境を、城の中に整えさせてある。僕と一緒にね」
「……殿下が一緒なら、それは昼寝じゃなくて接待ですわよ……!」
私の「婚約破棄への道」は、物理的に捕獲されたことで、ついに「王城暮らし」という逃げ場のない最終ステージへと突入してしまったのである。
森の奥深く。私はシダの葉に隠れながら、匍匐(ほふく)前進でじりじりと後退していた。
背後では、アレン殿下が「ロニエのための聖地改造計画」を騎士たちに熱弁している声が聞こえる。
今なら逃げられる。今度こそ、本当の孤独を……!
「お嬢様、その必死な姿、はたから見ると非常に珍妙な生き物に見えます。あと、泥がドレスについておりますよ」
「いいのよ、泥くらい! 私は……私は自由な野良犬になりたいのよ!」
私は最後の力を振り絞り、茂みの向こう側へと飛び出した。
だが、そこに待っていたのは、求めていた自由ではなく――。
「おっと。どこへ行くんだい、僕の愛しい小鳥(ロニエ)」
「……ひっ!?」
目の前に、ピカピカに磨かれた白いブーツが現れた。
ゆっくりと視線を上げると、そこには逆光を背負い、慈愛の塊のような微笑みを浮かべたアレン王子が立っていた。
「殿下……! あ、あの、これはその……エクササイズですわ! 最新の、泥にまみれる健康法ですの!」
「ふふ、隠さなくていい。君は、僕から逃げる『鬼ごっこ』を楽しんでいたんだろう? 愛する者同士の、甘い駆け引きというやつだね」
「違いますわ! ガチの逃亡ですわ!」
私が叫ぶ間もなく、殿下の逞しい腕が私の腰に回された。
そして、ふわっという浮遊感。
いわゆる、お姫様抱っこ(プリンセス・キャリー)というやつである。
「わあああ!? 殿下、降ろしてくださいまし! 歩けます! 自力でどこまでも歩けますわ!」
「いいや、君の足はもう限界のはずだ。こんなに泥だらけになってまで僕を誘い出そうとするなんて、なんて情熱的なんだ。君の望み通り、今すぐ最高の場所へ連れて行ってあげるよ」
「最高の場所……? まさか、実家の離れですの!?」
「いいや。学園に戻るのも考えたけれど、君のこの献身的な愛に応えるには、もっと相応しい場所がある。……王城だ。僕の部屋の隣を、今日から君の住まいにしよう」
「……は? 王城!? 待ってください、婚約者の分際で王城に住むなんて、そんな不敬なこと許されるはずが……!」
「父上も母上も、君が『修行のために家出した』と聞いて、その志の高さに感動してね。ぜひ近くでその高潔な魂を見守りたいと仰っているんだ」
殿下は私を抱えたまま、白馬へと飛び乗った。
密着。あまりの密着度に、私の心臓が「婚約破棄したい」とは別の意味でバクバクと鳴り響く。
「さあ、出発だ! ロニエが僕に会いたくて家出した記念すべき日として、今日は祝日にしよう!」
「会いたくて家出したわけじゃありませんわよ!!」
私の絶叫は、騎士団の「ロニエ様万歳!」という勇ましい勝どきにかき消された。
馬車ではなく、王子の腕の中に固定された状態で、私は風を切って王都へと運ばれていく。
「お嬢様、おめでとうございます。家出をした結果、最もセキュリティが厳重で、最も昼寝に適さない『王城』への強制移送が決定しましたね」
隣を並走する馬の上で、アンナが冷たく言い放った。
「……アンナ。私、もうどうしていいか分からないわ。逃げれば逃げるほど、外堀が埋まっていくのはなぜかしら」
「それはお嬢様が、無意識にフラグを立てる才能に満ち溢れているからですよ」
夕暮れに染まる王城の尖塔が見えてきた。
あれは私にとっての「ゴール」ではなく、逃げ場のない「巨大な鳥籠」の入り口にしか見えなかった。
「ロニエ。大丈夫、君の好きなだけ昼寝ができる環境を、城の中に整えさせてある。僕と一緒にね」
「……殿下が一緒なら、それは昼寝じゃなくて接待ですわよ……!」
私の「婚約破棄への道」は、物理的に捕獲されたことで、ついに「王城暮らし」という逃げ場のない最終ステージへと突入してしまったのである。
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