私を愛さないなんて、世界最大の損失ではなくて?

鏡おもち

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「……まあ、見てちょうだいアンナ。王都から、私のファンレターが届いたわ!」


昼下がりのテラスで、ミントは届けられたばかりの一通の手紙を、宝物でも見るかのような目で見つめていた。


「お嬢様、それはファンレターではなく……かつてお嬢様を散々陰口で叩いていた、自称『友人』の令嬢たちからの嫌がらせのお手紙ではありませんか?」


アンナがティーカップを置きながら、不安そうに中身を覗き込む。


手紙には、『辺境の厳しい暮らしでお肌がボロボロになっているのではと夜も眠れず心配しております』『殿下とフロラ様の仲睦まじいお姿を見るたび、貴女の不在を……ほんの少しだけ思い出しますわ』といった、慇懃無礼な文言が並んでいた。


「何を言っているの、アンナ。これは高度な照れ隠しよ」


ミントは優雅に扇子を広げ、満足げに頷いた。


「『夜も眠れず心配』というのは、『貴女の美しさが忘れられなくて不眠症になった』という意味でしょう? そして『殿下たちを見るたびに私を思い出す』というのは、『目の前のカップルが霞むほど、私の存在感が強烈に焼き付いている』という告白だわ。罪な女ね、私ってば」


「……その驚異的な翻訳機能、少し分けていただきたいくらいですわ」


アンナが遠い目をしていると、庭で薪割りをしていたジルコンが、斧を置いてこちらへ歩み寄ってきた。


「ミント様。その手紙、返信はどうされるのですか。無視するのが一番だと思いますが」


「無視? とんでもないわ、ジルコン。私の最新の美しさを心待ちにしているファンを放置するなんて、スターとしての義務に反するわ。……そうだわ! 言葉で説明するより、今の私を『視覚的』に届けてあげるのが一番の慈悲ね」


ミントはパッと顔を輝かせ、立ち上がった。


「ジルコン、今すぐ画材を用意して。貴方に、この世界で最も価値のある『被写体』を描く権利をあげるわ」


「……私は騎士であって、宮廷画家ではありません。絵心なんて、戦況図を書く程度しかありませんよ」


「いいのよ。今の私は、どんな下手な絵描きが描いても、その美しさだけでキャンバスを黄金に変えてしまうから。さあ、最高の位置にキャンバスを立ててちょうだい。背景は、この前貴方が植えたばかりの……まだ芽も出ていないバラの苗床でいいわ」


「……芽が出ていない場所を背景にするのですか?」


「ええ。未完成の自然と、完成された私の対比。これこそが芸術だわ」


数時間後。ジルコンが半ば投げやりに、しかし騎士らしい生真面目さで描き上げた「ミントの肖像画(のようなもの)」が完成した。


そこには、実物の百分の一も表現できていないものの、本人の自信に満ち溢れたオーラだけは奇妙に再現された令嬢の姿があった。


「……ふふ。ジルコン、貴方には才能があるわ。私の鼻筋のラインに、貴方の『畏怖』がよく表れている。これを手紙と一緒に王都へ送るわ」


ミントは手紙の余白に、一言だけ大きな文字で書き添えた。


『私は元気。なぜなら、今日も私が大好きだから。貴女たちも、鏡の中の自分に絶望しない程度に頑張りなさいね』


その頃、王都の王宮の一角では、重苦しい空気が流れていた。


「……失敗しただと? あの『影の短剣』と呼ばれた男が、手鏡で撃退されたというのか!?」


カイル王子が、報告に来た部下に向かって怒号を浴びせた。


隣に座るフロラも、顔を青くして震えている。


「そ、そんな……。あんな女、辺境で泣き言を言っているはずではありませんか。なぜ、暗殺者を返り討ちにするような力があるのです……!」


「……力というか、報告によれば、彼女の『自意識』が物理的な光を放ったとか何とか……。何を言っているのか私も理解できませんが、とにかく彼女は以前より増して……その、輝いているそうです」


そこへ、侍従が一通の大きな荷物を持って現れた。


「殿下、フロラ様。エーデルワイス領のミント様より、王都の令嬢方へ返信が届きました。……あまりに巨大でしたので、こちらへお持ちしました」


カイルが忌々しそうにその荷物を開ける。中から出てきたのは、ジルコンが描いた(ミントの自信が乗り移った)肖像画と、高飛車なメッセージだった。


「…………」


カイルとフロラは、沈黙した。


肖像画の中のミントは、まるで「貴方たちのことなんて一秒も考えていないわ」と嘲笑っているかのような、無敵の笑顔を浮かべていた。


「な、なによこれ……! こんなに楽しそうにしてるなんて、おかしいわ! もっと惨めに、泥を啜っていなきゃいけないのに!」


フロラが叫び、肖像画を床に叩きつけた。


しかし、床に落ちたミントの絵は、窓から差し込む夕日を反射して、さらに眩しくフロラを照らし出す。


「……ミント。お前は一体、何なんだ……」


カイルは、かつての婚約者が持っていた「何か」が、自分の想像を絶するほど強固なものだったことに、ようやく気づき始めていた。


一方、辺境の屋敷では。


「ああ、良い仕事をしたわ。誰かを幸せにする(と思っている)のは、最高の美容液ね」


ミントは鏡の前で、自分自身に投げキッスを送っていた。


彼女の愛は、王都の陰謀も、嫉妬も、すべてを跳ね返して自分へと還っていく。


世界で一番幸せなナルシストの日常は、今日も誰にも邪魔されることなく、燦然と輝いていた。
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