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「……アンナ。今すぐ、この庭に穴を掘る準備をなさい。私の肌が、大地の深淵に眠る『熱い吐息』を求めているわ」
朝、テラスで洗顔を終えたばかりのミントが、濡れた指先で庭の北東の方角を指し示した。
「お嬢様、今度は何事ですの? 穴を掘って、まさか落とし穴でも作って殿下を待ち構えるおつもりですか?」
アンナがタオルを差し出しながら首を傾げる。
「そんな無粋なことしないわ。……いい、アンナ。昨夜、私の細胞たちが会議を開いたのよ。この辺境の冷たい水も悪くないけれど、私の美しさを維持するためには『天然のミネラルが凝縮された熱水』……つまり温泉が必要不可欠だって結論に達したの」
「……細胞が会議。それはまた、随分と大規模な合議制ですね」
薪割りを終えたジルコンが、首にタオルをかけたまま呆れ顔で現れた。
「ジルコン、ちょうどいいわ。貴方のその逞しい腕力を使って、この地面を貫いてちょうだい。私の『美の直感』が、ここから二十メートル下に、最高の美肌成分が眠っていると告げているわ」
「……ミント様。温泉というのは、そんな簡単に掘り当てられるものではありません。地質調査もなしに掘るなんて、労力の無駄です」
「あら、地質調査? そんなもの、私の足の裏の感触だけで十分だわ。今、私の踵(かかと)を通して、地球が『ここを掘れば、ミント様をさらに輝かせて差し上げます』って囁いているのが聞こえないの?」
ジルコンは天を仰いだ。だが、ここで拒否してもミントが納得しないことは、この数週間の共同生活で嫌というほど理解していた。
「……分かりましたよ。どうせ掘るまで諦めないのでしょう。ただし、今日一日だけですからね」
ジルコンはシャベルを手に取り、ミントが指定した、ひときわ枯れ果てた土地を掘り始めた。
数時間後。ジルコンの服は泥と汗で汚れ、庭には巨大な穴が口を開けていた。
「……ほら、ミント様。何も出ません。出たのは、ただの湿った土と、私の疲労だけです」
「いいえ、諦めるのは早すぎるわ。もっと情熱的に掘りなさい! 貴方のその一振りが、私の未来の輝きを作るのよ! ほら、もっと愛を込めて!」
「…………くそっ、もうヤケクソだ!」
ジルコンが渾身の力でシャベルを地面に叩きつけた、その瞬間だった。
ズズズ……と、足元から不気味な地鳴りが響いた。
「……え? まさか」
ドゴォォォン!!
爆音と共に、黒い泥水が天高く噴き上がった。
「ひゃあああ! お嬢様、下がってください! 泥の呪いだべーっ!」
アンナが叫びながらミントを庇おうとするが、噴き出した水は次第に透明度を増し、真っ白な湯気を上げ始めた。辺りには、硫黄の香りがふんわりと漂い出す。
「……あったかい。これ、本当にお湯だ……」
ジルコンが呆然としながら、噴き出したお湯に手を触れる。
「ほら、言ったでしょう? 地球だって、私の美貌を維持するためなら、喜んで内臓を曝け出してくれるのよ。ああ、なんて良い香り。私の毛穴たちが、歓喜のダンスを踊り始めているわ!」
ミントは噴水のように湧き上がる温泉を背景に、優雅にポーズを決めた。
「ジルコン、アンナ! すぐに屋根を作りなさい! ここは今日から『ミント様専用・美肌の聖域』よ。ついでに、このお湯を村の人たちにも売ってあげてもいいわね。私の美しさを分けてあげる、慈善事業よ」
「……お嬢様。これ、ただの温泉じゃありません。この温度、この湧出量……。もしこれが本当なら、この領地は王都を凌ぐ保養地になりますよ」
ジルコンが震える声で言う。
「あら、当然よ。私が住んでいる場所が、ただの田舎で終わるはずがないじゃない。世界は私を中心に回っているんだもの、地面からお湯くらい出るわよ」
ミントは手鏡を取り出し、湯気で少し潤った自分の顔を見て、満足げに微笑んだ。
「見て、ジルコン。湯気のおかげで、今の私の肌、真珠を超えてダイヤモンドの輝きを放っているわ。ああ、自分の美しさが恐ろしいわ。地面を割ってまで私を甘やかすなんて、地球もなかなかのナルシストね」
ジルコンはシャベルを投げ出し、その場にへたり込んだ。
「……もう、驚くのにも疲れました。貴女の言う通り、この世界は貴女に甘すぎるようです」
「いいえ、ジルコン。世界が私を愛しているの。そして私は、世界以上に自分を愛している。……それだけの話よ」
こうして、エーデルワイス領には突如として「奇跡の美肌温泉」が誕生した。
追放された悪役令嬢が、自分への愛のために大地を貫いたという噂は、風に乗って瞬く間に王都へと広がっていくことになる。
温泉に浸かってさらに輝きを増したミントが、世界をその美貌で蹂躙する日は、もうすぐそこまで来ていた。
朝、テラスで洗顔を終えたばかりのミントが、濡れた指先で庭の北東の方角を指し示した。
「お嬢様、今度は何事ですの? 穴を掘って、まさか落とし穴でも作って殿下を待ち構えるおつもりですか?」
アンナがタオルを差し出しながら首を傾げる。
「そんな無粋なことしないわ。……いい、アンナ。昨夜、私の細胞たちが会議を開いたのよ。この辺境の冷たい水も悪くないけれど、私の美しさを維持するためには『天然のミネラルが凝縮された熱水』……つまり温泉が必要不可欠だって結論に達したの」
「……細胞が会議。それはまた、随分と大規模な合議制ですね」
薪割りを終えたジルコンが、首にタオルをかけたまま呆れ顔で現れた。
「ジルコン、ちょうどいいわ。貴方のその逞しい腕力を使って、この地面を貫いてちょうだい。私の『美の直感』が、ここから二十メートル下に、最高の美肌成分が眠っていると告げているわ」
「……ミント様。温泉というのは、そんな簡単に掘り当てられるものではありません。地質調査もなしに掘るなんて、労力の無駄です」
「あら、地質調査? そんなもの、私の足の裏の感触だけで十分だわ。今、私の踵(かかと)を通して、地球が『ここを掘れば、ミント様をさらに輝かせて差し上げます』って囁いているのが聞こえないの?」
ジルコンは天を仰いだ。だが、ここで拒否してもミントが納得しないことは、この数週間の共同生活で嫌というほど理解していた。
「……分かりましたよ。どうせ掘るまで諦めないのでしょう。ただし、今日一日だけですからね」
ジルコンはシャベルを手に取り、ミントが指定した、ひときわ枯れ果てた土地を掘り始めた。
数時間後。ジルコンの服は泥と汗で汚れ、庭には巨大な穴が口を開けていた。
「……ほら、ミント様。何も出ません。出たのは、ただの湿った土と、私の疲労だけです」
「いいえ、諦めるのは早すぎるわ。もっと情熱的に掘りなさい! 貴方のその一振りが、私の未来の輝きを作るのよ! ほら、もっと愛を込めて!」
「…………くそっ、もうヤケクソだ!」
ジルコンが渾身の力でシャベルを地面に叩きつけた、その瞬間だった。
ズズズ……と、足元から不気味な地鳴りが響いた。
「……え? まさか」
ドゴォォォン!!
爆音と共に、黒い泥水が天高く噴き上がった。
「ひゃあああ! お嬢様、下がってください! 泥の呪いだべーっ!」
アンナが叫びながらミントを庇おうとするが、噴き出した水は次第に透明度を増し、真っ白な湯気を上げ始めた。辺りには、硫黄の香りがふんわりと漂い出す。
「……あったかい。これ、本当にお湯だ……」
ジルコンが呆然としながら、噴き出したお湯に手を触れる。
「ほら、言ったでしょう? 地球だって、私の美貌を維持するためなら、喜んで内臓を曝け出してくれるのよ。ああ、なんて良い香り。私の毛穴たちが、歓喜のダンスを踊り始めているわ!」
ミントは噴水のように湧き上がる温泉を背景に、優雅にポーズを決めた。
「ジルコン、アンナ! すぐに屋根を作りなさい! ここは今日から『ミント様専用・美肌の聖域』よ。ついでに、このお湯を村の人たちにも売ってあげてもいいわね。私の美しさを分けてあげる、慈善事業よ」
「……お嬢様。これ、ただの温泉じゃありません。この温度、この湧出量……。もしこれが本当なら、この領地は王都を凌ぐ保養地になりますよ」
ジルコンが震える声で言う。
「あら、当然よ。私が住んでいる場所が、ただの田舎で終わるはずがないじゃない。世界は私を中心に回っているんだもの、地面からお湯くらい出るわよ」
ミントは手鏡を取り出し、湯気で少し潤った自分の顔を見て、満足げに微笑んだ。
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