私を愛さないなんて、世界最大の損失ではなくて?

鏡おもち

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「……信じられん。不毛の地であったはずのエーデルワイス領から、温泉が湧いただと?」


王宮の執務室で、カイル王子は届けられた報告書を二度見、三度見し、最終的には机に叩きつけた。


報告書には、ミントが「美肌のために」と指定した場所から、王都の最高級スパをも凌ぐ効能を持つ温泉が噴き出したことが克明に記されていた。


「殿下、それだけではありません。その温泉……『ミント・ビューティー・スパ』と名付けられたそうですが、そこに入浴した村人たちの肌が若返り、挙句の果てには周辺の作物の成長まで早まっているという噂です」


「……馬鹿な。ただの湯だろう? そんな奇跡が、あの傲慢な女の周りでばかり起きるはずがない!」


カイルが苛立たしげに髪を掻き上げていると、部屋の扉が勢いよく開いた。


「殿下! 聞きましたわ! あのミントが、今度は地面からお湯を掘り当てたんですって!? なんて卑しい……! 土を掘り返すなんて、令嬢のすることではなくてよ!」


フロラが顔を真っ赤にして飛び込んできた。彼女の自慢の白い肌は、最近の苛立ちのせいか、心なしかくすんで見える。


「落ち着け、フロラ。……だが、放ってはおけん。温泉の利権は本来、王家が管理すべきものだ。それに、王都の商商たちがすでに利権を求めて辺境へ向かったという。ミントの奴、今頃は金の亡者たちに囲まれて泣きべそをかいているに違いない」


「そうですわ! きっと、荒くれ者の商商たちに脅されて、震えているはずですわ。おーほほほ! ざまあありませんわね!」


カイルとフロラが歪んだ期待に胸を膨らませていた頃。


当の辺境、エーデルワイス領のボロ屋敷(現在はバラと温泉の蒸気で美しく装飾されている)では。


「……あら、また貢ぎ物部隊が到着したのかしら? ジルコン、アンナ、お通ししてちょうだい。私の美貌を維持するための予算案、じっくり聞いてあげますわ」


ミントはテラスに置かれた「温泉の蒸気を利用した美肌サウナチェア」に深々と腰掛け、手鏡で自分の睫毛の長さをチェックしていた。


屋敷の前には、王都から駆けつけた十数人の大商人たちが、契約書を握りしめて列をなしていた。


「ミント様! この温泉の独占販売権を我が商会に! 金貨一万枚、今すぐ用意いたします!」


「いや、我が商会なら王都に特設のスパを建設し、貴女様の肖像画を中央に飾りますぞ!」


口々に叫ぶ商人たちを、ミントは扇子で優雅に制した。


「……静かに。貴方たち、勘違いしているわ。私はお金なんて、一ミリも興味がないの。数字なんて、私のウエストのサイズ以外に重要なものなんてあって?」


「は、はあ!? では、何をお望みで……?」


商人が呆然と問い返す。ミントは不敵な笑みを浮かべた。


「契約の条件は三つよ。一つ、この温泉を運ぶ容器は、私の肌を傷つけない最高級の絹で包むこと。二つ、売り上げの半分は、世界中から『私がまだ使ったことのない美容成分』をかき集めるための資金に充てること。そして三つ目……」


ミントは立ち上がり、商人たちを見下ろした。


「この温泉を飲む、あるいは浴びる者は、一回につき最低三十分間、私の美しさを称えるポエムを朗読し、私への感謝を大地の底まで届けること。……これができない無粋な者には、一滴のお湯も与えなくてよ」


「……ポ、ポエム……朗読……?」


商人たちは顔を見合わせた。王都のビジネスの常識が、ミントという巨大な自意識の壁にぶつかって砕け散った瞬間だった。


「どうしたの? 簡単なことでしょう? 私の温泉で美しくなりたいのなら、その源泉である私の心を潤すのが先決だわ。さあ、今すぐ第一連を読み上げなさい。一番感銘を受けた商会と、特別に契約してあげるわ」


「……『ああ、ミント様……貴女の瞳は、朝露に濡れたサファイアのごとく……』」


一人の商人が、必死な形相で朗読を始めた。


「ダメね、比喩が手垢にまみれているわ。もっとこう、私の細胞が震えるような、斬新な賛辞はないのかしら?」


傍らで控えていたジルコンは、もはや突っ込む気力もなく、契約希望者のリストに「ポエム審査待ち」という項目を書き加えていた。


「……お嬢様。これ、普通に商売した方が、王都を買い取れるくらい稼げると思うのですが」


「ジルコン、貴方までそんな夢のないことを。私という芸術品を維持するためには、金貨よりも、純度の高い『賞賛』が必要なのよ。……さあ、次の人! 私の鎖骨のラインを、建築学的に称えてみてちょうだい!」


王都でカイルたちが「利権」という名の皮算用をしていた時、辺境では、商人たちが涙目で令嬢の美しさを歌い上げるという、世にも奇妙なオーディションが開催されていたのである。
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