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数日後。エーデルワイス領の屋敷は、さながら世界の美容品見本市と化していた。
「……ミント様。これは東方の島国から取り寄せた『真珠の粉末』でございます」
「こっちは南の大陸で採れた『黄金のオイル』ですぞ! 塗れば肌が発光するとか!」
過酷な(そして無意味な)ポエム審査を勝ち抜いた商人たちが、我先にと自慢の品をミントの前に差し出している。
ミントは特製のクッションに深く腰掛け、それらを興味深そうに、しかしどこか冷めた目で見つめていた。
「……悪くないわね。でも、どれも少し『パンチ』が足りないわ。私の美しさは、普通の化粧品じゃ満足してくれないの。もっとこう、魂を揺さぶるような刺激的な出会いはないのかしら?」
贅沢すぎる悩みを口にするミントの前に、一人の小太りな商人が、恭しく小さな木箱を差し出した。
「そ、それでしたら、こちらはいかがでしょう。王都の……ある高貴な御方から、ミント様へぜひにと託された品でございます」
「あら、王都から? 私のファンかしら?」
ミントが箱を開けると、そこには毒々しいまでに鮮やかな紫色の液体が入った、美しいガラス瓶が収められていた。蓋を開けると、ツンとした奇妙な刺激臭が鼻をつく。
傍に控えていたジルコンが、騎士の勘で即座に反応した。
「……ミント様、お待ちください。その液体、様子がおかしい。微かですが、危険な薬品の臭いがします。毒見が必要です」
商人がギクリと肩を震わせる。そう、これはフロラが密かに手配させた、肌をただれさせ、二度と元に戻らなくする強力な毒薬だったのだ。
「毒見? 何を言っているの、ジルコン。この美しい紫色を見てごらんなさい。これは『高貴さ』の凝縮液よ。それにこの刺激臭……。きっと、私のたるんだ毛穴(そんなもの存在しないけれど)に喝を入れるための、強力な活性剤に違いないわ」
「しかし、万が一ということが……!」
「大丈夫よ。世界で一番美しい私が使うのよ? たとえ猛毒だったとしても、私の肌に触れた瞬間に、最高級の美容液に成分が書き換わるはずだわ」
ミントはジルコンの制止を聞かず、瓶の液体をたっぷりとコットンに取り、頬にパッティングした。
ジュッ、と微かな音がして、白煙が上がる。
「ひっ……!」
商人が悲鳴を上げた。終わりだ。美しい令嬢の顔が、見るも無惨に焼けただれる――!
「……んんっ! まぁ、見て!」
ミントが声を上げた。その頬は、確かに真っ赤に腫れ上がっていた。しかし、ただれているわけではない。まるで、湯上がりのように血色が良くなっているだけに見えた。
「……すごいわ。塗った瞬間、顔が燃えるように熱くなったの! これは、血行が劇的に促進されている証拠ね! 名付けて『パッション・バーニング・ローション』……情熱の炎で肌を焼き尽くし、不死鳥のように再生させる、奇跡の化粧水だわ!」
「は、はあ……? や、焼け尽くし……再生……?」
商人は我が目を疑った。強力な酸性の毒が、なぜかミントの強靭すぎる肌の前では「ちょっと刺激の強い温感湿布」程度の効果しか発揮していないのだ。
「素晴らしいわ! これを送ってくれた方に伝えてちょうだい。『貴女の情熱的な愛、確かに受け取ったわ。おかげで私の頬は、リンゴよりも赤く燃えている』ってね」
ミントは真っ赤な頬で、ご機嫌に微笑んだ。
「……嘘だろう。あの毒を顔に塗って、なぜ平気な顔で笑っていられるんだ……」
商人は腰を抜かしそうになりながら、逃げるように屋敷を後にした。
その頃、王都のフロラの部屋では。
「……え? ミントが、毒入りの化粧水を『最高傑作』だと喜んで使っている、ですって……!?」
報告を受けたフロラは、あまりの衝撃に持っていたティーカップを取り落とした。
「な、なぜよ! あれは肌を溶かす劇薬のはずよ!? どういう肌をしているのよ、あの女は!」
「……報告によれば、『情熱の炎で肌が活性化した』と大喜びだそうです。頬の血色が良くなって、以前より健康的に見えるとか……」
「キーッ!! ふざけないで! あの女、人間じゃないわ! 化け物よ!」
フロラは悔しさのあまり、自分の美しい髪をかきむしった。
どんな悪意も、どんな罠も、ミントの圧倒的な「自分への愛」と「都合の良い解釈」の前では、すべて彼女を輝かせるためのスパイスに変わってしまう。
フロラの焦りは頂点に達しつつあった。
一方、毒を克服(?)したミントは、真っ赤な顔で鏡を見ながらうっとりと呟いていた。
「……うん。この少し火照ったような頬、守ってあげたくなるような儚さを演出できて最高だわ。やっぱり私って、何を使っても世界一可愛い!」
「……ミント様。これは東方の島国から取り寄せた『真珠の粉末』でございます」
「こっちは南の大陸で採れた『黄金のオイル』ですぞ! 塗れば肌が発光するとか!」
過酷な(そして無意味な)ポエム審査を勝ち抜いた商人たちが、我先にと自慢の品をミントの前に差し出している。
ミントは特製のクッションに深く腰掛け、それらを興味深そうに、しかしどこか冷めた目で見つめていた。
「……悪くないわね。でも、どれも少し『パンチ』が足りないわ。私の美しさは、普通の化粧品じゃ満足してくれないの。もっとこう、魂を揺さぶるような刺激的な出会いはないのかしら?」
贅沢すぎる悩みを口にするミントの前に、一人の小太りな商人が、恭しく小さな木箱を差し出した。
「そ、それでしたら、こちらはいかがでしょう。王都の……ある高貴な御方から、ミント様へぜひにと託された品でございます」
「あら、王都から? 私のファンかしら?」
ミントが箱を開けると、そこには毒々しいまでに鮮やかな紫色の液体が入った、美しいガラス瓶が収められていた。蓋を開けると、ツンとした奇妙な刺激臭が鼻をつく。
傍に控えていたジルコンが、騎士の勘で即座に反応した。
「……ミント様、お待ちください。その液体、様子がおかしい。微かですが、危険な薬品の臭いがします。毒見が必要です」
商人がギクリと肩を震わせる。そう、これはフロラが密かに手配させた、肌をただれさせ、二度と元に戻らなくする強力な毒薬だったのだ。
「毒見? 何を言っているの、ジルコン。この美しい紫色を見てごらんなさい。これは『高貴さ』の凝縮液よ。それにこの刺激臭……。きっと、私のたるんだ毛穴(そんなもの存在しないけれど)に喝を入れるための、強力な活性剤に違いないわ」
「しかし、万が一ということが……!」
「大丈夫よ。世界で一番美しい私が使うのよ? たとえ猛毒だったとしても、私の肌に触れた瞬間に、最高級の美容液に成分が書き換わるはずだわ」
ミントはジルコンの制止を聞かず、瓶の液体をたっぷりとコットンに取り、頬にパッティングした。
ジュッ、と微かな音がして、白煙が上がる。
「ひっ……!」
商人が悲鳴を上げた。終わりだ。美しい令嬢の顔が、見るも無惨に焼けただれる――!
「……んんっ! まぁ、見て!」
ミントが声を上げた。その頬は、確かに真っ赤に腫れ上がっていた。しかし、ただれているわけではない。まるで、湯上がりのように血色が良くなっているだけに見えた。
「……すごいわ。塗った瞬間、顔が燃えるように熱くなったの! これは、血行が劇的に促進されている証拠ね! 名付けて『パッション・バーニング・ローション』……情熱の炎で肌を焼き尽くし、不死鳥のように再生させる、奇跡の化粧水だわ!」
「は、はあ……? や、焼け尽くし……再生……?」
商人は我が目を疑った。強力な酸性の毒が、なぜかミントの強靭すぎる肌の前では「ちょっと刺激の強い温感湿布」程度の効果しか発揮していないのだ。
「素晴らしいわ! これを送ってくれた方に伝えてちょうだい。『貴女の情熱的な愛、確かに受け取ったわ。おかげで私の頬は、リンゴよりも赤く燃えている』ってね」
ミントは真っ赤な頬で、ご機嫌に微笑んだ。
「……嘘だろう。あの毒を顔に塗って、なぜ平気な顔で笑っていられるんだ……」
商人は腰を抜かしそうになりながら、逃げるように屋敷を後にした。
その頃、王都のフロラの部屋では。
「……え? ミントが、毒入りの化粧水を『最高傑作』だと喜んで使っている、ですって……!?」
報告を受けたフロラは、あまりの衝撃に持っていたティーカップを取り落とした。
「な、なぜよ! あれは肌を溶かす劇薬のはずよ!? どういう肌をしているのよ、あの女は!」
「……報告によれば、『情熱の炎で肌が活性化した』と大喜びだそうです。頬の血色が良くなって、以前より健康的に見えるとか……」
「キーッ!! ふざけないで! あの女、人間じゃないわ! 化け物よ!」
フロラは悔しさのあまり、自分の美しい髪をかきむしった。
どんな悪意も、どんな罠も、ミントの圧倒的な「自分への愛」と「都合の良い解釈」の前では、すべて彼女を輝かせるためのスパイスに変わってしまう。
フロラの焦りは頂点に達しつつあった。
一方、毒を克服(?)したミントは、真っ赤な顔で鏡を見ながらうっとりと呟いていた。
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