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エーデルワイス領のボロ……改め、今や「美の宮殿」へと変貌を遂げた屋敷。その門前に、王都から派遣された豪華な馬車と、真っ赤な礼装に身を包んだ勅使が到着した。
「勅命である! ミント・エーデルワイス嬢、前へ!」
勅使が掲げた羊皮紙には、国王の印章が眩しく輝いている。
屋敷の中から現れたのは、シルクのナイトガウンを羽織り、顔に緑色の怪しげなパック(特製薬草パック)を張り付けたミントだった。
「……あら、大きな声。せっかく今、私の毛穴が温泉の蒸気と対話していたところなのに。何の御用かしら、その派手な服の貴方?」
「な……な、何だその姿は! 不敬であろう! 王命を伝えに来たのだぞ!」
勅使は驚愕して後ずさった。目の前の令嬢は、追放された罪人の面影など微塵もなく、むしろどこかの国の女王のような不遜なオーラを放っている。
「いいから読み上げなさい。パックの乾燥時間が決まっているのよ。一分一秒が、私の明日の輝きを左右するんだから」
「……くっ。……『勅命。ミント・エーデルワイス嬢。貴殿が辺境にて発見した温泉、および開発した特産品は国の経済に多大なる貢献をもたらした。よって、これまでの罪を免じ、王都への帰還を許す。速やかに宮廷へ参じ、温泉の管理運営について報告せよ』……以上だ!」
勅使は勝ち誇ったように胸を張った。彼にしてみれば、追放された令嬢にとってこれ以上の慈悲はないと考えていたのだ。
しかし、ミントはパックの隙間から見える瞳を、面倒くさそうに細めただけだった。
「……却下よ。お帰りなさい」
「…………は?」
勅使は耳を疑った。傍らで控えていたジルコンも、手に持っていた水桶を落としそうになった。
「ミント様! 今、なんと仰いました!? 却下……王命を、却下と言ったのですか!?」
「ええ、そうよジルコン。言葉の通りだわ。却下。お断り。ノー・サンキュー。……貴方、聞こえなかったのかしら?」
ミントはパックの上から、優雅に指先で頬をタッピングした。
「理由を聞かせろ! 王命に背くということがどういうことか分かっているのか!」
「理由? そんなの決まっているじゃない。今の私は、この温泉と、この澄んだ空気、そして何より『私を愛し、称えてくれるこの領地』に夢中なのよ。王都のあの埃っぽくて、嫉妬と退屈にまみれた空気の中に戻るなんて、お肌への虐待だわ」
ミントは勅使に向かって、ピシャリと言い放った。
「それに、温泉の管理? そんな無粋な事務作業、私の繊細な指先を疲れさせるだけだわ。報告が欲しいなら、その辺に落ちている商人のポエムでも持って帰ればいいじゃない。私の美しさがどれほどこの土地を潤したか、五万行くらい書いてあるはずよ」
「貴様……! 本気で言っているのか! これは国王陛下からの温情なのだぞ!」
「温情? いいえ、それは『私の輝きが恋しくなった陛下からのラブレター』の間違いでしょう? でも残念。今の私は、私自身のケアで手一杯なの。国王陛下にはこう伝えてちょうだい。『私は今、地球(温泉)に愛されているので、人間(国王)の相手をしている暇はありません』ってね」
「……あ、あああ……」
勅使は顔を青くしたり赤くしたりして、そのまま泡を吹いて倒れそうになった。
ジルコンが慌てて割って入り、勅使を馬車へと押し戻した。
「……申し訳ない、使者殿! ミント様は少々……いえ、かなりお疲れなのです! 本心ではありません! 一度王都へ戻り、正式な書面を送りますから、今日はひとまず引き取ってください!」
「……ま、待て! 私はまだ……!」
強引に馬車を追い出した後、ジルコンは肩で息をしながらミントを振り返った。
「ミント様! 貴女、正気ですか!? 王命拒否なんて、最悪の場合、反逆罪に問われますよ!」
「反逆? あら、物騒ね。私はただ、自分の心地よさを優先しただけよ。ジルコン、貴方も昨日言ったじゃない。『今の貴女は、王都にいた頃よりずっと輝いている』って」
「それは言いましたけど! それとこれとは話が別です!」
「別じゃないわ。私の輝きを損なう場所へ行くことこそ、世界に対する反逆だわ。……さあ、アンナ! パックを剥がす時間よ! 新しい私に、世界がひざまずく準備をさせなさい!」
ミントは高らかに笑いながら、屋敷の奥へと消えていった。
ジルコンは頭を抱えて座り込んだ。
「……王都へ返したくないとは思ったが。まさか、物理的に喧嘩を売って居座るとは……」
一方で、王都への帰還を蹴ったという噂は、村人たちの間で瞬く間に広まり、「お嬢様は私たちを見捨てなかった!」と、なぜか美の聖女への忠誠心がさらに爆発する結果となった。
カイル王子が再び刺客……ではなく、自ら足を運ぶ決意を固めるのは、この数日後のことである。
「勅命である! ミント・エーデルワイス嬢、前へ!」
勅使が掲げた羊皮紙には、国王の印章が眩しく輝いている。
屋敷の中から現れたのは、シルクのナイトガウンを羽織り、顔に緑色の怪しげなパック(特製薬草パック)を張り付けたミントだった。
「……あら、大きな声。せっかく今、私の毛穴が温泉の蒸気と対話していたところなのに。何の御用かしら、その派手な服の貴方?」
「な……な、何だその姿は! 不敬であろう! 王命を伝えに来たのだぞ!」
勅使は驚愕して後ずさった。目の前の令嬢は、追放された罪人の面影など微塵もなく、むしろどこかの国の女王のような不遜なオーラを放っている。
「いいから読み上げなさい。パックの乾燥時間が決まっているのよ。一分一秒が、私の明日の輝きを左右するんだから」
「……くっ。……『勅命。ミント・エーデルワイス嬢。貴殿が辺境にて発見した温泉、および開発した特産品は国の経済に多大なる貢献をもたらした。よって、これまでの罪を免じ、王都への帰還を許す。速やかに宮廷へ参じ、温泉の管理運営について報告せよ』……以上だ!」
勅使は勝ち誇ったように胸を張った。彼にしてみれば、追放された令嬢にとってこれ以上の慈悲はないと考えていたのだ。
しかし、ミントはパックの隙間から見える瞳を、面倒くさそうに細めただけだった。
「……却下よ。お帰りなさい」
「…………は?」
勅使は耳を疑った。傍らで控えていたジルコンも、手に持っていた水桶を落としそうになった。
「ミント様! 今、なんと仰いました!? 却下……王命を、却下と言ったのですか!?」
「ええ、そうよジルコン。言葉の通りだわ。却下。お断り。ノー・サンキュー。……貴方、聞こえなかったのかしら?」
ミントはパックの上から、優雅に指先で頬をタッピングした。
「理由を聞かせろ! 王命に背くということがどういうことか分かっているのか!」
「理由? そんなの決まっているじゃない。今の私は、この温泉と、この澄んだ空気、そして何より『私を愛し、称えてくれるこの領地』に夢中なのよ。王都のあの埃っぽくて、嫉妬と退屈にまみれた空気の中に戻るなんて、お肌への虐待だわ」
ミントは勅使に向かって、ピシャリと言い放った。
「それに、温泉の管理? そんな無粋な事務作業、私の繊細な指先を疲れさせるだけだわ。報告が欲しいなら、その辺に落ちている商人のポエムでも持って帰ればいいじゃない。私の美しさがどれほどこの土地を潤したか、五万行くらい書いてあるはずよ」
「貴様……! 本気で言っているのか! これは国王陛下からの温情なのだぞ!」
「温情? いいえ、それは『私の輝きが恋しくなった陛下からのラブレター』の間違いでしょう? でも残念。今の私は、私自身のケアで手一杯なの。国王陛下にはこう伝えてちょうだい。『私は今、地球(温泉)に愛されているので、人間(国王)の相手をしている暇はありません』ってね」
「……あ、あああ……」
勅使は顔を青くしたり赤くしたりして、そのまま泡を吹いて倒れそうになった。
ジルコンが慌てて割って入り、勅使を馬車へと押し戻した。
「……申し訳ない、使者殿! ミント様は少々……いえ、かなりお疲れなのです! 本心ではありません! 一度王都へ戻り、正式な書面を送りますから、今日はひとまず引き取ってください!」
「……ま、待て! 私はまだ……!」
強引に馬車を追い出した後、ジルコンは肩で息をしながらミントを振り返った。
「ミント様! 貴女、正気ですか!? 王命拒否なんて、最悪の場合、反逆罪に問われますよ!」
「反逆? あら、物騒ね。私はただ、自分の心地よさを優先しただけよ。ジルコン、貴方も昨日言ったじゃない。『今の貴女は、王都にいた頃よりずっと輝いている』って」
「それは言いましたけど! それとこれとは話が別です!」
「別じゃないわ。私の輝きを損なう場所へ行くことこそ、世界に対する反逆だわ。……さあ、アンナ! パックを剥がす時間よ! 新しい私に、世界がひざまずく準備をさせなさい!」
ミントは高らかに笑いながら、屋敷の奥へと消えていった。
ジルコンは頭を抱えて座り込んだ。
「……王都へ返したくないとは思ったが。まさか、物理的に喧嘩を売って居座るとは……」
一方で、王都への帰還を蹴ったという噂は、村人たちの間で瞬く間に広まり、「お嬢様は私たちを見捨てなかった!」と、なぜか美の聖女への忠誠心がさらに爆発する結果となった。
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