私を愛さないなんて、世界最大の損失ではなくて?

鏡おもち

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広間に沈黙が流れる中、カイル王子は屈辱に震えながらも、最後の手札を切ることに決めた。


今のミントには、以前の「高慢な悪役令嬢」という枠には収まりきらない、圧倒的な価値がある。温泉、富、そして見る者をひざまずかせる神々しいまでの美貌。


「……ミント。お前の無礼は不問に処そう。それどころか、私は寛大にも提案してやる。お前との婚約を白紙に戻し、再び私の婚約者として王都へ迎え入れてやってもいい」


カイルは自信たっぷりに胸を張った。追放された身の令嬢にとって、これ以上の逆転劇はないはずだと信じて疑わなかった。


「あら、復縁? ……つまり、またあの退屈な王宮で、貴方の隣という地味な場所に私が座るということかしら?」


ミントは爪先を眺めながら、心底どうでもよさそうに問い返した。


「地味だと!? 王妃の座だぞ! 全女性が憧れる、最高峰の舞台だ!」


「最高峰……。うーん、その言葉には少し惹かれるけれど。でも待ってちょうだい。重大な決断を下す前に、私よりも私を理解している『あの方』の意見を聞かなくてはならないわ」


ミントは椅子から立ち上がると、ジルコンが掲げている特大の手鏡……『ナルシス・ミラー・スペシャル』の前に立った。


「鏡よ鏡、世界で一番美しい私。……教えてちょうだい。このカイルさんと復縁することは、私の未来の輝きにとってプラスになるかしら?」


ミントは鏡の中の自分を見つめ、真剣な表情で対話を始めた。カイルはその異様な光景に呆気に取られ、口を開けたまま立ち尽くしている。


「……ええ、ええ。分かっているわ。……あら、そんなに? ……ふふ、やっぱり貴女(私)は厳しいわね。でも、その妥協のない美意識こそが私の誇りよ」


数分間の「対話」を終え、ミントはゆっくりとカイルの方へ向き直った。その表情は、聖告を受けた巫女のように厳かだった。


「残念ながらカイルさん。鏡の中の私が、断固として『NO』と仰っているわ」


「……は? 鏡が喋ったというのか!?」


「ええ。正確には、鏡に映る私の『眉間の筋肉』が拒絶反応を示したのよ。貴方の隣に座る自分の姿を想像しただけで、私の細胞たちが一斉にストライキを起こして、お肌のキメが荒れてしまうんですって。恐ろしいわ、美容へのテロ行為よ」


ミントは悲劇のヒロインのように、そっと自分の頬に手を当てた。


「お、お前の肌のコンディションなど知るか! これは国家の、王家の、そして……!」


「いいえ、カイル殿下。ミント様にとって、肌のコンディションは国家の存亡よりも優先されるべき重要事項なのです」


それまで沈黙を守っていたジルコンが、一歩前へ出た。その瞳には、騎士としての冷徹な意志が宿っている。


「……ジルコン、貴様! いつまでこの狂った女の茶番に付き合っている!」


「茶番ではありません。私は、ミント様が世界で一番自分を愛し、その愛によってこの領地を再生させる姿を目の当たりにしてきました。……今のミント様には、貴方の隣という狭い鳥籠は似合いません」


ジルコンの声は静かだったが、広間の空気を支配する重みがあった。


「お前たちは……お前たちは全員、頭が沸いているのか! こんなボロ屋敷で自分を褒め称えるだけの生活が、王妃の座より勝るというのか!」


「勝るに決まっているじゃない。王妃になれば、私は『王の妻』として扱われるわ。でもここにいれば、私は『ミント様という名の神』として崇められるのよ? どちらがより美しく、私らしい生き方か、比べるまでもないわ」


ミントは優雅にターンを決め、カイルに最後通牒を突きつけた。


「カイルさん。貴方の復縁提案は、私の『美のアーカイブ』から完全に削除(デリート)したわ。お土産の肖像画を持って、早くお帰りなさい。……ああ、そうだわ。帰り道、その肖像画に映る私の完璧なフェイスラインをよく見て、自分の審美眼の無さを一生悔やむがいいわ」


「くっ……! 後悔させてやる! 必ず、お前の方から這いつくばって王都へ来させてやるからな!」


カイルは捨て台詞を残し、嵐のように屋敷を去っていった。


再び静寂が戻った広間で、ミントはふぅ、と小さく溜息をついた。


「……ジルコン。今の私、少しだけ感情的になってしまったかしら? 怒りは美肌の敵なのに」


「いえ。最高に気高く、そして……最高に自分勝手で、素晴らしかったですよ」


ジルコンがわずかに口角を上げると、ミントは満足げに鏡を覗き込んだ。


「ふふ、そう? ……あら、見てジルコン! カイルさんを追い出したおかげで、私の瞳の輝きがさらに五パーセント増量しているわ! やっぱり、自分に正直でいることが一番の美容液ね!」


ミントの笑い声が、温泉の湯気に乗って高らかに響く。


彼女はまだ知らない。この拒絶が、王都をさらなる混乱に陥れ、そして彼女自身の物語を、想像もつかない大きな舞台へと押し上げていくことを。
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