21 / 28
21
しおりを挟む
カイル王子が去り、辺境の領地には再び穏やかな、しかし熱気に満ちた日常が戻っていた。
夕暮れ時。ミントは新しく作らせた「ビューティー・ガゼボ」の中で、ハーブティーを楽しみながら、自分の指先の形をうっとりと眺めていた。
「……完璧だわ。この小指の反り具合。まるで、天に昇る白鳥の翼のように優雅で、それでいて力強い。私という存在は、細部に至るまで神のこだわりが感じられるわね」
「……ミント様。少々、お耳を拝借してもよろしいでしょうか」
ガゼボの外で直立不動の姿勢をとっていたジルコンが、意を決したように声をかけた。その声は、いつになく低く、真剣な響きを帯びている。
ミントはティーカップを置き、ゆっくりとジルコンの方を向いた。
「あら、ジルコン。改まってどうしたの? そんなに厳しい顔をして。……ああ、分かったわ。私の今日のアイラインが、あまりに鋭すぎて、貴方の心臓を射抜いてしまったのかしら?」
「……いえ、まあ、それもあるかもしれませんが」
ジルコンは一瞬、いつものように呆れた顔をしたが、すぐに真面目な表情に戻り、ミントの前に跪いた。
「ミント様。私はこれまで、多くの貴族や王族にお仕えしてきました。しかし、貴女ほど……自分を信じ、自分を愛し、その愛だけで周囲を、そしてこの領地をも変えてしまったお方を他に知りません」
「当然よ。私が私を愛さなくて、誰が私を愛するというの? 愛とは、まず自分の中で完結してこそ、真実の輝きを放つものだわ」
「……仰る通りです。私は、そんな貴女の側で、貴女が自分を愛でる姿を守り続けたいと思うようになりました。たとえ、貴女の瞳の中に、私が映る一瞬がなかろうとも」
ジルコンは顔を上げ、ミントの瞳を真っ直ぐに見つめた。
「ミント様。貴女にとって、一番大切なのは貴女自身……そして、鏡の中の自分であることは重々承知しております。ですから、私は貴女の『一番』になりたいとは望みません。……貴女が鏡を眺める、その背中を守る『二番目』の存在でいさせてはいただけませんか?」
広間に、静かな風が吹き抜ける。
それは、沈黙を守り続けてきた近衛騎士による、最大級の献身と愛の告告(コクハク)だった。
普通であれば、ここで令嬢は頬を赤らめ、愛を誓い合う場面である。しかし、ミント・エーデルワイスの脳内回路は、常に「自分への愛」という高速道路を走っていた。
「……まあ。ジルコン、貴方、なんて殊勝なことを仰るの」
ミントは少しだけ目を見開いた後、慈悲深い女神のような微笑みを浮かべた。
「二番目? そんな謙遜しなくてもいいのに。貴方はすでに、私の『世界で一番幸運な背景(バックグラウンド)』としての地位を確立しているわよ」
「……背景、ですか」
「ええ。私の美しさを最も近くで、最も長時間眺めることを許された、唯一の存在。それは、ある意味で『二番目』と呼ぶに相応しい称号だわ」
ミントは跪くジルコンの肩に、そっと手を置いた。
「いいわ、ジルコン。貴方のその控えめで、かつ正確な自己評価を高く買ってあげる。……貴方を、私の『ファンクラブ第一号・兼・永久欠番の背景騎士』に任命するわ! 喜んでちょうだい。これで貴方は、私の輝きに最も近い場所を、未来永劫独占できることになったのよ」
「…………」
ジルコンは、しばらくの間、沈黙した。
自分の魂を込めた告白が、ものの数秒で「ファンクラブの役職」に変換されてしまった。だが、不思議と嫌な気分ではなかった。むしろ、これでこそ自分が惚れたミント・エーデルワイスだと、妙な安心感すら覚えていた。
「……ありがとうございます。その大役、この命にかえても全ういたしましょう」
「ふふ、良い返事ね。さあ、そうと決まれば、ジルコン! 明日までに、私のこの神々しい姿をさらに引き立てるための『光の回廊』を作りなさい。二番目の貴方の腕の見せ所よ!」
「……ははっ。ただちに、村の若い衆を呼んできます」
ジルコンは苦笑いしながら立ち上がった。
二人の間に流れる空気は、恋人同士の甘いそれとは程遠いものだった。しかし、そこには鏡に映る自分を愛し抜く女と、その姿を誰よりも愛おしく見守る男の、奇妙で強固な絆が結ばれていた。
「ああ、ジルコン。忘れていたわ」
呼び止めるミントの声に、ジルコンが足を止める。
「何でしょうか、ミント様」
「今夜の月は、私の瞳の輝きに比べれば少し曇っているけれど……。でも、貴方の鎧に反射する月光は、悪くない演出だわ。今夜だけは、貴方のことも少しだけ、私の『お気に入りリスト』に入れてあげてもいいわよ」
ミントは手鏡で自分の睫毛を整えながら、背を向けたまま、ぽつりと呟いた。
「…………感謝の極みです」
ジルコンは、ミントには見えないように、今日一番の幸せそうな笑顔を見せた。
世界で一番自分を愛する彼女の、たった数パーセントの「お気に入り」。それは彼にとって、どんな勲章よりも誇らしいものだった。
夕暮れ時。ミントは新しく作らせた「ビューティー・ガゼボ」の中で、ハーブティーを楽しみながら、自分の指先の形をうっとりと眺めていた。
「……完璧だわ。この小指の反り具合。まるで、天に昇る白鳥の翼のように優雅で、それでいて力強い。私という存在は、細部に至るまで神のこだわりが感じられるわね」
「……ミント様。少々、お耳を拝借してもよろしいでしょうか」
ガゼボの外で直立不動の姿勢をとっていたジルコンが、意を決したように声をかけた。その声は、いつになく低く、真剣な響きを帯びている。
ミントはティーカップを置き、ゆっくりとジルコンの方を向いた。
「あら、ジルコン。改まってどうしたの? そんなに厳しい顔をして。……ああ、分かったわ。私の今日のアイラインが、あまりに鋭すぎて、貴方の心臓を射抜いてしまったのかしら?」
「……いえ、まあ、それもあるかもしれませんが」
ジルコンは一瞬、いつものように呆れた顔をしたが、すぐに真面目な表情に戻り、ミントの前に跪いた。
「ミント様。私はこれまで、多くの貴族や王族にお仕えしてきました。しかし、貴女ほど……自分を信じ、自分を愛し、その愛だけで周囲を、そしてこの領地をも変えてしまったお方を他に知りません」
「当然よ。私が私を愛さなくて、誰が私を愛するというの? 愛とは、まず自分の中で完結してこそ、真実の輝きを放つものだわ」
「……仰る通りです。私は、そんな貴女の側で、貴女が自分を愛でる姿を守り続けたいと思うようになりました。たとえ、貴女の瞳の中に、私が映る一瞬がなかろうとも」
ジルコンは顔を上げ、ミントの瞳を真っ直ぐに見つめた。
「ミント様。貴女にとって、一番大切なのは貴女自身……そして、鏡の中の自分であることは重々承知しております。ですから、私は貴女の『一番』になりたいとは望みません。……貴女が鏡を眺める、その背中を守る『二番目』の存在でいさせてはいただけませんか?」
広間に、静かな風が吹き抜ける。
それは、沈黙を守り続けてきた近衛騎士による、最大級の献身と愛の告告(コクハク)だった。
普通であれば、ここで令嬢は頬を赤らめ、愛を誓い合う場面である。しかし、ミント・エーデルワイスの脳内回路は、常に「自分への愛」という高速道路を走っていた。
「……まあ。ジルコン、貴方、なんて殊勝なことを仰るの」
ミントは少しだけ目を見開いた後、慈悲深い女神のような微笑みを浮かべた。
「二番目? そんな謙遜しなくてもいいのに。貴方はすでに、私の『世界で一番幸運な背景(バックグラウンド)』としての地位を確立しているわよ」
「……背景、ですか」
「ええ。私の美しさを最も近くで、最も長時間眺めることを許された、唯一の存在。それは、ある意味で『二番目』と呼ぶに相応しい称号だわ」
ミントは跪くジルコンの肩に、そっと手を置いた。
「いいわ、ジルコン。貴方のその控えめで、かつ正確な自己評価を高く買ってあげる。……貴方を、私の『ファンクラブ第一号・兼・永久欠番の背景騎士』に任命するわ! 喜んでちょうだい。これで貴方は、私の輝きに最も近い場所を、未来永劫独占できることになったのよ」
「…………」
ジルコンは、しばらくの間、沈黙した。
自分の魂を込めた告白が、ものの数秒で「ファンクラブの役職」に変換されてしまった。だが、不思議と嫌な気分ではなかった。むしろ、これでこそ自分が惚れたミント・エーデルワイスだと、妙な安心感すら覚えていた。
「……ありがとうございます。その大役、この命にかえても全ういたしましょう」
「ふふ、良い返事ね。さあ、そうと決まれば、ジルコン! 明日までに、私のこの神々しい姿をさらに引き立てるための『光の回廊』を作りなさい。二番目の貴方の腕の見せ所よ!」
「……ははっ。ただちに、村の若い衆を呼んできます」
ジルコンは苦笑いしながら立ち上がった。
二人の間に流れる空気は、恋人同士の甘いそれとは程遠いものだった。しかし、そこには鏡に映る自分を愛し抜く女と、その姿を誰よりも愛おしく見守る男の、奇妙で強固な絆が結ばれていた。
「ああ、ジルコン。忘れていたわ」
呼び止めるミントの声に、ジルコンが足を止める。
「何でしょうか、ミント様」
「今夜の月は、私の瞳の輝きに比べれば少し曇っているけれど……。でも、貴方の鎧に反射する月光は、悪くない演出だわ。今夜だけは、貴方のことも少しだけ、私の『お気に入りリスト』に入れてあげてもいいわよ」
ミントは手鏡で自分の睫毛を整えながら、背を向けたまま、ぽつりと呟いた。
「…………感謝の極みです」
ジルコンは、ミントには見えないように、今日一番の幸せそうな笑顔を見せた。
世界で一番自分を愛する彼女の、たった数パーセントの「お気に入り」。それは彼にとって、どんな勲章よりも誇らしいものだった。
0
あなたにおすすめの小説
とっていただく責任などありません
まめきち
恋愛
騎士団で働くヘイゼルは魔物の討伐の際に、
団長のセルフイスを庇い、魔法陣を踏んでしまう。
この魔法陣は男性が踏むと女性に転換するもので、女性のヘイゼルにはほとんど影響のない物だった。だか国からは保証金が出たので、騎士を辞め、念願の田舎暮らしをしようとしたが!?
ヘイゼルの事をずっと男性だと思っていたセルフイスは自分のせいでヘイゼルが職を失っただと思って来まい。
責任を取らなければとセルフイスから、
追いかけられる羽目に。
【書籍化決定】アシュリーの願いごと
ましろ
恋愛
「まあ、本当に?」
もしかして。そう思うことはありました。
でも、まさか本当だっただなんて。
「…それならもう我慢する必要は無いわね?」
嫁いでから6年。まるで修道女が神に使えるが如くこの家に尽くしてきました。
すべては家の為であり、夫の為であり、義母の為でありました。
愛する息子すら後継者として育てるからと産まれてすぐにとりあげられてしまいました。
「でも、もう変わらなくてはね」
この事を知ったからにはもう何も我慢するつもりはありません。
だって。私には願いがあるのだから。
✻基本ゆるふわ設定です。
気を付けていますが、誤字脱字などがある為、あとからこっそり修正することがあります。
✻1/19、タグを2つ追加しました
✻1/27、短編から長編に変更しました
✻2/2、タグを変更しました
乙女ゲームの正しい進め方
みおな
恋愛
乙女ゲームの世界に転生しました。
目の前には、ヒロインや攻略対象たちがいます。
私はこの乙女ゲームが大好きでした。
心優しいヒロイン。そのヒロインが出会う王子様たち攻略対象。
だから、彼らが今流行りのザマァされるラノベ展開にならないように、キッチリと指導してあげるつもりです。
彼らには幸せになってもらいたいですから。
後妻の条件を出したら……
しゃーりん
恋愛
妻と離婚した伯爵令息アークライトは、友人に聞かれて自分が後妻に望む条件をいくつか挙げた。
格上の貴族から厄介な女性を押しつけられることを危惧し、友人の勧めで伯爵令嬢マデリーンと結婚することになった。
だがこのマデリーン、アークライトの出した条件にそれほどズレてはいないが、貴族令嬢としての教育を受けていないという驚きの事実が発覚したのだ。
しかし、明るく真面目なマデリーンをアークライトはすぐに好きになるというお話です。
彼女が高級娼婦と呼ばれる理由~元悪役令嬢の戦慄の日々~
プラネットプラント
恋愛
婚約者である王子の恋人をいじめたと婚約破棄され、実家から縁を切られたライラは娼館で暮らすことになる。だが、訪れる人々のせいでライラは怯えていた。
※完結済。
夢を現実にしないための正しいマニュアル
しゃーりん
恋愛
娘が処刑される夢を見た。
現在、娘はまだ6歳。それは本当に9年後に起こる出来事?
処刑される未来を変えるため、過去にも起きた夢の出来事を参考にして、変えてはいけないことと変えるべきことを調べ始める。
婚約者になる王子の周囲を変え、貴族の平民に対する接し方のマニュアルを作り、娘の未来のために頑張るお話。
もしもゲーム通りになってたら?
クラッベ
恋愛
よくある転生もので悪役令嬢はいい子に、ヒロインが逆ハーレム狙いの悪女だったりしますが
もし、転生者がヒロインだけで、悪役令嬢がゲーム通りの悪人だったなら?
全てがゲーム通りに進んだとしたら?
果たしてヒロインは幸せになれるのか
※3/15 思いついたのが出来たので、おまけとして追加しました。
※9/28 また新しく思いつきましたので掲載します。今後も何か思いつきましたら更新しますが、基本的には「完結」とさせていただいてます。9/29も一話更新する予定です。
※2/8 「パターンその6・おまけ」を更新しました。
※4/14「パターンその7・おまけ」を更新しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる