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「お父様! お母様! おめでとうございます! 私、ついにクビになりましたわ!」
公爵邸の重厚な扉を蹴り開ける勢いで、パルメは叫んだ。
深夜にもかかわらず、リビングで深刻な顔をしていた公爵夫妻は、娘のあまりのハイテンションに固まった。
「……パルメ。今、なんと言った? クビ……とは、もしや婚約破棄のことか?」
父親であるド・ラ・メール公爵が、震える声で尋ねる。
「その通りですわ! しかも、慰謝料請求も辞さないと言わんばかりの、見事な断罪っぷり! これで明日から自由です!」
「自由……? お前、事の重大さが分かっているのか? 王家を敵に回したのだぞ!」
母親が泣き崩れそうになるのを、パルメは力強いガッツポーズで制した。
「敵に回すだなんて滅相もない。私はただ、円満に退職しただけです。さあ、感傷に浸っている暇はありませんわ! おじさま、荷馬車を三台用意して!」
「は、はい! ただいま!」
パルメの勢いに押され、御者のおじさんが慌てて飛び出していく。
「パルメ、何を、何をするつもりだ」
「荷造りですわ! 夜が明ける前にこの屋敷を出て、領地へ向かいます。ほら、メイドの皆さんも! 私の部屋にある『私が買ったもの』を全部詰め込んでちょうだい!」
パルメは階段を駆け上がりながら、テキパキと指示を飛ばした。
「あ、その金銀財宝は置いていっていいわ。重いだけだし、王宮からの贈り物は全部返却ボックスへ! 代わりに、私の自室にある『干し肉の備蓄』と『安眠枕』を最優先で積みなさい!」
「パルメ様……。ショックで、本当におかしくなってしまわれたのですね……」
メイドたちが涙を拭いながら、高速で荷物を詰め込み始める。
彼女たちは、パルメが王子の身勝手な振る舞いに耐え、どれほど王宮の激務をこなしてきたかを知っていた。
だからこそ、この「狂乱」を、深い悲しみの裏返しだと思い込んだのだ。
「いいえ、絶好調よ! 見て、この身軽さ! あ、その棚の奥にある、こっそり買い溜めていた官能小説……じゃなくて、歴史書も忘れないでね!」
パルメ自身は、まさに人生で一番輝いていた。
(王妃教育? 捨てましたわ! 外交儀礼? ゴミ箱行きです! これからは、領地でカブでも育てて、冬は暖炉の前で読書三昧……。あぁ、なんて贅沢な社畜の末路!)
そこへ、血相を変えた王宮の使いが飛び込んできた。
「ド・ラ・メール公爵! 殿下からの伝言だ! パルメ令嬢の持ち出し品は厳しく制限……」
パルメは、その使いの口に、先ほどパーティー会場からくすねてきた特大のクッキーを突っ込んだ。
「ご苦労様です! 全部、私物ですのでご心配なく! あ、それとこれ、退職の記念品として差し上げますわ。美味しいですよ?」
「むぐっ……!? も、もぐ……もぐもぐ……。う、美味い……じゃなくて!」
「さあ皆さん、ラストスパートよ! この屋敷に私の毛一本残さない勢いで運びなさい!」
パルメの指揮のもと、引越し作業は神がかり的なスピードで進んだ。
本来なら数日かかる荷造りが、わずか一時間足らずで完了していく。
公爵は、あまりの光景に呆然と立ち尽くしていた。
「……パルメ。お前、いつの間にこんなに準備をしていたんだ?」
「準備? いいえ、お父様。これは日頃からのシミュレーションの成果ですわ。いつクビになってもいいように、常に『心の離職票』を懐に忍ばせておく……それがプロの婚約者というものです」
「プロの……婚約者……?」
パルメは、パンパンに膨らんだ荷馬車の一台に飛び乗った。
「お父様、お母様。今まで不肖の娘を育ててくださり、ありがとうございました! 私はこれから、領地で『伝説のニート』を目指しますわ!」
「パルメ! 待ちなさい、せめて騎士を護衛に……」
「必要ありません! 私のスピードに、誰も追いつけはしませんわ! それでは、さらばブラック王宮!」
夜明けの紫色の空の下、三台の荷馬車が猛烈な勢いで走り出した。
見送る公爵夫妻とメイドたちの目には、パルメの背中が、まるで戦場から生還した英雄のように見えた。
「……あの子。もしかして、わざと婚約破棄されるように仕向けたのかしら?」
母親がぽつりと呟いた。
「もしそうだとしたら、なんて恐ろしい娘だ。リュント殿下を欺き、王家を出し抜き、最短ルートで自由を勝ち取ったというのか……」
公爵は震えた。
「パルメ・ド・ラ・メール。あの子は、この国のパワーバランスを根底から覆す、天才的な策士だったのかもしれん……」
その頃、当の策士は馬車の中で、「どのパジャマから着ようかしら」と真剣に悩んでいた。
「あ、そうだわ。領地に着いたら、まずはお昼寝を三回するってスケジュールに入れなきゃ!」
パルメの新しい人生は、まだ始まったばかりである。
公爵邸の重厚な扉を蹴り開ける勢いで、パルメは叫んだ。
深夜にもかかわらず、リビングで深刻な顔をしていた公爵夫妻は、娘のあまりのハイテンションに固まった。
「……パルメ。今、なんと言った? クビ……とは、もしや婚約破棄のことか?」
父親であるド・ラ・メール公爵が、震える声で尋ねる。
「その通りですわ! しかも、慰謝料請求も辞さないと言わんばかりの、見事な断罪っぷり! これで明日から自由です!」
「自由……? お前、事の重大さが分かっているのか? 王家を敵に回したのだぞ!」
母親が泣き崩れそうになるのを、パルメは力強いガッツポーズで制した。
「敵に回すだなんて滅相もない。私はただ、円満に退職しただけです。さあ、感傷に浸っている暇はありませんわ! おじさま、荷馬車を三台用意して!」
「は、はい! ただいま!」
パルメの勢いに押され、御者のおじさんが慌てて飛び出していく。
「パルメ、何を、何をするつもりだ」
「荷造りですわ! 夜が明ける前にこの屋敷を出て、領地へ向かいます。ほら、メイドの皆さんも! 私の部屋にある『私が買ったもの』を全部詰め込んでちょうだい!」
パルメは階段を駆け上がりながら、テキパキと指示を飛ばした。
「あ、その金銀財宝は置いていっていいわ。重いだけだし、王宮からの贈り物は全部返却ボックスへ! 代わりに、私の自室にある『干し肉の備蓄』と『安眠枕』を最優先で積みなさい!」
「パルメ様……。ショックで、本当におかしくなってしまわれたのですね……」
メイドたちが涙を拭いながら、高速で荷物を詰め込み始める。
彼女たちは、パルメが王子の身勝手な振る舞いに耐え、どれほど王宮の激務をこなしてきたかを知っていた。
だからこそ、この「狂乱」を、深い悲しみの裏返しだと思い込んだのだ。
「いいえ、絶好調よ! 見て、この身軽さ! あ、その棚の奥にある、こっそり買い溜めていた官能小説……じゃなくて、歴史書も忘れないでね!」
パルメ自身は、まさに人生で一番輝いていた。
(王妃教育? 捨てましたわ! 外交儀礼? ゴミ箱行きです! これからは、領地でカブでも育てて、冬は暖炉の前で読書三昧……。あぁ、なんて贅沢な社畜の末路!)
そこへ、血相を変えた王宮の使いが飛び込んできた。
「ド・ラ・メール公爵! 殿下からの伝言だ! パルメ令嬢の持ち出し品は厳しく制限……」
パルメは、その使いの口に、先ほどパーティー会場からくすねてきた特大のクッキーを突っ込んだ。
「ご苦労様です! 全部、私物ですのでご心配なく! あ、それとこれ、退職の記念品として差し上げますわ。美味しいですよ?」
「むぐっ……!? も、もぐ……もぐもぐ……。う、美味い……じゃなくて!」
「さあ皆さん、ラストスパートよ! この屋敷に私の毛一本残さない勢いで運びなさい!」
パルメの指揮のもと、引越し作業は神がかり的なスピードで進んだ。
本来なら数日かかる荷造りが、わずか一時間足らずで完了していく。
公爵は、あまりの光景に呆然と立ち尽くしていた。
「……パルメ。お前、いつの間にこんなに準備をしていたんだ?」
「準備? いいえ、お父様。これは日頃からのシミュレーションの成果ですわ。いつクビになってもいいように、常に『心の離職票』を懐に忍ばせておく……それがプロの婚約者というものです」
「プロの……婚約者……?」
パルメは、パンパンに膨らんだ荷馬車の一台に飛び乗った。
「お父様、お母様。今まで不肖の娘を育ててくださり、ありがとうございました! 私はこれから、領地で『伝説のニート』を目指しますわ!」
「パルメ! 待ちなさい、せめて騎士を護衛に……」
「必要ありません! 私のスピードに、誰も追いつけはしませんわ! それでは、さらばブラック王宮!」
夜明けの紫色の空の下、三台の荷馬車が猛烈な勢いで走り出した。
見送る公爵夫妻とメイドたちの目には、パルメの背中が、まるで戦場から生還した英雄のように見えた。
「……あの子。もしかして、わざと婚約破棄されるように仕向けたのかしら?」
母親がぽつりと呟いた。
「もしそうだとしたら、なんて恐ろしい娘だ。リュント殿下を欺き、王家を出し抜き、最短ルートで自由を勝ち取ったというのか……」
公爵は震えた。
「パルメ・ド・ラ・メール。あの子は、この国のパワーバランスを根底から覆す、天才的な策士だったのかもしれん……」
その頃、当の策士は馬車の中で、「どのパジャマから着ようかしら」と真剣に悩んでいた。
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パルメの新しい人生は、まだ始まったばかりである。
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