婚約破棄のショックで食欲が……倍増しました!

鏡おもち

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「……ラテ様。お願いです、あと一口。あと一口だけでいいので、その『伝説の白い粒』を私に恵んでください……!」

黒狼城の大食堂。
そこには、戦場では鬼神の如く立ち回るはずの巨漢騎士たちが、皿を抱えて膝をつくという異常な光景が広がっていました。

「ダメですわ! 規律を守りなさいな! お米は一日にして成らず。今日の配分は、すでに皆さんの胃袋に収まったはずですわよ!」

私はお玉を指揮棒のように振り回し、群がる大男たちを一喝しました。
昨日、カシアン様と一緒に炊き上げた「真珠粒(パール・グレイン)」。
その衝撃は、騎士団の価値観を根本から破壊してしまったようです。

「お嬢様……。俺、昨夜あの白い粒を食べてから、夢の中でもお米を追いかけていたんです。朝起きたら、枕を齧っていました……」

「私なんて、練兵場の白い石がお米に見えてしまって……。拾って洗おうとしたところを団長に見つかり、正座をさせられましたよ!」

騎士たちが口々に悲痛な(?)叫びを上げます。
彼らの瞳は、もはや魔物への闘志ではなく、炭水化物への渇望でギラギラと輝いていました。

「……ラテ。いい加減にしてやってくれ。私の部下たちが、戦闘集団ではなく『炊き出しを待つ難民』のようになっている」

カシアン様が、こめかみを押さえながら現れました。
彼の背後では、副団長クラスの騎士までもが、空のお椀を虚ろな目で見つめています。

「あら、カシアン様。彼らがこれほどまでに熱狂的なのは、それだけ私の料理に『魂』が宿っている証拠ですわ。……ところで、カシアン様。あなた、今朝の朝食の際、こっそりお櫃の底に残ったお焦げを、私の見ていないところで掻き集めていませんでした?」

「……っ。そ、それは……。……あれは、その、後片付けを効率化するためにだな……」

「嘘をおっしゃいな! 頬っぺたに一粒、動かぬ証拠がついておりますわよ!」

私が指をさすと、カシアン様は慌てて顔を拭い、激しく咳き込みました。
鉄壁の死神様も、お米の魔力の前では無力。
この城の指揮系統は、実質的に「献立表」によって支配されていると言っても過言ではありませんわ。

「いいですか、皆さん。美味しいものを食べるためには、それ相応の対価が必要ですの。……カシアン様! 今日の訓練の成果が芳しくなかった者には、夕食の『おかわり権』を剥奪すると宣言なさいな!」

「な、なんだと……!?」

騎士団に激震が走りました。
彼らにとって、それは死刑宣告よりも重い言葉だったようです。

「お、おい、お前ら聞いたか! 今日のおかわりがかかっているぞ!」

「死ぬ気で走れ! 一秒でも遅れたら、あの黄金色のお焦げが他人の口に入るんだぞ!」

「うおぉぉぉーっ! お米のためにーっ!」

騎士たちは、誰の命令よりも早く、脱兎のごとく練兵場へと駆けていきました。
その速度、その気迫。
間違いなく、この騎士団の歴史上で最高レベルの機動戦が行われようとしています。

「……。……ラテ。お前は、恐怖政治ならぬ『満腹政治』の天才だな」

カシアン様が、嵐の去った後の食堂でポツリと漏らしました。

「失礼ね。私はただ、モチベーションの管理をしているだけですわ。……でもカシアン様。一つだけ、困ったことがありますの」

「困ったこと? なんだ、また食材が足りないのか?」

「いいえ。彼ら、最近は私の姿が見えないだけで、城内を血眼になって探し回るのですわ。昨日なんて、私が少し裏庭でハーブを摘んでいただけで、『ラテ様が王都へ連れ戻された!』と勘違いした一団が、武装して門まで突撃しようとしたんですのよ」

「……。……ああ、その件なら報告を受けている。私が止めるのに苦労した」

カシアン様が、深いため息をつきました。

「ラテ。お前の存在は、もうこの城にとっての『生命線』だ。……もしお前がいなくなったら、この騎士団は三日で自壊するだろうな。もちろん、私も含めてだ」

カシアン様が、冗談めかした口調の中に、少しだけ真実味のあるトーンを混ぜて言いました。
彼は私の横に座ると、私の手からお玉をひょいと取り上げました。

「お前がこの地に馴染んでくれたのは嬉しい。だが、あまり彼らを甘やかすな。私の命令より、お前の『今日のご飯は何かしら?』という言葉の方が、皆の背筋を伸ばさせているのは、団長として少し複雑なんだ」

「ふふ、嫉妬かしら? 可愛いところがありますわね、カシアン様」

「……っ。……。……お前は、本当に……。……まあいい。とにかく、今夜も頼む。……例の、お米を使った新しい料理というやつを」

「ええ、任せてくださいな! 今夜は『猪の佃煮風・おむすび』を作りますわよ!」

「おむすび……。また、恐ろしい響きの食べ物を生み出すつもりか……」

カシアン様は呆れながらも、その口元はどこか緩んでいました。

こうして、黒狼城の男たちは、悪役令嬢ラテの作り出す「味の迷宮」から、一歩も出られない体に作り替えられていったのです。
婚約破棄をされた時は、一生一人で野草でも齧って生きていく覚悟でしたけれど。
気づけば、私は数千人の「胃袋」の主人になってしまったようですわね。

「さあ、カシアン様! 夕食に遅れたら、あなたの分もお焦げも、私が全部食べてしまいますわよ!」

「……それだけは勘弁してくれ」

夕暮れの城に、私たちの笑い声が響きました。
王都では味わえなかった、お腹の底から温まるような、賑やかで美味しい毎日。
私の改革は、まだ止まることを知りません。
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