婚約破棄のショックで食欲が……倍増しました!

鏡おもち

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「……はあ。満たされましたわ。この『炭水化物が胃に収まる感覚』。これこそが生命の神秘ですわね」

私は城の貯蔵庫の隅で、小さな木箱を抱えて恍惚としていました。
その中に入っていたのは、カシアン様が「昔、東方の商人から何かの間違いで仕入れた、炊き方もわからない謎の小粒」として放置していたもの。

そう、それは紛れもなく……お米!
正確には「真珠粒(パール・グレイン)」と呼ばれるこの世界の穀物ですが、見た目も香りも、私の理想とする白米そのものですわ!

「……ラテ。こんな埃っぽいところで何をしている。また何か怪しい食材を発見したのか」

背後から、灯火を手にしたカシアン様が現れました。
最近の彼は、私がいなくなるとすぐに探しに来るようになりましたわね。
私のことを監視しているのか、それとも私の作る夜食を待っているのか……恐らく後者でしょうけれど。

「カシアン様! 見てください、この輝き! これさえあれば、私はもう王都に未練など微塵もありませんわ!」

「……ただの粒だろう。それより、少し話をしないか。外の月が綺麗だぞ」

カシアン様の声が、心なしかいつもより低くて甘い響きを帯びています。
月が綺麗? そんな情緒的なお誘い、鉄壁の死神様らしくありませんわね。
もしや、昨日の猪肉が原因で中耳炎にでもなったのかしら。

「月よりこれですわ、カシアン様! いいですか、この粒を適切な水量で炊き上げると、ふっくらとして、噛むほどに甘みが溢れ出す……。そこに、昨日の猪の余った脂と塩を少し。想像しただけで、私の心臓はドラムを叩き始めますわ!」

「……。……ラテ。私は今、真面目な話をしているんだ」

カシアン様が、私の肩を優しく掴んで自分の方を向かせました。
彼の瞳が、真剣な光を湛えています。
あら。なんだか、空気が「恋愛小説の終盤」みたいな重力に支配されてきましたわよ?

「お前がここに来てから、私の毎日は一変した。……最初は、ただの騒がしい食いしん坊だと思っていた。だが、お前の笑い声を聞き、お前の作った温かい食事を囲むうちに、私は……」

カシアン様の顔が、ゆっくりと近づいてきます。
これは。
もしや。
「愛の告白」という、カロリーの低そうなイベントが発生する予感ですわ!

「ラテ。私はお前を、単なる追放者としてではなく、その……一人の女性として……」

「……愛より米ですわ、カシアン様」

「…………。……は?」

カシアン様の動きが、完全に停止しました。
まるで時間が凍りついたようですわね。

「聞こえませんでしたの? 私は今、『愛より米』だと言ったのです。愛は心を温めてくれるかもしれませんが、お腹は膨らませてくれません。でも、このお米は、心もお腹も、そして明日への活力も同時に満たしてくれるのですわ!」

「……。……今、私がどんな勇気を持って言葉を紡いでいたか、お前は理解しているのか?」

「理解しておりますわ。でも、愛という曖昧な感情に浸る前に、まずはこのお米を美味しく炊き上げる方法を議論すべきですわ! カシアン様、もしあなたが私を本当に想ってくださるなら、愛の言葉の代わりに、美味しいお水を持ってきてくださいな!」

カシアン様は、深いため息をつきました。
それは、城の石壁を震わせるほど深く、絶望に満ちた溜息でした。

「……お前という女は。……いや、最初からわかっていたことだな。お前の優先順位の一位は、いつだって『皿の上』にあるのだと」

「あら、そんな悲しい顔をしないでくださいませ。カシアン様が美味しいお水を持ってきてくれたら、私は炊き立ての一番美味しい部分を、あなたに『あーん』して差し上げますわよ?」

「……。……ふん。……。……やる。持ってくればいいんだろう、水くらい」

カシアン様はそっぽを向きましたが、その口元には自嘲気味な、でもどこか嬉しそうな笑みが浮かんでいました。
彼は、愛を語るのを一旦諦め、私の「炊飯助手」へと降格することを受け入れたようですわ。

「それでこそ、私のカシアン様ですわ! さあ、急ぎましょう! お米が私を呼んでいますの!」

私はカシアン様の腕を引き、足早に厨房へと向かいました。
愛だの恋だの、そんなものは後回しです。
今夜の私は、この「白い宝石」に全てを捧げると決めたのですから!

背後でカシアン様が、「……私は、米以下の存在なのか」と小さく呟いた気がしましたが、空腹の私の耳には届きませんでした。

こうして、ヴォルフ領での私の野望に、新たに「お米の普及」という壮大なテーマが加わったのです。
愛より米。
これこそが、悪役令嬢ラテの揺るぎない信念なのですわ!
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