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「……並びなさい! そこ、背筋を伸ばして! あなたたちの持っているのはお玉であって、折れた剣ではありませんわよ!」
黒狼城の厨房に、私の怒声が響き渡りました。
目の前には、普段は魔物相手に勇敢に戦っているはずの巨漢の騎士たちが、借りてきた猫のように小さくなって整列しています。
「ラテ様……。ですが、我々はこれでも長年、この『ごった煮』で命を繋いできたのです。今さら味などと言われても……」
一人の騎士が、おずおずと口を開きました。
その手にある鍋には、今日も今日とて、灰色に濁った「栄養素の墓場」のようなスープが湛えられています。
「その『今さら』が、あなたたちの筋肉を泣かせているのですわ! いいですか、カシアン様も含め、ここの騎士団は皆、素材の良さに甘えすぎていますのよ!」
私は教鞭の代わりに長ネギを振り回し、調理台を叩きました。
「今日から、この厨房は私の支配下に入ります。名付けて『胃袋から始める精鋭騎士育成計画』ですわ! さあ、まずはその泥付きの根菜を、適切な大きさに切り揃えなさい!」
「……おい、ラテ。あまり騎士たちをいじめないでやってくれ。彼らは戦うのが仕事で、料理の腕は二の次なんだ」
騒ぎを聞きつけたカシアン様が、苦笑いしながら入ってきました。
彼は呆れたような目をして私を見ていますが、その足はしっかりと厨房の、一番「良い匂い」がする場所へと向いていますわね。
「カシアン様、甘いですわ。戦うための体を作るのは、日々の食事です。不味いものを義務感で食べるのと、美味しいものを喜びと共に食べるのでは、吸収率が三倍は違いますわよ!(※ラテ調べ)」
「三倍か……。それは聞き捨てならんな。……で、今日は何を作るつもりだ?」
カシアン様が、少しだけ期待を込めた眼差しを向けました。
ふふん。昨日のジャム以来、この方もすっかり私の味覚の奴隷になりつつありますわね。
「今日は、ヴォルフ領特産の『鋼鉄猪のバラ肉』と、冬を越すために干しておいた『乾燥豆』を使います。……ただし、ただ煮込むのではありませんわ。秘策はこれです!」
私は、貯蔵庫の奥で眠っていた「古くなった麦酒(ビール)」の樽を指差しました。
「……麦酒? それはもう酸味が強くなって、飲み物としては使えないものだぞ」
「飲み物としてダメなら、調味料として使えばいいのです。この酸味とお酒の成分が、あの中までガチガチに硬い猪の肉を、赤ちゃんの頬っぺたのように柔らかくしてくれるのですわ!」
私は騎士たちに指示を飛ばし、肉を大きな塊のまま、一度強火で焼き色をつけさせました。
厨房に、脂の焼ける暴力的なまでに食欲をそそる香りが充満します。
「ひゃあ……! これだけで旨そうだ!」
「まだですわ! そこに刻んだ香味野菜と、先ほどの麦酒をドバドバと注ぎなさい! あとは、昨日の芥子の種と、ほんの少しの蜂蜜……。これを、薪火の端でじっくり、じっくりと煮込むのです」
数時間後。
厨房から漏れ出した香りは、城中の騎士たちの足を止めさせました。
執務室で仕事をしていた者も、練兵場で剣を振っていた者も、皆が鼻をヒクつかせながら大食堂へと吸い寄せられていきます。
「……さあ、出来上がりましたわ。『鋼鉄猪の麦酒煮込み~辺境の恵みを添えて~』ですわ!」
大鍋の蓋を開けると、そこには琥珀色のソースを纏い、プルプルと震えるお肉の塊が鎮座していました。
付け合わせには、山羊乳のバターで和えたホクホクの豆。
「……。……これが、本当にあの『鋼鉄猪』なのか?」
カシアン様が、ナイフを入れました。
驚いたことに、あれほど硬かった肉が、自重で崩れるほど柔らかくなっています。
彼は一口食べると、そのまま天を仰いで目を閉じました。
「…………。……天国だ。ここは、戦場ではなく天国だったのか」
「団長! 俺たちにも、俺たちにも食べさせてください!」
「お嬢様……いや、シェフ・ラテ! 一生ついていきます!」
騎士たちが、我先にと皿を差し出します。
その光景は、もはや食事というより、一種の宗教的な儀式のようですわね。
皆が頬を膨らませ、満面の笑みでお肉を咀嚼する。
中には、あまりの美味しさに涙を流している大男までいます。
「ふふん。どうかしら、カシアン様。私の『精鋭騎士育成計画』、第一段階は成功と言ってもよろしくて?」
私は、自分の分の肉を上品に(しかし一切れは大きく)口に運びながら尋ねました。
麦酒の苦味がコクに変わり、猪の脂が口の中で甘く溶けていく……。
ああ、自画自賛したくなるほどの出来栄えですわ。
「……ああ。認めざるを得ないな。お前が来てから、城の雰囲気が劇的に変わった。……いや、城だけでなく、私の心もな」
カシアン様が、不意に真面目な顔をして私を見つめました。
その瞳には、昨夜よりもさらに深い熱が宿っているような……。
「……。……あら。カシアン様の心も、私のお肉のように柔らかくなってしまいましたの?」
「……。……。……お前は、本当に……。……。……ああ、そうだな。もう、お前の作る飯なしでは、冬を越せそうにない」
カシアン様は少し照れくさそうに視線を逸らしましたが、その手はしっかりと、私の焼いたお代わりのパンを掴んでいました。
私は、満足げに笑いました。
王都では「悪役令嬢」と蔑まれ、婚約破棄までされましたけれど。
ここでは、私の振るうお玉一つで、屈強な騎士たちがひれ伏すのです。
これほど愉快なことが他にあるかしら?
「……よし。次は、デザートの改良に着手しますわよ! カシアン様、明日は山羊乳の搾りたてを用意しておいてくださいな!」
「……やれやれ。私の騎士団が、食いしん坊の集団になりそうだな」
カシアン様の溜息は、どこか幸せそうに響くのでした。
辺境の冬は厳しいですが、私の厨房(ていこく)は、ますます熱く盛り上がっていくのです!
黒狼城の厨房に、私の怒声が響き渡りました。
目の前には、普段は魔物相手に勇敢に戦っているはずの巨漢の騎士たちが、借りてきた猫のように小さくなって整列しています。
「ラテ様……。ですが、我々はこれでも長年、この『ごった煮』で命を繋いできたのです。今さら味などと言われても……」
一人の騎士が、おずおずと口を開きました。
その手にある鍋には、今日も今日とて、灰色に濁った「栄養素の墓場」のようなスープが湛えられています。
「その『今さら』が、あなたたちの筋肉を泣かせているのですわ! いいですか、カシアン様も含め、ここの騎士団は皆、素材の良さに甘えすぎていますのよ!」
私は教鞭の代わりに長ネギを振り回し、調理台を叩きました。
「今日から、この厨房は私の支配下に入ります。名付けて『胃袋から始める精鋭騎士育成計画』ですわ! さあ、まずはその泥付きの根菜を、適切な大きさに切り揃えなさい!」
「……おい、ラテ。あまり騎士たちをいじめないでやってくれ。彼らは戦うのが仕事で、料理の腕は二の次なんだ」
騒ぎを聞きつけたカシアン様が、苦笑いしながら入ってきました。
彼は呆れたような目をして私を見ていますが、その足はしっかりと厨房の、一番「良い匂い」がする場所へと向いていますわね。
「カシアン様、甘いですわ。戦うための体を作るのは、日々の食事です。不味いものを義務感で食べるのと、美味しいものを喜びと共に食べるのでは、吸収率が三倍は違いますわよ!(※ラテ調べ)」
「三倍か……。それは聞き捨てならんな。……で、今日は何を作るつもりだ?」
カシアン様が、少しだけ期待を込めた眼差しを向けました。
ふふん。昨日のジャム以来、この方もすっかり私の味覚の奴隷になりつつありますわね。
「今日は、ヴォルフ領特産の『鋼鉄猪のバラ肉』と、冬を越すために干しておいた『乾燥豆』を使います。……ただし、ただ煮込むのではありませんわ。秘策はこれです!」
私は、貯蔵庫の奥で眠っていた「古くなった麦酒(ビール)」の樽を指差しました。
「……麦酒? それはもう酸味が強くなって、飲み物としては使えないものだぞ」
「飲み物としてダメなら、調味料として使えばいいのです。この酸味とお酒の成分が、あの中までガチガチに硬い猪の肉を、赤ちゃんの頬っぺたのように柔らかくしてくれるのですわ!」
私は騎士たちに指示を飛ばし、肉を大きな塊のまま、一度強火で焼き色をつけさせました。
厨房に、脂の焼ける暴力的なまでに食欲をそそる香りが充満します。
「ひゃあ……! これだけで旨そうだ!」
「まだですわ! そこに刻んだ香味野菜と、先ほどの麦酒をドバドバと注ぎなさい! あとは、昨日の芥子の種と、ほんの少しの蜂蜜……。これを、薪火の端でじっくり、じっくりと煮込むのです」
数時間後。
厨房から漏れ出した香りは、城中の騎士たちの足を止めさせました。
執務室で仕事をしていた者も、練兵場で剣を振っていた者も、皆が鼻をヒクつかせながら大食堂へと吸い寄せられていきます。
「……さあ、出来上がりましたわ。『鋼鉄猪の麦酒煮込み~辺境の恵みを添えて~』ですわ!」
大鍋の蓋を開けると、そこには琥珀色のソースを纏い、プルプルと震えるお肉の塊が鎮座していました。
付け合わせには、山羊乳のバターで和えたホクホクの豆。
「……。……これが、本当にあの『鋼鉄猪』なのか?」
カシアン様が、ナイフを入れました。
驚いたことに、あれほど硬かった肉が、自重で崩れるほど柔らかくなっています。
彼は一口食べると、そのまま天を仰いで目を閉じました。
「…………。……天国だ。ここは、戦場ではなく天国だったのか」
「団長! 俺たちにも、俺たちにも食べさせてください!」
「お嬢様……いや、シェフ・ラテ! 一生ついていきます!」
騎士たちが、我先にと皿を差し出します。
その光景は、もはや食事というより、一種の宗教的な儀式のようですわね。
皆が頬を膨らませ、満面の笑みでお肉を咀嚼する。
中には、あまりの美味しさに涙を流している大男までいます。
「ふふん。どうかしら、カシアン様。私の『精鋭騎士育成計画』、第一段階は成功と言ってもよろしくて?」
私は、自分の分の肉を上品に(しかし一切れは大きく)口に運びながら尋ねました。
麦酒の苦味がコクに変わり、猪の脂が口の中で甘く溶けていく……。
ああ、自画自賛したくなるほどの出来栄えですわ。
「……ああ。認めざるを得ないな。お前が来てから、城の雰囲気が劇的に変わった。……いや、城だけでなく、私の心もな」
カシアン様が、不意に真面目な顔をして私を見つめました。
その瞳には、昨夜よりもさらに深い熱が宿っているような……。
「……。……あら。カシアン様の心も、私のお肉のように柔らかくなってしまいましたの?」
「……。……。……お前は、本当に……。……。……ああ、そうだな。もう、お前の作る飯なしでは、冬を越せそうにない」
カシアン様は少し照れくさそうに視線を逸らしましたが、その手はしっかりと、私の焼いたお代わりのパンを掴んでいました。
私は、満足げに笑いました。
王都では「悪役令嬢」と蔑まれ、婚約破棄までされましたけれど。
ここでは、私の振るうお玉一つで、屈強な騎士たちがひれ伏すのです。
これほど愉快なことが他にあるかしら?
「……よし。次は、デザートの改良に着手しますわよ! カシアン様、明日は山羊乳の搾りたてを用意しておいてくださいな!」
「……やれやれ。私の騎士団が、食いしん坊の集団になりそうだな」
カシアン様の溜息は、どこか幸せそうに響くのでした。
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