婚約破棄のショックで食欲が……倍増しました!

鏡おもち

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「……ラテ様、申し訳ございません。これは国王陛下直々の親書……『召喚状』にございます。これに背くことは、ヴォルフ領全体が反逆の意を示すことと同義。どうか、どうか穏便にお戻りください!」

翌朝。黒狼城の門を包囲したのは、昨日とは比べものにならない数の王宮近衛騎士団でした。
彼らの指揮官は、顔を青くしながらも、必死の形相で跪いています。

私の目の前には、仰々しい金色の封蝋が押された手紙。
どうやらジュリアン王子ではなく、ついにお父様や国王陛下までもが、この「食糧危機(という名の王宮のわがまま)」に本腰を入れ始めたようですわ。

「……反逆、ね。面白い冗談を言う」

私の隣で、カシアン様が低く、地響きのような声で呟きました。
その手はすでに剣の柄にかかり、周囲の騎士たちも一触即発の構えです。
黒狼城の空気が、パチパチと火花を散らすような緊張感に包まれます。

「カシアン様、落ち着いてくださいまし。お顔が怖いですよ? せっかくのイケメンが、干からびたゴーヤみたいになっておりますわ」

「……ラテ。お前は、自分が拉致されようとしている状況がわかっているのか?」

「拉致? 人聞きの悪い。これは『出張』ですわ。それも、最高級の食材を王室予算で買い叩ける、絶好のビジネスチャンスではありませんか!」

私は、近衛騎士団の指揮官を扇子で指し示しました。

「指揮官さん。戻って差し上げてもよろしくてよ。ただし、条件がありますわ。私の護衛として、カシアン様と、彼の精鋭騎士団三十名の同行を認めなさいな。あと、道中の食費はすべて王宮持ち。もちろん、私が選ぶ最高級食材の仕入れ代もですわよ?」

「えっ……ええっ!? カシアン卿を連れて行くのですか? それでは護送ではなく、ただの行軍では……」

「あら、嫌なら私は一歩も動きませんわ。ここであなたたちと戦って、返り血を『お肉の隠し味』にして差し上げてもいいのですけれど?」

私の(半分本気の)脅しに、指揮官は「ひっ!」と悲鳴を上げ、ガタガタと震えながら頷きました。

「わ、わかりました! すべて認めます! ですから、今すぐ馬車へ……!」

「慌てないでくださいな。まずは、この地の素晴らしい食材をパッキングしなければ。カシアン様、昨日の猪のハムと、例のトリュフ、それから熟成中の味噌樽を全部馬車に積み込みなさい!」

「……。……ラテ。お前、本当に王都へ乗り込むつもりか?」

カシアン様が、呆れたように、でもどこか嬉しそうな顔で私を覗き込んできました。

「ええ。私たちの愛の巣(予定)を脅かすような不届きな王子に、本当の『食の重み』を教えて差し上げなければなりませんもの。それにカシアン様……。王都の高級ワイン、まだ飲んだことがありませんでしたわよね?」

「……。……ああ、そうだな。お前がそう言うなら、付き合おう。王宮のワインセラーを空にするまで帰らんぞ」

カシアン様が不敵な笑みを浮かべ、騎士たちに号令をかけました。
「野郎ども! 王都へ食い倒れに行くぞ! 食材を積み込めーっ!」

「「「うおぉぉぉーーーっ!!」」」

もはや、どちらが捕虜でどちらが護送役かわからない状況ですわ。
近衛騎士団が困惑の表情を浮かべる中、私たちは大量の食材と、溢れんばかりの食欲を携えて、王都への進軍(?)を開始したのです。

馬車の中。
豪華な革張りのシートに座りながら、私は窓の外を眺めていました。

「……見ていてくださいな、ジュリアン王子。そしてマリア様。悪役令嬢ラテの、最後の晩餐……いえ、復讐のフルコースを、たっぷりとお見舞いして差し上げますわ!」

「……ラテ。お前の目が、獲物を狙う鷹のように鋭くなっているぞ。……まあ、そんなお前も嫌いではないが」

カシアン様が、私の手を取り、指先にそっとキスを落としました。
……あら。こんな時に、不意打ちのロマンチックですわね。
でも、私の心臓が高鳴っているのは、きっとカシアン様の愛のせい……ではなく、王宮にあるという伝説の『熟成チーズ』への期待感のせいですわ。ええ、間違いありませんわ!

「カシアン様。王都に着いたら、まずはおいしいベーカリーを強襲しましょうね!」

「……強襲、か。お前の辞書には、穏やかな言葉は載っていないのか?」

「美味しいものの前では、平和主義は無意味ですわ!」

高笑いと共に、馬車は王都へとひた走ります。
かつて泣きながら追い出されたその場所に、私は今、最強の用心棒と最強の胃袋を連れて、堂々と凱旋しようとしていたのです。

待っていなさい、王都の料理人たち。
私が、本物の『食の地獄(ヘブン)』を教えて差し上げますわ!
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