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「……来ましたわね。この、鼻腔を逆撫でするような、湿った雑草の腐敗臭。閣下、扇風機の準備はよろしくて?」
王都の北端に位置する、巨大なレンガ造りの建物。
ここは王国中の乳製品が集まる「国立バター貯蔵庫」である。
深夜の静寂の中、イザバラは貯蔵庫の重厚な扉の前に陣取っていた。
彼女の背後には、山のように積まれた黄金色のバターの塊。その芳醇なミルクの香りは、まさに王国の宝そのものである。
「準備はできているが、イザバラ。……君の言う『対・不味いもの用特殊装備』が、単なる超強力な加熱コンロと、大量の刻みニンニクだとは思わなかったぞ」
隣に立つリュカは、呆れながらも特大の魔力扇風機のスイッチに手をかけていた。
彼の足元には、イザバラが「防衛兵器」として用意した、直径一メートルはあろうかという巨大な鉄鍋が三つ並んでいる。
「オホホホ! 閣下、美食の天敵である『苦味』を打ち破るには、圧倒的な『食欲の暴力』をぶつけるのが一番ですわ。……あ、不審な影が動き出しましたわね」
霧の中から、真っ黒なローブを纏った集団が音もなく現れた。
彼らの手には、怪しく紫に光る液体が入った霧吹きのような道具が握られている。
「……あそこにいるのは、美食の悪魔、イザバラね! 皆、やりなさい! あの黄金の脂を、全て我らが『深淵の苦味汁』で汚し、無価値な泥に変えるのですわ!」
集団の先頭に立つ女――カトリーヌが、怨念のこもった声で叫んだ。
「カトリーヌ様! お久しぶりですわね。相変わらず、そのお顔、栄養失調でカサカサですわよ? もっと質の良いバターを摂取して、お肌に潤いを与えたらいかがかしら!」
「黙りなさい! バターなど、血管を汚す毒ですわ! さあ、浴びなさい! 万物を苦くする、聖なる沈黙の雫を!」
カトリーヌの合図で、黒装束の者たちが一斉に霧吹きを作動させた。
紫色の不気味な霧が、貯蔵庫の入り口へと押し寄せてくる。
「今ですわ、閣下! 最大出力で、私の『ガーリック・シュリンプの香撃』を解き放ちなさい!」
「……やれやれ。全権大使の命令だ、仕方ない」
リュカがスイッチを入れた。
同時に、イザバラは巨大な鉄鍋に、バケツ一杯分のエキストラバージンオリーブオイルと、これでもかという量の刻みニンニク、そして大量の海老を投入した。
ジューッ!! という鼓膜を劈くような快音が響き渡る。
熱せられたオイルがニンニクの香りを一瞬で爆発させ、さらに海老の殻が焼ける香ばしい香りが混ざり合った。
「いけぇぇぇ!!」
魔力扇風機が、その「究極の食欲刺激臭」を前方へと叩きつけた。
「……っ!? な、何よ、この匂いは! 鼻が、鼻がバカになりそうですわ!」
カトリーヌたちが悲鳴を上げた。
彼女たちが放った「苦味の霧」は、イザバラが作り出した圧倒的な「海老とニンニクの熱風」に押し戻され、霧散していく。
「馬鹿な……! 我らの『沈黙の雫』が、ニンニクごときに屈するなんて!」
「ごとき、とは失礼な! ニンニクと海老の組み合わせは、人類の歴史が証明した最強の誘惑ですわよ! ほら、貴方の部下たちを見てごらんなさい!」
イザバラが指差す先では、黒装束の男たちが「……ああ、腹が減った」「なんだこの、たまらない匂いは……」「飯を……飯を食わせろ……」と、武器を投げ出して地面に這いつくばっていた。
「美食の魂は、恐怖や苦痛では消せませんわ。……さあ、閣下、仕上げですわ! 追いバターを投入なさい!」
「……ああ、心得た」
リュカが、貯蔵庫から出してきたばかりの最高級バターを十キロ、鉄鍋に放り込んだ。
バターが熱いオイルの中で溶け、さらにミルクの甘い香りが加わった「最終兵器」が完成する。
「あああああ! ダメ……私の鼻が、私の理性が……! バター……バターって、こんなにいい匂いだったかしら……!」
カトリーヌまでもが、ふらふらと膝をついた。
彼女の「苦味の結社」は、わずか数分の「炒め物の香り」によって、壊滅的な打撃を受けたのである。
「……勝負あり、ですわね」
イザバラは、腰に手を当てて高らかに笑った。
「カトリーヌ様、貴方が何と言おうと、この世界には美味しいものが必要ですの。……さて、閣下。この大量のガーリックシュリンプ、捨てるのは勿体ないですわね?」
「……だろうな。ちょうどいいところに、ハイエナが来ているぞ」
リュカが指差す先、貯蔵庫の影から、ジュリアン王太子がヨダレを垂らしながら姿を現した。
「イ、イザバラ! その海老! そのバター! 私に! 私に一口だけでいいから恵んでくれぇぇぇ!」
「殿下。貴方はそこで、カトリーヌ様を捕縛する仕事があるでしょう? それが終わったら、残りの殻だけなら差し上げますわ」
「殻だけでもいい! 私はその香りを噛み締めたいんだ!」
ジュリアンがカトリーヌの腕を掴みながら、必死に海老を求めて叫ぶ。
こうして、王国のバターは守られた。
だが、連行されるカトリーヌの瞳には、まだ不気味な光が宿っていた。
「……おぼえていなさい……。次は……次は、世界から『塩』を消して差し上げますわ……。塩のない世界で、貴女の美食がどこまで通用するか……楽しみですわね……!」
「……あら、怖い。塩がなければ、岩塩の鉱山ごと買い占めるまでですわよ。オホホホ!」
イザバラの勝利宣言が、ニンニクの香りと共に夜空に響き渡った。
彼女の食への情熱は、ついにテロリストすらも圧倒し始めたのである。
王都の北端に位置する、巨大なレンガ造りの建物。
ここは王国中の乳製品が集まる「国立バター貯蔵庫」である。
深夜の静寂の中、イザバラは貯蔵庫の重厚な扉の前に陣取っていた。
彼女の背後には、山のように積まれた黄金色のバターの塊。その芳醇なミルクの香りは、まさに王国の宝そのものである。
「準備はできているが、イザバラ。……君の言う『対・不味いもの用特殊装備』が、単なる超強力な加熱コンロと、大量の刻みニンニクだとは思わなかったぞ」
隣に立つリュカは、呆れながらも特大の魔力扇風機のスイッチに手をかけていた。
彼の足元には、イザバラが「防衛兵器」として用意した、直径一メートルはあろうかという巨大な鉄鍋が三つ並んでいる。
「オホホホ! 閣下、美食の天敵である『苦味』を打ち破るには、圧倒的な『食欲の暴力』をぶつけるのが一番ですわ。……あ、不審な影が動き出しましたわね」
霧の中から、真っ黒なローブを纏った集団が音もなく現れた。
彼らの手には、怪しく紫に光る液体が入った霧吹きのような道具が握られている。
「……あそこにいるのは、美食の悪魔、イザバラね! 皆、やりなさい! あの黄金の脂を、全て我らが『深淵の苦味汁』で汚し、無価値な泥に変えるのですわ!」
集団の先頭に立つ女――カトリーヌが、怨念のこもった声で叫んだ。
「カトリーヌ様! お久しぶりですわね。相変わらず、そのお顔、栄養失調でカサカサですわよ? もっと質の良いバターを摂取して、お肌に潤いを与えたらいかがかしら!」
「黙りなさい! バターなど、血管を汚す毒ですわ! さあ、浴びなさい! 万物を苦くする、聖なる沈黙の雫を!」
カトリーヌの合図で、黒装束の者たちが一斉に霧吹きを作動させた。
紫色の不気味な霧が、貯蔵庫の入り口へと押し寄せてくる。
「今ですわ、閣下! 最大出力で、私の『ガーリック・シュリンプの香撃』を解き放ちなさい!」
「……やれやれ。全権大使の命令だ、仕方ない」
リュカがスイッチを入れた。
同時に、イザバラは巨大な鉄鍋に、バケツ一杯分のエキストラバージンオリーブオイルと、これでもかという量の刻みニンニク、そして大量の海老を投入した。
ジューッ!! という鼓膜を劈くような快音が響き渡る。
熱せられたオイルがニンニクの香りを一瞬で爆発させ、さらに海老の殻が焼ける香ばしい香りが混ざり合った。
「いけぇぇぇ!!」
魔力扇風機が、その「究極の食欲刺激臭」を前方へと叩きつけた。
「……っ!? な、何よ、この匂いは! 鼻が、鼻がバカになりそうですわ!」
カトリーヌたちが悲鳴を上げた。
彼女たちが放った「苦味の霧」は、イザバラが作り出した圧倒的な「海老とニンニクの熱風」に押し戻され、霧散していく。
「馬鹿な……! 我らの『沈黙の雫』が、ニンニクごときに屈するなんて!」
「ごとき、とは失礼な! ニンニクと海老の組み合わせは、人類の歴史が証明した最強の誘惑ですわよ! ほら、貴方の部下たちを見てごらんなさい!」
イザバラが指差す先では、黒装束の男たちが「……ああ、腹が減った」「なんだこの、たまらない匂いは……」「飯を……飯を食わせろ……」と、武器を投げ出して地面に這いつくばっていた。
「美食の魂は、恐怖や苦痛では消せませんわ。……さあ、閣下、仕上げですわ! 追いバターを投入なさい!」
「……ああ、心得た」
リュカが、貯蔵庫から出してきたばかりの最高級バターを十キロ、鉄鍋に放り込んだ。
バターが熱いオイルの中で溶け、さらにミルクの甘い香りが加わった「最終兵器」が完成する。
「あああああ! ダメ……私の鼻が、私の理性が……! バター……バターって、こんなにいい匂いだったかしら……!」
カトリーヌまでもが、ふらふらと膝をついた。
彼女の「苦味の結社」は、わずか数分の「炒め物の香り」によって、壊滅的な打撃を受けたのである。
「……勝負あり、ですわね」
イザバラは、腰に手を当てて高らかに笑った。
「カトリーヌ様、貴方が何と言おうと、この世界には美味しいものが必要ですの。……さて、閣下。この大量のガーリックシュリンプ、捨てるのは勿体ないですわね?」
「……だろうな。ちょうどいいところに、ハイエナが来ているぞ」
リュカが指差す先、貯蔵庫の影から、ジュリアン王太子がヨダレを垂らしながら姿を現した。
「イ、イザバラ! その海老! そのバター! 私に! 私に一口だけでいいから恵んでくれぇぇぇ!」
「殿下。貴方はそこで、カトリーヌ様を捕縛する仕事があるでしょう? それが終わったら、残りの殻だけなら差し上げますわ」
「殻だけでもいい! 私はその香りを噛み締めたいんだ!」
ジュリアンがカトリーヌの腕を掴みながら、必死に海老を求めて叫ぶ。
こうして、王国のバターは守られた。
だが、連行されるカトリーヌの瞳には、まだ不気味な光が宿っていた。
「……おぼえていなさい……。次は……次は、世界から『塩』を消して差し上げますわ……。塩のない世界で、貴女の美食がどこまで通用するか……楽しみですわね……!」
「……あら、怖い。塩がなければ、岩塩の鉱山ごと買い占めるまでですわよ。オホホホ!」
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