悪役令嬢として婚約破棄されましたが、異議はありません。

鏡おもち

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「……素晴らしい。この、焦げ付いた負債の香りと、混乱が生み出す利鞘(りざや)の輝き。これこそが自由の味ですわね」

 私は今、王都でも活気のある中央広場の市場に立っていました。
 公爵令嬢としての華美なドレスは脱ぎ捨て、上質な、しかし地味な旅装に身を包んでいます。
 隣には、呆れた顔で大きな荷物を持つ執事のセバスが控えていました。

「お嬢様、お忍びの視察とおっしゃいましたが、先程から買われているのは株券と債権ばかり。これではただの買い叩きです」

「失礼な。暴落しそうな紙屑を、私が温情で引き取ってあげているのですわ。見てごらんなさい、あの果物屋の主人の顔を。王宮への納品代金が滞って、今にも泣き出しそうでしょう?」

 私が指差した先では、店主が真っ青な顔で伝票を握りしめていました。
 王宮の会計システムが止まった余波は、すでに末端の商人たちにまで波及しているようです。

「おじさま、その未回収の売掛金、私が三割引きで買い取ってあげましょうか?」

「ええっ!? お、お嬢さん、本当かい? 王家がいつ払ってくれるか分からないこの伝票をかい?」

「ええ。私には、そのお金を確実に回収する『物理的な手段』と『法的なツテ』がありますから。現金が今すぐ必要でしょう?」

 店主は拝むような勢いで私に伝票を差し出しました。
 私はそれをセバスの持つ「回収ボックス」へ放り込み、代わりにピカピカの金貨を渡します。
 これでまた一つ、王家に対する債権が増えましたわ。おーほっほ!

「……お嬢様。これ、後で王家にまとめて請求するつもりですね?」

「当然でしょう? 手数料としてさらに二割上乗せしますわ。救済事業にはコストがかかるものですもの」

 私が市場を練り歩いていると、広場の中央で人だかりができていました。
 どうやら、王宮からの広報官が何らかの発表をしているようです。

「えー、国民の皆様! レナード殿下よりお言葉です!『愛があれば、空腹など些細なことだ! 今こそ真実の愛のために、一時的な無給労働に耐えてほしい』とのことです!」

 広報官の言葉が終わるか終わらないかのうちに、市場には罵声の嵐が吹き荒れました。
「愛で税金が払えるか!」「殿下の頭には花でも咲いてるのか!」という、極めて正当な評価です。

「……殿下も相変わらず、期待を裏切らない無能ぶりですわね。市場経済を精神論でコントロールしようだなんて、紀元前の発想ですわ」

「お嬢様、あちらをご覧ください。例の『真実の愛』の片割れが、護衛も付けずに歩いておりますぞ」

 セバスが指差した先には、豪華な刺繍が施された(しかし、どこか着こなせていない)ドレスを着たシルヴィア様がいました。
 彼女は宝石店のショーウィンドウをうっとりと眺めています。

「まあ、素敵……。レナード様におねだりすれば、きっとこの首飾りも買ってくださるわ。だって、私たちは運命の糸で結ばれているんですもの」

 彼女が店に入ろうとしたその時、店主が塩を撒くような勢いで彼女を追い出しました。

「帰った帰った! 王家御用達の看板はもう下ろしたんだ! ツケで物を買おうとする泥棒に売る宝石はないよ!」

「な、なんですって!? 私は次期王太子妃なのですよ!? 失礼しちゃうわ、愛の価値が分からないなんて!」

 地団駄を踏むシルヴィア様を、私は柱の影から冷ややかに観察しました。
 彼女はまだ気づいていないようです。自分が愛でている王子の財布が、すでに空っぽであることに。

「セバス、あの宝石店。資金繰りが苦しそうなら、私が融資を持ちかけると伝えて。条件は、今後一切、王家への貸し出しを禁止することよ」

「心得ました。徹底的に退路を断たれますな」

「あら、私はただ市場の健全化を願っているだけですわ。……さて、そろそろ喉が渇きましたわね。あそこのテラス席で休憩しましょうか」

 私が指差したカフェのテラス席。そこには、一人でコーヒーを啜る、やけに目立つ美形の男性が座っていました。
 隙のない身のこなし、冷徹そうな瞳。
 彼はこちらの視線に気づくと、優雅にカップを持ち上げ、私に向かって小さく会釈しました。

「……お嬢様、あの方は」

「ええ、知っていますわ。隣国のカイル殿下。……どうやら、向こうから釣られてくださったようですわね」

 私は不敵な笑みを浮かべ、彼の方へと歩き出しました。
 婚約破棄から数日。私の市場価値は、どうやら王国内よりも、国外で高く評価されているようです。
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