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「……奇遇ですわね、カイル殿下。このような庶民的な市場で、隣国の至宝にお目にかかるとは」
私は優雅に、しかしどこか挑戦的な笑みを浮かべて、彼の向かいの席に腰を下ろしました。
カイル殿下は驚く風もなく、冷徹な瞳を細めて私を迎え入れます。
「奇遇、とは白々しいな。君がこの時間に、このルートで市場の債権を買い叩きに来ることは、計算すれば容易に導き出せる。……座れ、ルビー・フォン・ベルシュタイン。いや、『自由の身になった有能な会計士』と呼ぶべきかな?」
「あら、ご明察。でも、お座りくださいと言われる前に座るのが私の流儀ですの。時間の節約になりますから」
私が脚を組むと、カイル殿下は満足げに頷き、セバスに目配せをして新しいコーヒーを注文させました。
「単刀直入に言おう。我が国に来ないか。役職は財務省特別顧問。君の権限で予算の三割を動かしていい。もちろん、全権を委任する」
「……三割? ヴァレンティーノ王国の国家予算の三割といえば、この国の国家予算の半分に相当しますわね。なかなか魅力的な数字ですわ」
「それだけではない。君には専用の執務室、最新の魔導計算機、そして君の指示に従う有能な事務官を五十名つけよう。福利厚生として、王宮内のスイーツは全て無料、休暇も年に三ヶ月は保証する」
私はコーヒーを一口飲み、その香りとともに条件を脳内で精査しました。
悪くない。いえ、破格です。レナード殿下が提示した「事務次官補佐心得(笑)」とは雲泥の差です。
「条件は素晴らしいですわ。でも、カイル殿下。私は高いですわよ? 単なる事務作業をこなすだけの令嬢なら、そこらの修道院で探した方が安上がりですわ」
「フッ……。君に事務作業など求めていない。私が欲しいのは、その『冷徹なまでの最適化能力』だ。君がいれば、我が国の無駄な軍事費を十パーセント削減し、それを全て新産業への投資に回せる。それは十年後、我が国の国力を倍にするだろう。私はその『未来』を買いたいのだ」
カイル殿下の瞳に、一瞬だけ熱い光が宿りました。
愛の告白ではありません。これは、投資家が最高級の株を見つけた時の情熱です。
「……なるほど。私を国力のブースターにしようというわけですね。いいでしょう、その野望、嫌いではありませんわ」
「交渉成立か?」
「いいえ。あと三つ、条件を追加させていただきます」
私は指を三本立てました。
カイル殿下は面白そうに眉を上げ、先を促します。
「一つ、私の仕事に王族であっても一切の口出しをさせないこと。二つ、私がこの国から回収した『王家への債権』を、隣国の名義で肩代わりし、利息を乗せて取り立てること。そして三つ目……」
「三つ目は?」
「私が『お腹が空いた』と言った時、殿下自ら最高級のステーキハウスへエスコートすること。……これは、私の精神衛生上の維持費ですわ」
カイル殿下は一瞬呆然とした後、今日一番の低い声で笑いました。
それは冷徹な王子が見せる、意外なほど人間味のある笑顔でした。
「……面白い。三つ目の条件が一番難易度が高そうだが、受理しよう。君のような女を部下にするなら、それくらいのコストは当然だ」
「部下、ではありませんわ。パートナー、と呼んでいただけますかしら? 私は誰の所有物にもなるつもりはありませんの」
「失礼した。では、『最良のパートナー』として契約書を作成させよう。……ああ、それからルビー。一つ聞き忘れていた」
「なんですの?」
「昨日の夜会で、あのバカ王子を振った時の気分はどうだった?」
私は扇子を広げ、口元を隠して優雅に微笑みました。
「『不良在庫を処分した後の、倉庫の風通しの良さ』。……そんな気分でしたわ」
「ははは! 君は最高だ! 気に入ったよ、ルビー!」
カイル殿下は豪快に笑いながら、私の手を取り、その甲に軽く唇を寄せました。
それは求愛のキスというより、新しいビジネスの開始を祝う、神聖な調印式のようでした。
その時、市場の向こうから「ルビー! どこだルビー!」という、聞き飽きた叫び声が聞こえてきました。
どうやらレナード殿下が、またしても私を連れ戻しに現れたようです。
「おや、あちらの『不良在庫』がまだ未練を残しているようだが?」
「放っておきましょう。これからは、私の時間は全てあなたの国の利益のために使われるのですから。……セバス、荷物をまとめて。明日、私たちは国境を越えますわよ」
「畏まりました、お嬢様。……ステーキの焼き加減は、レアでよろしいですね?」
私は立ち上がり、追いかけてくるレナード殿下の方を一瞥もせず、カイル殿下と共に歩き出しました。
私の新しい帳簿の第一ページには、これから始まる輝かしい「隣国での利益確定」の予定が、びっしりと書き込まれていくことでしょう。
私は優雅に、しかしどこか挑戦的な笑みを浮かべて、彼の向かいの席に腰を下ろしました。
カイル殿下は驚く風もなく、冷徹な瞳を細めて私を迎え入れます。
「奇遇、とは白々しいな。君がこの時間に、このルートで市場の債権を買い叩きに来ることは、計算すれば容易に導き出せる。……座れ、ルビー・フォン・ベルシュタイン。いや、『自由の身になった有能な会計士』と呼ぶべきかな?」
「あら、ご明察。でも、お座りくださいと言われる前に座るのが私の流儀ですの。時間の節約になりますから」
私が脚を組むと、カイル殿下は満足げに頷き、セバスに目配せをして新しいコーヒーを注文させました。
「単刀直入に言おう。我が国に来ないか。役職は財務省特別顧問。君の権限で予算の三割を動かしていい。もちろん、全権を委任する」
「……三割? ヴァレンティーノ王国の国家予算の三割といえば、この国の国家予算の半分に相当しますわね。なかなか魅力的な数字ですわ」
「それだけではない。君には専用の執務室、最新の魔導計算機、そして君の指示に従う有能な事務官を五十名つけよう。福利厚生として、王宮内のスイーツは全て無料、休暇も年に三ヶ月は保証する」
私はコーヒーを一口飲み、その香りとともに条件を脳内で精査しました。
悪くない。いえ、破格です。レナード殿下が提示した「事務次官補佐心得(笑)」とは雲泥の差です。
「条件は素晴らしいですわ。でも、カイル殿下。私は高いですわよ? 単なる事務作業をこなすだけの令嬢なら、そこらの修道院で探した方が安上がりですわ」
「フッ……。君に事務作業など求めていない。私が欲しいのは、その『冷徹なまでの最適化能力』だ。君がいれば、我が国の無駄な軍事費を十パーセント削減し、それを全て新産業への投資に回せる。それは十年後、我が国の国力を倍にするだろう。私はその『未来』を買いたいのだ」
カイル殿下の瞳に、一瞬だけ熱い光が宿りました。
愛の告白ではありません。これは、投資家が最高級の株を見つけた時の情熱です。
「……なるほど。私を国力のブースターにしようというわけですね。いいでしょう、その野望、嫌いではありませんわ」
「交渉成立か?」
「いいえ。あと三つ、条件を追加させていただきます」
私は指を三本立てました。
カイル殿下は面白そうに眉を上げ、先を促します。
「一つ、私の仕事に王族であっても一切の口出しをさせないこと。二つ、私がこの国から回収した『王家への債権』を、隣国の名義で肩代わりし、利息を乗せて取り立てること。そして三つ目……」
「三つ目は?」
「私が『お腹が空いた』と言った時、殿下自ら最高級のステーキハウスへエスコートすること。……これは、私の精神衛生上の維持費ですわ」
カイル殿下は一瞬呆然とした後、今日一番の低い声で笑いました。
それは冷徹な王子が見せる、意外なほど人間味のある笑顔でした。
「……面白い。三つ目の条件が一番難易度が高そうだが、受理しよう。君のような女を部下にするなら、それくらいのコストは当然だ」
「部下、ではありませんわ。パートナー、と呼んでいただけますかしら? 私は誰の所有物にもなるつもりはありませんの」
「失礼した。では、『最良のパートナー』として契約書を作成させよう。……ああ、それからルビー。一つ聞き忘れていた」
「なんですの?」
「昨日の夜会で、あのバカ王子を振った時の気分はどうだった?」
私は扇子を広げ、口元を隠して優雅に微笑みました。
「『不良在庫を処分した後の、倉庫の風通しの良さ』。……そんな気分でしたわ」
「ははは! 君は最高だ! 気に入ったよ、ルビー!」
カイル殿下は豪快に笑いながら、私の手を取り、その甲に軽く唇を寄せました。
それは求愛のキスというより、新しいビジネスの開始を祝う、神聖な調印式のようでした。
その時、市場の向こうから「ルビー! どこだルビー!」という、聞き飽きた叫び声が聞こえてきました。
どうやらレナード殿下が、またしても私を連れ戻しに現れたようです。
「おや、あちらの『不良在庫』がまだ未練を残しているようだが?」
「放っておきましょう。これからは、私の時間は全てあなたの国の利益のために使われるのですから。……セバス、荷物をまとめて。明日、私たちは国境を越えますわよ」
「畏まりました、お嬢様。……ステーキの焼き加減は、レアでよろしいですね?」
私は立ち上がり、追いかけてくるレナード殿下の方を一瞥もせず、カイル殿下と共に歩き出しました。
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