悪役令嬢として婚約破棄されましたが、異議はありません。

鏡おもち

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「……シルヴィア。これは一体、何の真似だ?」

 王妃主催、春の園遊会。
 本来ならば王国の権威を示すべき高貴な茶会で、王妃殿下の冷徹な声が響きました。
 目の前のテーブルには、どす黒い紫色の液体が入ったカップと、形が崩れたパサパサのスコーンが並んでいます。

「ええっと、これは『真実の愛のハーブティー』ですわ! 私が市場で一番安く……あ、いえ、一番情熱的な色をしているものを選びましたの!」

 シルヴィア様は、フリルだらけのドレスの裾をいじりながら、上目遣いで王妃様を見上げました。
 しかし、王妃様の眉間の皺は深くなる一方です。

「情熱的? これは毒見役が一口飲んで『雑草の煮汁のようだ』と悶絶した飲み物よ。……それに、このスコーンは何? 我が国の誇る料理長が作ったものとは到底思えないけれど」

「あ、それは……経費削減のために、私が近所のパン屋さんの余り物を安く譲り受けてきましたの! ルビー様が『無駄遣いはいけない』と仰っていたので、私もお力になろうと思って……」

 招待された高位貴族の令嬢たちが、一斉に扇子で口元を隠しました。
 そこかしこから、「信じられない」「これがあの完璧なルビー様の代わり?」という、鋭いささやき声が漏れ聞こえてきます。

「シルヴィア様……。茶会の準備というのは、ただ安いものを並べることではありませんわ。招待客の好みを把握し、季節に合わせた演出を施し、何より『最高級の贅沢』を演出するのがホストの務めです」

「でも、愛があれば、味なんて関係ないってレナード様が……」

「愛で胃もたれを治せるのかしら? ……レナード、貴方も何か言いなさい」

 王妃様に振られたレナード殿下は、冷や汗を拭いながら立ち上がりました。
 彼の周りにも、ハエを追い払うような冷たい視線が突き刺さっています。

「は、母上。シルヴィアはまだ慣れていないだけです! これから教育すれば、ルビー以上の……」

「その教育を担当していたのはルビー様でしょう? 彼女がいなくなった今、誰がこの無知な娘を導くというの。……見てごらんなさい、あちらのテーブルを」

 王妃様が指差した先では、給仕たちがパニックに陥っていました。
 ルビーが作成していた『茶会運営マニュアル:分単位スケジュール版』が紛失したため、紅茶を出すタイミングも、皿を下げる順番も、全てが滅茶苦茶になっていたのです。

「ああ、もう! ルビー様がいらっしゃった時は、座っているだけで最高のタイミングでケーキが出てきたのに!」

「このお茶、渋すぎて飲めたものじゃないわ。……ルビー様、今どこにいらっしゃるの?」

 令嬢たちの不満は、もはや隠しようもありません。
 社交界の女王として君臨していたルビーがいなくなったことで、この国の社交そのものが「泥船」のように沈み始めていたのです。

「レナード様ぁ……皆様、どうしてそんなに怒っていらっしゃるの? 私がこんなに頑張って、節約したのに……」

 シルヴィア様がポロポロと涙をこぼしました。
 いつもなら「可愛いな」と助けに入るレナード殿下でしたが、今日ばかりは自分の立場を守るのに必死でした。

「シルヴィア、少し静かにしていなさい! ……母上、申し訳ありません。すぐに別の菓子を用意させます!」

「無理よ。厨房の管理帳簿もルビー様がロックしたままだから、予備の食材一つ出すのにも許可証が必要なんですって? ……貴方が彼女を追い出した代償は、想像以上に高くついているようね」

 王妃様は一口も付けずに席を立ちました。
 主賓が去る。それは茶会としての「完全な敗北」を意味します。

「……あ、あう……。レナード様……」

「うるさい! もう泣くな! ……ああっ、誰か! 誰でもいいからルビーを連れ戻してこい! 今すぐだ!」

 レナード殿下の叫びは、虚しく庭園に響き渡りました。
 その頃、隣国のルビーは、カイル殿下と共に最高級のレストランで「一切の妥協がない」ステーキを楽しんでいました。

「……あら。カイル殿下、なんだか遠くで『無能の断末魔』が聞こえた気がしますわ」

「気のせいだろう。……それよりルビー、このワインはどうだ? 君が算出した、今年の最高の収穫年(ヴィンテージ)のものだぞ」

「素晴らしいですわ。やはり、正しい知識と予算が生む結果は、裏切りませんわね」

 ルビーは優雅にグラスを傾け、自滅していく元婚約者たちのことなど、一秒も思い出さずに微笑むのでした。
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