13 / 28
13
しおりを挟む
「……シルヴィア。これは一体、何の真似だ?」
王妃主催、春の園遊会。
本来ならば王国の権威を示すべき高貴な茶会で、王妃殿下の冷徹な声が響きました。
目の前のテーブルには、どす黒い紫色の液体が入ったカップと、形が崩れたパサパサのスコーンが並んでいます。
「ええっと、これは『真実の愛のハーブティー』ですわ! 私が市場で一番安く……あ、いえ、一番情熱的な色をしているものを選びましたの!」
シルヴィア様は、フリルだらけのドレスの裾をいじりながら、上目遣いで王妃様を見上げました。
しかし、王妃様の眉間の皺は深くなる一方です。
「情熱的? これは毒見役が一口飲んで『雑草の煮汁のようだ』と悶絶した飲み物よ。……それに、このスコーンは何? 我が国の誇る料理長が作ったものとは到底思えないけれど」
「あ、それは……経費削減のために、私が近所のパン屋さんの余り物を安く譲り受けてきましたの! ルビー様が『無駄遣いはいけない』と仰っていたので、私もお力になろうと思って……」
招待された高位貴族の令嬢たちが、一斉に扇子で口元を隠しました。
そこかしこから、「信じられない」「これがあの完璧なルビー様の代わり?」という、鋭いささやき声が漏れ聞こえてきます。
「シルヴィア様……。茶会の準備というのは、ただ安いものを並べることではありませんわ。招待客の好みを把握し、季節に合わせた演出を施し、何より『最高級の贅沢』を演出するのがホストの務めです」
「でも、愛があれば、味なんて関係ないってレナード様が……」
「愛で胃もたれを治せるのかしら? ……レナード、貴方も何か言いなさい」
王妃様に振られたレナード殿下は、冷や汗を拭いながら立ち上がりました。
彼の周りにも、ハエを追い払うような冷たい視線が突き刺さっています。
「は、母上。シルヴィアはまだ慣れていないだけです! これから教育すれば、ルビー以上の……」
「その教育を担当していたのはルビー様でしょう? 彼女がいなくなった今、誰がこの無知な娘を導くというの。……見てごらんなさい、あちらのテーブルを」
王妃様が指差した先では、給仕たちがパニックに陥っていました。
ルビーが作成していた『茶会運営マニュアル:分単位スケジュール版』が紛失したため、紅茶を出すタイミングも、皿を下げる順番も、全てが滅茶苦茶になっていたのです。
「ああ、もう! ルビー様がいらっしゃった時は、座っているだけで最高のタイミングでケーキが出てきたのに!」
「このお茶、渋すぎて飲めたものじゃないわ。……ルビー様、今どこにいらっしゃるの?」
令嬢たちの不満は、もはや隠しようもありません。
社交界の女王として君臨していたルビーがいなくなったことで、この国の社交そのものが「泥船」のように沈み始めていたのです。
「レナード様ぁ……皆様、どうしてそんなに怒っていらっしゃるの? 私がこんなに頑張って、節約したのに……」
シルヴィア様がポロポロと涙をこぼしました。
いつもなら「可愛いな」と助けに入るレナード殿下でしたが、今日ばかりは自分の立場を守るのに必死でした。
「シルヴィア、少し静かにしていなさい! ……母上、申し訳ありません。すぐに別の菓子を用意させます!」
「無理よ。厨房の管理帳簿もルビー様がロックしたままだから、予備の食材一つ出すのにも許可証が必要なんですって? ……貴方が彼女を追い出した代償は、想像以上に高くついているようね」
王妃様は一口も付けずに席を立ちました。
主賓が去る。それは茶会としての「完全な敗北」を意味します。
「……あ、あう……。レナード様……」
「うるさい! もう泣くな! ……ああっ、誰か! 誰でもいいからルビーを連れ戻してこい! 今すぐだ!」
レナード殿下の叫びは、虚しく庭園に響き渡りました。
その頃、隣国のルビーは、カイル殿下と共に最高級のレストランで「一切の妥協がない」ステーキを楽しんでいました。
「……あら。カイル殿下、なんだか遠くで『無能の断末魔』が聞こえた気がしますわ」
「気のせいだろう。……それよりルビー、このワインはどうだ? 君が算出した、今年の最高の収穫年(ヴィンテージ)のものだぞ」
「素晴らしいですわ。やはり、正しい知識と予算が生む結果は、裏切りませんわね」
ルビーは優雅にグラスを傾け、自滅していく元婚約者たちのことなど、一秒も思い出さずに微笑むのでした。
王妃主催、春の園遊会。
本来ならば王国の権威を示すべき高貴な茶会で、王妃殿下の冷徹な声が響きました。
目の前のテーブルには、どす黒い紫色の液体が入ったカップと、形が崩れたパサパサのスコーンが並んでいます。
「ええっと、これは『真実の愛のハーブティー』ですわ! 私が市場で一番安く……あ、いえ、一番情熱的な色をしているものを選びましたの!」
シルヴィア様は、フリルだらけのドレスの裾をいじりながら、上目遣いで王妃様を見上げました。
しかし、王妃様の眉間の皺は深くなる一方です。
「情熱的? これは毒見役が一口飲んで『雑草の煮汁のようだ』と悶絶した飲み物よ。……それに、このスコーンは何? 我が国の誇る料理長が作ったものとは到底思えないけれど」
「あ、それは……経費削減のために、私が近所のパン屋さんの余り物を安く譲り受けてきましたの! ルビー様が『無駄遣いはいけない』と仰っていたので、私もお力になろうと思って……」
招待された高位貴族の令嬢たちが、一斉に扇子で口元を隠しました。
そこかしこから、「信じられない」「これがあの完璧なルビー様の代わり?」という、鋭いささやき声が漏れ聞こえてきます。
「シルヴィア様……。茶会の準備というのは、ただ安いものを並べることではありませんわ。招待客の好みを把握し、季節に合わせた演出を施し、何より『最高級の贅沢』を演出するのがホストの務めです」
「でも、愛があれば、味なんて関係ないってレナード様が……」
「愛で胃もたれを治せるのかしら? ……レナード、貴方も何か言いなさい」
王妃様に振られたレナード殿下は、冷や汗を拭いながら立ち上がりました。
彼の周りにも、ハエを追い払うような冷たい視線が突き刺さっています。
「は、母上。シルヴィアはまだ慣れていないだけです! これから教育すれば、ルビー以上の……」
「その教育を担当していたのはルビー様でしょう? 彼女がいなくなった今、誰がこの無知な娘を導くというの。……見てごらんなさい、あちらのテーブルを」
王妃様が指差した先では、給仕たちがパニックに陥っていました。
ルビーが作成していた『茶会運営マニュアル:分単位スケジュール版』が紛失したため、紅茶を出すタイミングも、皿を下げる順番も、全てが滅茶苦茶になっていたのです。
「ああ、もう! ルビー様がいらっしゃった時は、座っているだけで最高のタイミングでケーキが出てきたのに!」
「このお茶、渋すぎて飲めたものじゃないわ。……ルビー様、今どこにいらっしゃるの?」
令嬢たちの不満は、もはや隠しようもありません。
社交界の女王として君臨していたルビーがいなくなったことで、この国の社交そのものが「泥船」のように沈み始めていたのです。
「レナード様ぁ……皆様、どうしてそんなに怒っていらっしゃるの? 私がこんなに頑張って、節約したのに……」
シルヴィア様がポロポロと涙をこぼしました。
いつもなら「可愛いな」と助けに入るレナード殿下でしたが、今日ばかりは自分の立場を守るのに必死でした。
「シルヴィア、少し静かにしていなさい! ……母上、申し訳ありません。すぐに別の菓子を用意させます!」
「無理よ。厨房の管理帳簿もルビー様がロックしたままだから、予備の食材一つ出すのにも許可証が必要なんですって? ……貴方が彼女を追い出した代償は、想像以上に高くついているようね」
王妃様は一口も付けずに席を立ちました。
主賓が去る。それは茶会としての「完全な敗北」を意味します。
「……あ、あう……。レナード様……」
「うるさい! もう泣くな! ……ああっ、誰か! 誰でもいいからルビーを連れ戻してこい! 今すぐだ!」
レナード殿下の叫びは、虚しく庭園に響き渡りました。
その頃、隣国のルビーは、カイル殿下と共に最高級のレストランで「一切の妥協がない」ステーキを楽しんでいました。
「……あら。カイル殿下、なんだか遠くで『無能の断末魔』が聞こえた気がしますわ」
「気のせいだろう。……それよりルビー、このワインはどうだ? 君が算出した、今年の最高の収穫年(ヴィンテージ)のものだぞ」
「素晴らしいですわ。やはり、正しい知識と予算が生む結果は、裏切りませんわね」
ルビーは優雅にグラスを傾け、自滅していく元婚約者たちのことなど、一秒も思い出さずに微笑むのでした。
1
あなたにおすすめの小説
働かないつもりでしたのに、気づけば全部うまくいっていました ――自由に生きる貴族夫人と溺愛旦那様』
鷹 綾
恋愛
前世では、仕事に追われるだけの人生を送り、恋も自由も知らないまま終わった私。
だからこそ転生後に誓った――
「今度こそ、働かずに優雅に生きる!」 と。
気づけば貴族夫人、しかも結婚相手は冷静沈着な名門貴族リチャード様。
「君は何もしなくていい。自由に過ごしてくれ」
――理想的すぎる条件に、これは勝ち確人生だと思ったのに。
なぜか気づけば、
・屋敷の管理を改善して使用人の待遇が激変
・夫の仕事を手伝ったら経理改革が大成功
・興味本位で教えた簿記と珠算が商業界に革命を起こす
・商人ギルドの顧問にまで祭り上げられる始末
「あれ? 私、働かない予定でしたよね???」
自分から出世街道を爆走するつもりはなかったはずなのに、
“やりたいことをやっていただけ”で、世界のほうが勝手に変わっていく。
一方、そんな彼女を静かに見守り続けていた夫・リチャードは、
実は昔から彼女を想い続けていた溺愛系旦那様で――。
「君が選ぶなら、私はずっとそばにいる」
働かないつもりだった貴族夫人が、
自由・仕事・愛情のすべてを“自分で選ぶ”人生に辿り着く物語。
これは、
何もしないはずだったのに、幸せだけは全部手に入れてしまった女性の物語。
婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。
黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」
豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。
しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。
あの日々に戻りたくない!自称聖女の義妹に夫と娘を奪われた妃は、死に戻り聖女の力で復讐を果たす
青の雀
恋愛
公爵令嬢スカーレット・ロッテンマイヤーには、前世の記憶がある。
幼いときに政略で結ばれたジェミニ王国の第1王子ロベルトと20歳の時に結婚した。
スカーレットには、7歳年下の義妹リリアーヌがいるが、なぜかリリアーヌは、ロッテンマイヤー家に来た時から聖女様を名乗っている。
ロッテンマイヤーは、代々異能を輩出している家柄で、元は王族
物語は、前世、夫に殺されたところから始まる。
アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
旦那様には愛人がいますが気にしません。
りつ
恋愛
イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。
※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。
裏切られた令嬢は、30歳も年上の伯爵さまに嫁ぎましたが、白い結婚ですわ。
夏生 羽都
恋愛
王太子の婚約者で公爵令嬢でもあったローゼリアは敵対派閥の策略によって生家が没落してしまい、婚約も破棄されてしまう。家は子爵にまで落とされてしまうが、それは名ばかりの爵位で、実際には平民と変わらない生活を強いられていた。
辛い生活の中で母親のナタリーは体調を崩してしまい、ナタリーの実家がある隣国のエルランドへ行き、一家で亡命をしようと考えるのだが、安全に国を出るには貴族の身分を捨てなければいけない。しかし、ローゼリアを王太子の側妃にしたい国王が爵位を返す事を許さなかった。
側妃にはなりたくないが、自分がいては家族が国を出る事が出来ないと思ったローゼリアは、家族を出国させる為に30歳も年上である伯爵の元へ後妻として一人で嫁ぐ事を自分の意思で決めるのだった。
※作者独自の世界観によって創作された物語です。細かな設定やストーリー展開等が気になってしまうという方はブラウザバッグをお願い致します。
《完結》「パパはいますか?」ある日、夫に似た子供が訪ねて来た。
ヴァンドール
恋愛
嫁いですぐに夫は戦地に赴いた。すると突然一人の男の子が訪ねて来た「パパはいますか?」
その子供の顔は戦地に行った夫にそっくりだった。
厄介払いされてしまいました
たくわん
恋愛
侯爵家の次女エリアーナは、美人の姉ロザリンドと比べられ続け、十八年間冷遇されてきた。
十八歳の誕生日、父から告げられたのは「辺境の老伯爵に嫁げ」という厄介払いの命令。
しかし、絶望しながらも辺境へ向かったエリアーナを待っていたのは――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる