悪役令嬢として婚約破棄されましたが、異議はありません。

鏡おもち

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「……よし、目標を確認。あのバルコニーで優雅に茶をしばいているのが、我が国の『重要機密(ルビー)』だ。いいか、音を立てるなよ。一気に確保して連れ戻すぞ」

 深夜のヴァレンティーノ王宮。バルコニーの下の植え込みに、黒ずくめの男たちが潜んでいました。
 アステリア王国騎士団の精鋭……のはずですが、彼らの装備は所々が錆び、お腹からは「ぐぅー」という情けない音が漏れています。

「団長、本当に行くんですか? 俺たち、三日もまともな飯を食べてないんですよ。支給されたのはレナード殿下のサイン入りの『愛のブロマイド』だけですし……」

「黙れ! ルビー様さえ連れ戻せば、あの方がなんとかしてくれる! あの方はそういう魔法使いみたいな女なんだ!」

 団長が震える手でバルコニーに鉤縄をかけようとした、その時でした。
 頭上から、ひんやりとした、しかし鈴の音のように美しい声が降ってきました。

「あら。不法侵入の現行犯にしては、随分と動作が緩慢ですわね。アステリア王国の騎士教育は、三週間でこれほどまでに退化したのかしら?」

 見上げると、そこには月光を浴びて輝くルビー様が、扇子を手に立っていました。
 横には、不気味なほど無表情な執事、セバスが巨大な『計算機』を持って控えています。

「る、ルビー様! お迎えに上がりました! さあ、我らと共に戻りましょう! 殿下があなたを必要としておられます!」

「『必要』ではなく『依存』の間違いではないかしら? ……セバス。彼らの装備の減価償却費と、今回の不法侵入に伴う警備コストの増分を算出して」

「はい、お嬢様。……算出完了。彼らの装備はもはや鉄屑同等。一方で、こちらの迎撃にかかる人件費の方が高くつきます。非常にコスパの悪い相手でございますな」

 団長は顔を真っ赤にして、無理やりバルコニーへ登ってきました。
 しかし、彼がルビー様の腕を掴もうとした瞬間、足元のタイルが『カチッ』と音を立てました。

「な、なんだ!? 罠か!?」

「いいえ。最新式の『納税・滞納チェック魔法陣』ですわ。そこに足を置いた者の財産状況が瞬時に可視化されます。……あらあら、団長。あなたの銀行口座、残高が金貨三枚しかありませんわね? 騎士団の年金積立もレナード殿下に使い込まれているようですわ」

 魔法陣から浮かび上がった『残高:3』という無慈悲な数字。
 団長はその場に崩れ落ち、嗚咽を漏らしました。

「そ、そんな……。俺が必死に貯めた結婚資金が……殿下のシルヴィア様への特注香水代に消えたというのか……っ!」

「お気の毒に。……でも、朗報がありますわ。セバス、例のものを」

 セバスが差し出したのは、誘拐の縄ではなく、一枚の『再就職希望調査票』でした。

「現在、ヴァレンティーノ王国では国境警備隊の増員を募集しております。初任給はアステリア王国の三倍、昼食は肉料理付き、さらに『王子が勝手に口座から金を引き出す』という理不尽なシステムもございませんわ。……どうかしら、誘拐犯として処刑されるのと、ここで契約書にサインするの。どちらの方が利益が高い?」

 植え込みに隠れていた騎士たちが、一斉に飛び出してきました。

「肉……! 肉が食えるのか!?」

「殿下の下でポエムの朗読をさせられるより、百倍マシだ!」

「団長! もう戻りたくありません! 俺、まともな生活がしたいです!」

 騎士団長は、涙でぐちゃぐちゃになった顔を上げ、ルビー様の足元に跪きました。

「……ルビー様。あなたは……あなたは悪役令嬢などではない。……女神だ。……いや、最高執行責任者(CEO)だ!」

「女神でもCEOでもいいですが、サインは黒のインクでお願いね。……あら、カイル殿下。終わりましたわよ」

 バルコニーの奥から、カイル殿下が呆れた様子で現れました。

「……ルビー。誘拐部隊を丸ごとヘッドハンティングするとは、君の防衛手段はいつも想定外だな」

「あら。武力衝突はコストの無駄ですもの。相手の『不満』という負債を『雇用』という資産に変える。これぞ、完璧なリスクマネジメントですわ」

 カイル殿下は笑いながら、私の肩を抱き寄せました。

「お前たちの元主人のレナードには、こう伝えておこう。『誘拐部隊は、より良い労働条件を求めて我が国に亡命した。今後の交渉は、労働組合を通して行え』とな」

 こうして、アステリア王国最強の精鋭部隊は、わずか一食の肉とルビー様の現実的な提案により、あっけなく寝返ったのでした。
 翌朝、彼らがバルコニーに残していったのは、錆びた剣と、レナード殿下の『愛のブロマイド(踏み絵として使用済み)』だけでした。

 誘拐未遂。
 それはルビー様にとって、隣国の軍事力をノーコストで増強させるための、実にお得なイベントに過ぎなかったのでした。
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