悪役令嬢として婚約破棄されましたが、異議はありません。

鏡おもち

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「止まれ! 止まらぬか! その馬車には我が国の最重要機密……ではなく、私の婚約者が乗っているのだぞ!」

 アステリア王国とヴァレンティーノ王国の国境検問所。
 そこには、ボロボロの軍服を着た数人の兵士を引き連れ、馬上で必死に叫ぶレナード殿下の姿がありました。
 対するは、鉄壁の守りを誇る隣国の国境守備隊。そして、優雅に停車する一台の豪華な馬車。

「……セバス。外が騒がしいわね。未払いの債務者が、最後の取り立てを恐れて暴れているのかしら?」

 馬車の中で、私はカイル殿下に寄り添いながら、窓の外を冷ややかに眺めました。

「いや、どうやら君を『所有物』だと言い張る、学習能力ゼロの王子が道を塞いでいるようだ。……やれやれ、国際法という言葉を彼の辞書に書き込んでやる必要があるな」

 カイル殿下は溜息をつき、私の手を取って馬車の外へと降りました。
 その瞬間、レナード殿下の目が血走りました。

「ルビー! やはりそこにいたか! 貴様、隣国の王子と婚約するなど、国家反逆罪だぞ! 今すぐこちらへ戻れ! さもなくば、武力をもってしても……っ!」

「武力、ですか。殿下、後ろにいらっしゃる五人の兵士の方々のことかしら? 皆さん、槍の持ち方すらおぼつかないようですが。……あ、そこの彼。空腹で膝が震えていますわよ?」

 私が指差すと、一人の兵士が「……昨日から、干し肉一枚しか食べてないんです」と泣き言を漏らしました。

「黙れ! これは聖戦だ! 愛を取り戻すための戦いなんだ!」

「殿下。あなたの仰る『愛』の維持費を捻出するために、彼らの食費が削られたという事実に気づいていらっしゃらないの? ……カイル殿下、この状況、外交的にはどう処理されます?」

 カイル殿下は一歩前に出ました。
 その背中からは、本物の王者の威圧感が溢れ出しています。

「レナード・フォン・アステリア。君に警告する。ルビーは現在、我が国の『財務特別顧問』であり、かつ私の『正式な婚約者』だ。彼女の身柄は、ヴァレンティーノ王国の最高レベルの外交特権によって保護されている」

「な、なんだと……!? 婚約など認めるものか!」

「認める認めないの問題ではない。これは既に国際機関に登記済みの事実だ。……君がこれ以上、彼女の通行を妨害するなら、我が国はアステリア王国に対し、『全資産の即時凍結』および『生活必需品の輸出禁止』を含む、最大級の経済制裁を発動する」

 経済制裁。その言葉に、レナード殿下だけでなく、後ろの兵士たちも凍りつきました。

「ぜ、ぜんしさんとうけつ……?」

「簡単に言えば、あなたの国の通貨は明日からただの紙屑になり、王宮のテーブルにはパン一枚並ばなくなる、ということですわ。……それでもまだ、私を連れ戻したいかしら?」

 私は馬車のステップに立ち、扇子を広げて微笑みました。

「殿下、今のあなたに私を養うコストが払えますの? 私の年俸は、今のあなたの国の税収の三割に相当しますわよ?」

「さ、さんわり……っ!?」

「ええ。私を連れ戻した瞬間、あなたの国は財政破綻(デフォルト)しますわ。……さあ、愛をとって国を滅ぼすか、見栄を捨てて平和に飢えるか。好きな方を選びなさいな」

 レナード殿下は、絶望したように口をパクパクさせました。
 すると、後ろにいた兵士たちが、ついに槍を地面に投げ捨てました。

「殿下、もう無理です! 俺たち、紙屑のために死ぬのは御免です!」

「ルビー様! どうか隣国で幸せになってください! ついでに、たまに救援物資を送ってください!」

「こ、こら! 貴様ら、反乱か! 待て、行くな!」

 兵士たちはレナード殿下を置いて、一目散に自国の検問所へと逃げ帰っていきました。
 国境に残されたのは、孤独な王子と、冷徹な未来の女王候補だけ。

「……勝負あったな。行こう、ルビー。無駄な交渉に費やす時間は、もう一秒もない」

「ええ。カイル殿下、次の議題は『アステリア王国の救済合併(買収)案』にしましょうか?」

「ハハハ。君は本当に、慈悲深いな(えげつないな)」

 私たちは馬車に戻り、呆然と立ち尽くすレナード殿下を置き去りにして、堂々と国境を越えました。
 私の後ろで、ガチャンと国境のゲートが閉まる音。
 それは、私の忌々しい過去との完全な決別の音でした。

 国境の攻防戦。
 それは戦いと呼ぶにはあまりに一方的な、私の「市場独占」の宣言に過ぎませんでした。
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