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「……何かしら、この素晴らしい空気は。酸素の濃度まで計算されているのではないかと思うほど、仕事が捗りますわ」
ヴァレンティーノ王国の財務省、最上階。
私は、新調された特注の事務机に向かい、至福の溜息をつきました。
前の国の、インクの染みがこびりついた古い机とはおさらばです。
「お嬢様、本日のスケジュールです。九時から税収予測の修正、十時から商工会との会合、十一時からは……」
「待って、セバス。十一時の枠に『カイル殿下とのティータイム(予算会議含む)』が入っていないけれど?」
「失礼いたしました。殿下より『ルビーの休憩時間は国家の防衛ラインだ。必ず確保せよ』との厳命が下っております」
……なんということでしょう。
この国は、私の労働力を搾取するのではなく、適切に『メンテナンス』しようという意志を感じます。
これこそが真の先進国。これこそが、私が求めていた「効率的な楽園」ですわ。
「……失礼いたします。ルビー様、こちらが今朝の市場価格の変動データです。零点三秒ほど提出が遅れましたこと、深くお詫び申し上げます」
部屋に入ってきたのは、眼鏡をかけた銀髪の女性事務官、エルザでした。
彼女は私のためにカイル殿下が用意した、国内屈指の「論理モンスター」です。
「零点三秒? エルザ、あなたにしては珍しいミスですわね。何か外的要因でもあったのかしら?」
「はい。廊下でアステリア王国の亡命騎士たちが『肉のお代わり』を求めてデモを行っており、進路を零点一メートルほど迂回せざるを得ませんでした」
「……あの食いしん坊たち、相変わらずですわね。後で彼らの給与から『デモによる業務妨害損失分』を天引きしておいてちょうだい」
「承知いたしました。……ところでルビー様。昨日提出された『全土の物流網・地下水路活用プラン』ですが、計算に一点だけ、不合理な点が見受けられます」
エルザが私の机に書類を置きました。
彼女の瞳には、かつての私と同じ「数字以外の不純物を許さない」鋭い光が宿っています。
「あら。私の計算に不合理? 面白いわ、聞かせてくださる?」
「第三区画の荷揚げにかかる時間を、既存の魔法リフト基準で算出されていますが、来月導入予定の新型リフトならば、さらに四パーセントの短縮が可能です。……なぜ、最新の投資情報を反映させなかったのですか?」
私は思わず、手に持っていた羽ペンを回しました。
ああ、これですわ。
前の国では「ルビー様は冷たい」「数字ばかりで心がない」と陰口を叩かれていたけれど、ここでは「もっと数字を詰めろ」と突き返される。
「ふふ、合格よエルザ。実はそれ、わざと残しておいた『隙』ですの。あなたがどこまで最新の予算案を読み込んでいるか、テストさせていただいたのよ」
「……光栄です。ですが、私の業務時間をテストに費やさせるのは、リソースの無駄ではないかと思われます」
「おーほっほっほ! 言うわね! ええ、その通りよ! さあ、今すぐ修正して、カイル殿下を驚かせてあげましょう!」
私がエルザと高速で議論(という名の罵倒混じりの最適化)を繰り広げていると、扉の向こうからカイル殿下が顔を出しました。
「……セバス。あの中に、入り込む隙はあるか?」
「恐れながら殿下。あそこは現在、論理と数字の嵐が吹き荒れる『絶対零度の聖域』となっております。常人が入れば、たちまちのうちに論破されて粉砕されるでしょう」
「……私の婚約者は、どうやら最強の相棒を見つけてしまったようだな。私の出番が、ティータイムの給仕係くらいしか残っていない気がするぞ」
カイル殿下は苦笑いしながら、最高級の茶葉が入った缶を持って大人しく待機し始めました。
前の国では「悪役」と呼ばれ、疎まれていた私の能力。
ここではそれが「標準」であり、「武器」として称えられる。
私は、エルザと向き合いながら、心底楽しそうに算盤を弾きました。
ルビー・フォン・ベルシュタイン。
私の新生活は、かつてないほど刺激的で、そして恐ろしいほど「高効率」に回り始めたのでした。
ヴァレンティーノ王国の財務省、最上階。
私は、新調された特注の事務机に向かい、至福の溜息をつきました。
前の国の、インクの染みがこびりついた古い机とはおさらばです。
「お嬢様、本日のスケジュールです。九時から税収予測の修正、十時から商工会との会合、十一時からは……」
「待って、セバス。十一時の枠に『カイル殿下とのティータイム(予算会議含む)』が入っていないけれど?」
「失礼いたしました。殿下より『ルビーの休憩時間は国家の防衛ラインだ。必ず確保せよ』との厳命が下っております」
……なんということでしょう。
この国は、私の労働力を搾取するのではなく、適切に『メンテナンス』しようという意志を感じます。
これこそが真の先進国。これこそが、私が求めていた「効率的な楽園」ですわ。
「……失礼いたします。ルビー様、こちらが今朝の市場価格の変動データです。零点三秒ほど提出が遅れましたこと、深くお詫び申し上げます」
部屋に入ってきたのは、眼鏡をかけた銀髪の女性事務官、エルザでした。
彼女は私のためにカイル殿下が用意した、国内屈指の「論理モンスター」です。
「零点三秒? エルザ、あなたにしては珍しいミスですわね。何か外的要因でもあったのかしら?」
「はい。廊下でアステリア王国の亡命騎士たちが『肉のお代わり』を求めてデモを行っており、進路を零点一メートルほど迂回せざるを得ませんでした」
「……あの食いしん坊たち、相変わらずですわね。後で彼らの給与から『デモによる業務妨害損失分』を天引きしておいてちょうだい」
「承知いたしました。……ところでルビー様。昨日提出された『全土の物流網・地下水路活用プラン』ですが、計算に一点だけ、不合理な点が見受けられます」
エルザが私の机に書類を置きました。
彼女の瞳には、かつての私と同じ「数字以外の不純物を許さない」鋭い光が宿っています。
「あら。私の計算に不合理? 面白いわ、聞かせてくださる?」
「第三区画の荷揚げにかかる時間を、既存の魔法リフト基準で算出されていますが、来月導入予定の新型リフトならば、さらに四パーセントの短縮が可能です。……なぜ、最新の投資情報を反映させなかったのですか?」
私は思わず、手に持っていた羽ペンを回しました。
ああ、これですわ。
前の国では「ルビー様は冷たい」「数字ばかりで心がない」と陰口を叩かれていたけれど、ここでは「もっと数字を詰めろ」と突き返される。
「ふふ、合格よエルザ。実はそれ、わざと残しておいた『隙』ですの。あなたがどこまで最新の予算案を読み込んでいるか、テストさせていただいたのよ」
「……光栄です。ですが、私の業務時間をテストに費やさせるのは、リソースの無駄ではないかと思われます」
「おーほっほっほ! 言うわね! ええ、その通りよ! さあ、今すぐ修正して、カイル殿下を驚かせてあげましょう!」
私がエルザと高速で議論(という名の罵倒混じりの最適化)を繰り広げていると、扉の向こうからカイル殿下が顔を出しました。
「……セバス。あの中に、入り込む隙はあるか?」
「恐れながら殿下。あそこは現在、論理と数字の嵐が吹き荒れる『絶対零度の聖域』となっております。常人が入れば、たちまちのうちに論破されて粉砕されるでしょう」
「……私の婚約者は、どうやら最強の相棒を見つけてしまったようだな。私の出番が、ティータイムの給仕係くらいしか残っていない気がするぞ」
カイル殿下は苦笑いしながら、最高級の茶葉が入った缶を持って大人しく待機し始めました。
前の国では「悪役」と呼ばれ、疎まれていた私の能力。
ここではそれが「標準」であり、「武器」として称えられる。
私は、エルザと向き合いながら、心底楽しそうに算盤を弾きました。
ルビー・フォン・ベルシュタイン。
私の新生活は、かつてないほど刺激的で、そして恐ろしいほど「高効率」に回り始めたのでした。
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