悪役令嬢として婚約破棄されましたが、異議はありません。

鏡おもち

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「夜明けですわ! 全員起床! 二分以内に広場へ集まらなければ、朝食のパンから小麦粉を十パーセント削減しますわよ!」

 ドクロ岩の領地に、私の高らかな声が響き渡りました。
 ボロボロの民家から、目をこすりながら領民たちが這い出してきます。
 昨夜、私が配布した「生活改善ガイドライン(全三百ページ)」を枕にして寝ていた不届き者も多いようですね。

「……お、お嬢様。まだ太陽すら半分しか顔を出してねえですよ。せめてあと一時間は……」

「一時間? その一時間で、あなたが座っているその石がどれだけの利益を生むか計算したことがありますの? エルザ、例の数式を」

 横に控えていたエルザが、無表情に巨大な黒板を指し示しました。

「はい。この領地の魔導石の平均含有率から算出した、一人当たりの時間給は以下の通りです。
$$\text{利益} = \frac{\text{採掘量(kg)} \times \text{純度}}{\text{労働時間(h)}} - \text{食費(kcal)}$$
 一時間の睡眠は、金貨零点五枚の損失に相当します」

「き、きんか……!? 寝るだけで金が減るってのかよ!」

「当然ですわ。機会損失という言葉を覚えなさい。……さあ、セバス。彼らに『やる気』という名のガソリンを投下してあげて」

 セバスが合図をすると、大きな台車に乗せられた「山盛りの燻製肉」と「焼きたてのパン」が登場しました。
 風に乗って漂う香ばしい匂いに、領民たちの鼻の下がこれでもかと伸びます。

「おいしそうだろう? でも、これはタダではありませんわ。今から一時間、全力で岩を砕き、規定量を納品した者だけがこの『高カロリー報酬』にありつける。……脱落した者は、そこら辺の雑草でも噛んでいなさいな」

「ひ、ひでえ……。あんた、それでも貴族かよ!」

「ええ、私は効率を愛する貴族ですわ。……さあ、計測開始! エルザ、ストップウォッチを!」

 それからの数時間は、地獄絵図……いえ、素晴らしい生産活動の現場となりました。
 今まで「呪いだ」「不吉だ」と忌み嫌っていたドクロ岩を、領民たちは必死にハンマーで叩き壊しています。
 食欲という本能を刺激された人間は、どんな教育よりも素早く「勤勉」を学習するものですわね。

「ルビー様! 見てくれ、規定量の二倍は掘ったぞ! 肉だ! 肉をくれ!」

「あら、素晴らしいわ。あなたは今日から『一級採掘士』の称号を与えます。……ただし、喜びすぎて消化効率を下げないようにね。休息時間は十五分、それ以上は無駄なコストよ」

 私は領地の中心に設置した豪華なテントの中で、優雅に紅茶を飲みながら進捗をチェックしました。
 黒板に書かれた数字が、見る見るうちに右肩上がりになっていきます。

「……お嬢様。当初の予測を大幅に上回るペースです。領民たちの潜在的な筋肉量は、意外と高かったようですね」

「ええ。彼らは今まで、自分の価値を換金する方法を知らなかっただけ。……それにしてもエルザ、この魔導石の純度、王都の研究所に送ったサンプルよりも高いわね。これは『呪いの地』ではなく『宝の山』だったということですわ」

 そこへ、カイル殿下からの伝書鳩が届きました。
 手紙には「君のスパルタ指導で、領民たちが死んでいないか心配だ。ついでに、君が恋しくて私の生産性が落ちている」という、仕事に関係のない甘い言葉が綴られていました。

「……セバス。カイル殿下に返事を書きなさい。『私の生産性は絶好調です。寂しさを感じる暇があるなら、婚約式の予算案を再確認してください。あと、愛していますわ』と」

「……最後の一言、必要でしたか?」

「ええ。モチベーション維持のための『心理的報酬』ですわ。これも立派なマネジメントよ」

 私は領民たちの叫び声(という名の、労働の喜びの声)を聞きながら、算盤を弾きました。
 三ヶ月? いいえ、一ヶ月もあれば、この領地は王国内で最も高い納税率を記録する場所になるでしょう。

 ルビー・フォン・ベルシュタイン。
 私の指導に慈悲はありませんが、私の導く先には必ず「利益」という名の光があるのです。
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