22 / 28
22
しおりを挟む
「……あああああ! 計算が、計算が合わない! なぜだ! 一たす一は、愛があれば三になるんじゃないのか!」
アステリア王宮の、暖房すら止められた極寒の執務室。
レナード殿下は、髪を振り乱しながら白紙の帳簿を叩きつけました。
かつての豪華な調度品はルビーの弁護士に差し押さえられ、今の彼はリンゴ箱を机代わりにしています。
「レナード様ぁ、そんなに怒るとお顔にシワが増えてしまいますわ。ほら、私が計算を簡単にしてあげましたの。支出の欄を全部、可愛いハートマークで塗りつぶしておきましたわよ!」
「シルヴィア、お前……! それは一番やってはいけない修正だ! ハート一つで金貨何枚が消えたか分からなくなるだろうが!」
「まあ、失礼ね! 私はただ、この国を愛で満たそうと思っただけですのに! ……あ、そうだわ。お腹が空いたので、市場で一番高いケーキを買ってきてくださる?」
「金がないと言っているだろう! 昨日の夕食は、雑草のスープに私の靴の紐を煮込んだものだったんだぞ!」
そこへ、もはや幽霊のような顔つきになった財務大臣が、震える手で報告書を持ってきました。
「殿下……。もう、限界でございます。……城門の外に、農民たちが『年貢の返還』と『ルビー様の復職』を求めて集結しております。その数、およそ三千」
「な、三千!? 私のファンクラブの集いか何かか?」
「いいえ。全員が手に鍬(くわ)と松明を持って『無能な王子を引きずり出せ』と合唱しております。……非常に熱狂的な、処刑希望者の方々ですな」
レナードはガタガタと震え、リンゴ箱の下に隠れようとしました。
「な、なぜだ! 私はただ、真実の愛に生きただけだぞ! なぜ国民は私を支持しないんだ!」
「殿下。国民が支持していたのは、殿下の『愛』ではなく、ルビー様が差配していた『安定した物価』と『迅速な行政サービス』です。……それらが全て消滅した今、殿下はただの『税金を食い潰す高価な置物』に過ぎません」
「う、うるさい! ルビーさえ……ルビーさえいれば、こんなことにはならなかったのに! あいつ、今どこで何をしているんだ! どうせ隣国で、私のことを想って泣き暮らしているんだろう!?」
その時、執務室の窓を突き破って、一枚の号外(ビラ)が投げ込まれました。
そこには、隣国の華やかなパレードの写真と共に、特大の見出しが躍っていました。
『ヴァレンティーノ王国の新星! ルビー・フォン・ベルシュタイン氏、呪いの地を三週間で黄金郷に変貌させる! 次期王妃としての支持率、驚異の九十八パーセント!』
写真の中のルビーは、カイル殿下にエスコートされ、見たこともないような幸せそうな(そして利益に満ち溢れた)笑みを浮かべていました。
「……な、ななな……っ! あんなに楽しそうに笑って……! 私の時よりも、三倍は口角が上がっているじゃないか!」
「殿下。あちらの国では、彼女の笑顔一回につき、経済効果が金貨一万枚発生すると言われているそうです。……一方で殿下の顔は、見るだけで国民のやる気を十パーセント削ぐと言われておりますが」
「……もう嫌だ! こんな国、捨ててやる! シルヴィア、二人でどこか遠くへ逃げよう!」
「えー。お金のないレナード様と逃げても、美味しいものが食べられませんもの。私、さっき隣国のスカウトの人に『愛の専門家』として雇ってもらえるようお願いしちゃいました!」
「……は?」
シルヴィアは、レナードが以前贈った(唯一差し押さえを免れた偽物の)宝石を握りしめ、窓から軽やかに飛び降りました。
「さようなら、レナード様! 私、もっと福利厚生のしっかりした愛を探しに行きますわ!」
「シ、シルヴィアーーーッ! 待て、私を一人にするなぁぁぁ!」
レナードの叫びは、怒れる暴徒たちの怒号にかき消されていきました。
一方、隣国のルビーは。
「……あら、エルザ。なんだか、西の方から『負け犬の遠吠え』が周波数に乗って聞こえてきた気がしますわ」
「気のせいです、ルビー様。それより、ドクロ岩領地の今月の純利益が、予測をさらに五パーセント上回りました。お祝いに、カイル殿下が最高級の……」
「わかっていますわ。ステーキね? さあ、行きましょう。無能の断末魔よりも、肉の焼ける音の方が、よほど建設的ですもの」
ルビーは優雅に算盤を仕舞い、愛する婚約者の待つダイニングへと向かいました。
自滅していく元婚約者の姿は、今の彼女にとって「償却済みの過去」でしかなかったのです。
アステリア王宮の、暖房すら止められた極寒の執務室。
レナード殿下は、髪を振り乱しながら白紙の帳簿を叩きつけました。
かつての豪華な調度品はルビーの弁護士に差し押さえられ、今の彼はリンゴ箱を机代わりにしています。
「レナード様ぁ、そんなに怒るとお顔にシワが増えてしまいますわ。ほら、私が計算を簡単にしてあげましたの。支出の欄を全部、可愛いハートマークで塗りつぶしておきましたわよ!」
「シルヴィア、お前……! それは一番やってはいけない修正だ! ハート一つで金貨何枚が消えたか分からなくなるだろうが!」
「まあ、失礼ね! 私はただ、この国を愛で満たそうと思っただけですのに! ……あ、そうだわ。お腹が空いたので、市場で一番高いケーキを買ってきてくださる?」
「金がないと言っているだろう! 昨日の夕食は、雑草のスープに私の靴の紐を煮込んだものだったんだぞ!」
そこへ、もはや幽霊のような顔つきになった財務大臣が、震える手で報告書を持ってきました。
「殿下……。もう、限界でございます。……城門の外に、農民たちが『年貢の返還』と『ルビー様の復職』を求めて集結しております。その数、およそ三千」
「な、三千!? 私のファンクラブの集いか何かか?」
「いいえ。全員が手に鍬(くわ)と松明を持って『無能な王子を引きずり出せ』と合唱しております。……非常に熱狂的な、処刑希望者の方々ですな」
レナードはガタガタと震え、リンゴ箱の下に隠れようとしました。
「な、なぜだ! 私はただ、真実の愛に生きただけだぞ! なぜ国民は私を支持しないんだ!」
「殿下。国民が支持していたのは、殿下の『愛』ではなく、ルビー様が差配していた『安定した物価』と『迅速な行政サービス』です。……それらが全て消滅した今、殿下はただの『税金を食い潰す高価な置物』に過ぎません」
「う、うるさい! ルビーさえ……ルビーさえいれば、こんなことにはならなかったのに! あいつ、今どこで何をしているんだ! どうせ隣国で、私のことを想って泣き暮らしているんだろう!?」
その時、執務室の窓を突き破って、一枚の号外(ビラ)が投げ込まれました。
そこには、隣国の華やかなパレードの写真と共に、特大の見出しが躍っていました。
『ヴァレンティーノ王国の新星! ルビー・フォン・ベルシュタイン氏、呪いの地を三週間で黄金郷に変貌させる! 次期王妃としての支持率、驚異の九十八パーセント!』
写真の中のルビーは、カイル殿下にエスコートされ、見たこともないような幸せそうな(そして利益に満ち溢れた)笑みを浮かべていました。
「……な、ななな……っ! あんなに楽しそうに笑って……! 私の時よりも、三倍は口角が上がっているじゃないか!」
「殿下。あちらの国では、彼女の笑顔一回につき、経済効果が金貨一万枚発生すると言われているそうです。……一方で殿下の顔は、見るだけで国民のやる気を十パーセント削ぐと言われておりますが」
「……もう嫌だ! こんな国、捨ててやる! シルヴィア、二人でどこか遠くへ逃げよう!」
「えー。お金のないレナード様と逃げても、美味しいものが食べられませんもの。私、さっき隣国のスカウトの人に『愛の専門家』として雇ってもらえるようお願いしちゃいました!」
「……は?」
シルヴィアは、レナードが以前贈った(唯一差し押さえを免れた偽物の)宝石を握りしめ、窓から軽やかに飛び降りました。
「さようなら、レナード様! 私、もっと福利厚生のしっかりした愛を探しに行きますわ!」
「シ、シルヴィアーーーッ! 待て、私を一人にするなぁぁぁ!」
レナードの叫びは、怒れる暴徒たちの怒号にかき消されていきました。
一方、隣国のルビーは。
「……あら、エルザ。なんだか、西の方から『負け犬の遠吠え』が周波数に乗って聞こえてきた気がしますわ」
「気のせいです、ルビー様。それより、ドクロ岩領地の今月の純利益が、予測をさらに五パーセント上回りました。お祝いに、カイル殿下が最高級の……」
「わかっていますわ。ステーキね? さあ、行きましょう。無能の断末魔よりも、肉の焼ける音の方が、よほど建設的ですもの」
ルビーは優雅に算盤を仕舞い、愛する婚約者の待つダイニングへと向かいました。
自滅していく元婚約者の姿は、今の彼女にとって「償却済みの過去」でしかなかったのです。
3
あなたにおすすめの小説
七日後に神罰が落ちる。上層部は「下を切り捨てろ」と言った——私は全員を逃がす
蒼月よる
ファンタジー
七日後、この港に神罰が落ちる。
追放された元観測士イオナだけが、その事実を知っていた。
しかも災害は自然現象ではない——誰かが、意図的に引き起こそうとしている。
港の上層部はすでに手を打っていた。「下層区画を緩衝被害区として切り捨てる」秘密契約。被害を最小限に見せかけ、体制を守る冷徹な計画だ。
イオナは元護送隊長ガルム、荷運び組合長メラとともに動き出す。
犯人を暴き、証拠を公開し、住民を逃がし、工廠を止める——すべてを七日で。
被害を「選ぶ」管理か、全員を「残す」運用か。
追放観測士の、七日間の港湾カウントダウン・サスペンス。
この作品は以下の箇所にAI(Claude Code)を利用しています。
・世界観・設定の管理補助
・プロット段階の壁打ち
・作者による執筆後の校正
婚約破棄?いいですけど私巨乳ですよ?
無色
恋愛
子爵令嬢のディーカは、衆目の中で婚約破棄を告げられる。
身分差を理由に見下されながらも、彼女は淡々と受け入れようとするが、その時ドレスが破れ、隠していた自慢のそれが解き放たれてしまう。
《完結》「パパはいますか?」ある日、夫に似た子供が訪ねて来た。
ヴァンドール
恋愛
嫁いですぐに夫は戦地に赴いた。すると突然一人の男の子が訪ねて来た「パパはいますか?」
その子供の顔は戦地に行った夫にそっくりだった。
『皇族を名乗った伯爵家は、帝国に処理されました』 ―天然メイドは、今日も失敗する―
ふわふわ
恋愛
婚約破棄を経て、静かに屋敷を去った令嬢。
その後に残された伯爵家は、焦燥と虚勢を抱えたまま立て直しを図ろうとする。
だが、思惑はことごとく空回りする。
社交界での小さな失態。
資金繰りの綻び。
信用の揺らぎ。
そして、屋敷の中で起こる“ちょっとした”騒動の数々。
決して大事件ではない。
けれど積み重なれば、笑えない。
一方、帝国では新たな時代が静かに始まろうとしている。
血筋とは何か。
名乗るとは何か。
国家が守るものとは何か。
これは、派手な復讐劇ではない。
怒号も陰謀もない。
ただ――
立場を取り違えた家が、ゆっくりと現実に追いつかれていく物語。
そして今日も、屋敷では誰かが小さな失敗をする。
世界は静かに、しかし確実に動いている。
事務仕事しかできない無能?いいえ、空間支配スキルです。~勇者パーティの事務員として整理整頓していたら、いつの間にか銅像が立っていました~
水月
恋愛
「在庫整理しかできない無能は不要だ」
第一王子から、晩餐会の場で婚約破棄と国外追放を告げられた公爵令嬢ユズハ。
彼女のギフト【在庫整理】は、荷物の整理しかできないハズレスキルだと蔑まれていた。
だが、彼女は知っていた。
その真価は、指定空間内のあらゆる物質の最適化であることを。
追放先で出会った要領の悪い勇者パーティに対し、ユズハは事務的に、かつ冷徹に最適化を開始する。
「勇者様、右腕の筋肉配置を効率化しました」
「魔王の心臓、少し左にずらしておきましたね」
戦場を、兵站を、さらには魔王の命までをも在庫として処理し続けた結果、彼女はいつしか魔王討伐勇者パーティの一人として、威圧感溢れる銅像にまでなってしまう。
効率を愛する事務屋令嬢は、自分を捨てた国を不良債権として切り捨て、再出発する。
辺境に追放されたガリガリ令嬢ですが、助けた男が第三王子だったので人生逆転しました。~実家は危機ですが、助ける義理もありません~
香木陽灯
恋愛
「そんなに気に食わないなら、お前がこの家を出ていけ!」
実の父と義妹に虐げられ、着の身着のままで辺境のボロ家に追放された伯爵令嬢カタリーナ。食べるものもなく、泥水のようなスープですすり、ガリガリに痩せ細った彼女が庭で拾ったのは、金色の瞳を持つ美しい男・ギルだった。
「……見知らぬ人間を招き入れるなんて、馬鹿なのか?」
「一人で食べるのは味気ないわ。手当てのお礼に一緒に食べてくれると嬉しいんだけど」
二人の奇妙な共同生活が始まる。ギルが獲ってくる肉を食べ、共に笑い、カタリーナは本来の瑞々しい美しさを取り戻していく。しかしカタリーナは知らなかった。彼が王位継承争いから身を隠していた最強の第三王子であることを――。
※ふんわり設定です。
※他サイトにも掲載中です。
婚約破棄されたので、隠していた聖女の力で聖樹を咲かせてみました
Megumi
恋愛
偽聖女と蔑まれ、婚約破棄されたイザベラ。
「お前は地味で、暗くて、何の取り柄もない」
元婚約者である王子はそう言い放った。
十年間、寡黙な令嬢を演じ続けた彼女。
その沈黙には、理由があった。
その夜、王都を照らす奇跡の光。
枯れた聖樹が満開に咲き誇り、人々は囁いた。
「真の聖女が目覚めた」と——
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる