悪役令嬢として婚約破棄されましたが、異議はありません。

鏡おもち

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「……ルビー! 会いたかったぞ、我が最愛の婚約者よ! さあ、共に帰ろう。すべてを許してやる!」

 ヴァレンティーノ王宮の壮麗な応接間。
 そこには、どこからどう見ても『落ちぶれた放浪者』にしか見えない集団が立っていました。
 中心にいるのは、色あせた礼服を無理やり着込んだレナード殿下。
 そしてその隣には、なぜか隣国の下働きの制服を着たシルヴィア様が、ちゃっかりと紛れ込んでいます。

「……セバス。この方々の入国に関わる『検疫費用』および『不審者対応コスト』を算出して。後でアステリア王国に……ああ、あそこはもう支払い能力がありませんでしたわね」

 私は、カイル殿下の隣で優雅に椅子に腰掛けたまま、扇子を広げました。
 レナード殿下の絶叫にも、私の心拍数は一分間に六十回という平常運転を崩しません。

「レナード殿下。まず、名称の修正を。私はあなたの婚約者ではなく、こちらのカイル殿下の婚約者です。それから『許してやる』という言葉の主客が転倒していますわ。あなたが私に『許しを請う』、これが正しい文法です」

「な、なんだと……!? 私はわざわざ、公式の『経済視察団』としてこの国に来てやったのだぞ! 我が国の危機を救うために、お前の知恵を貸してやれと言っているんだ!」

 カイル殿下が、隣で低く笑いました。

「……経済視察団? 君たちの乗ってきた馬車、車輪が一つガタついていたし、馬は空腹で今にも倒れそうだったが。あれを我が国では『亡命希望の難民』と呼ぶんだ。……レナード、厚顔無恥にもほどがあるぞ」

「う、うるさい! これは一時的なキャッシュフローの停滞だ! ルビー、お前さえ戻れば、一瞬で金貨が湧き出てくるんだろう!? さあ、今すぐ戻って帳簿を書き換えろ!」

 私は深いため息をつき、手元の計算機……ではなく、魔導端末を操作しました。
 ホログラムで、アステリア王国の現在の経済指標が空中に浮かび上がります。

「殿下、これをご覧ください。あなたの国のインフレ率は現在、前月比で八百パーセントを超えています。パン一個買うのに、リアカー一台分の紙幣が必要な状態ですわ。……これ、私の『知恵』だけでどうにかなるレベルを越えて、もはや『奇跡』の領域ですのよ?」

「き、きせき……? お前ならできるだろう! お前はそういう女だ!」

「いいえ。私は『不合理を合理に変える』女であって、無から有を生む神ではありません。……それに、ここに来るまでの旅費、どこから捻出しました? まさか、国民のなけなしの種籾を売ったわけではありませんわよね?」

 レナード殿下は目を泳がせ、隣のシルヴィア様に助けを求めました。

「ええっと……それは、私が市場で『愛の募金』を募ったのですわ!『殿下の恋を応援してください』って言ったら、皆様、手に持っていた石や生卵をたくさん投げてくださいましたの! それを全部換金して……」

「……それは募金ではなく、暴動の収穫物ですわね、シルヴィア様。……というか、あなた。さっきから持っているそのワゴンは何?」

 シルヴィア様は、ヴァレンティーノ王宮の清掃用具を満載したワゴンを握りしめていました。

「これですか? 私、こちらに亡命した直後に『愛だけではお腹が膨れない』という真理にようやく辿り着きまして。今はここの王宮で、時給制のトイレ掃除係として働いておりますの。……福利厚生が素晴らしくて、もう戻りたくありませんわ!」

「シルヴィアーーーッ! 貴様、私を捨てて就職したのか!?」

「殿下といても、給料がハートマークで支払われるんですもの。……あ、ルビー様。三番通路のモップがけ、完了いたしましたわ! ボーナスの査定、よろしくお願いしますわね!」

 もはや喜劇ですわ。
 私の元・恋敵が、私より先にこの国の『効率性』に毒されて、立派な労働者になっているなんて。

「……さて、レナード殿下。視察の結果はどうでしたかしら? 我が国の繁栄と、あなたの国の崩壊。その『差分』の原因が理解できました?」

「……わ、わからない。なぜだ! なぜお前がいなくなっただけで、世界はこんなに冷たくなったんだ!」

「答えは簡単ですわ。……私が、あなたの国の『唯一の価値』だったからです。……カイル殿下、この視察団(笑)の皆様を、すぐに出国させて。滞在費を請求しても、どうせ支払われませんもの。時間の無駄ですわ」

「ああ。……おい、衛兵。この哀れな男を国境まで送り届けてやれ。あ、食事は一番安い乾パンだけにしておけよ。我が国の納税者の金を無駄にするわけにはいかないからな」

 レナード殿下は、衛兵に両脇を抱えられ、「ルビー! 愛しているんだ! 戻ってくれ! パスワードは結局何なんだぁぁ!」と叫びながら引きずられていきました。

 それを見送った後、私はカイル殿下の方を向き、いたずらっぽく微笑みました。

「カイル殿下。今の騒動による経済的損失、私の今月のボーナスから差し引いておいてください。……その代わり、今夜のデザートは二倍にしてくださいね?」

「ハハハ、安いものだ。……しかしルビー、君は本当に、あの男に一ミリの未練もないんだな」

「未練? ……殿下、ゴミ箱に捨てた領収書を、もう一度読み返して感動する人がいますの?」

 私たちは窓の外に広がる、黄金色に輝く夕焼けの王都を眺めました。
 無能な王子の訪問は、私にとって、自分の選んだ道が「正解」であることを再確認するための、実につまらない確認作業に過ぎませんでした。
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