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「……おかしいですわ。何度計算しても、この『胸の高鳴り』という変数が、理論上の数値を大幅に上振れしてしまいますの」
深夜の執務室。私はペンを片手に、自分自身の感情をまとめた『ルビー・フォン・ベルシュタイン・人生純利益予想図』を睨みつけていました。
そこへ、夜食のフォンダンショコラを携えたカイル殿下が、音もなく入ってきました。
「また数字と格闘しているのか。今度はどの領地の赤字だ? それとも、アステリア王国の完全買収計画の続きか?」
「いいえ。……私自身の、損益分岐点の算出ですわ。カイル殿下」
私は、複雑な数式がびっしりと書き込まれた用紙を彼の方へ向けました。
「損益分岐点……? 君の人生に、損失が出る可能性などあるのか?」
「ええ。……あなたとの関係ですわ。私は今まで、人間関係を『コスト』と『リターン』だけで判断してきました。婚約者という役職は、地位の維持というリターンに対する、労働というコスト。そこに『感情』という不確定要素は排除されていたはずですの」
私はチョコを一口食べ、その甘さに眉を寄せました。
「ですが、カイル殿下。あなたと一緒にいると、私の心拍数は通常の二十パーセント増、体温は零点五度上昇。これに伴うエネルギー消費効率の低下は、実務家として見過ごせない損失ですわ」
「……フッ。なるほど。私は君にとって、燃費を悪くする厄介な不純物というわけか」
「いいえ、話は最後まで聞いてください。……一方で、あなたに名前を呼ばれた時の精神的な充足感、及び、あなたが私の策を褒めた時の幸福指数。これらを換算すると、驚くべきことに、全ての運用コストを軽々と上回る『純利益』が叩き出されたのです」
カイル殿下は椅子を並べ、私の横顔をじっと見つめました。
「ほう。その利益は、金貨に換算するといくらになる?」
「金貨では測れませんわ。……この国の国家予算を百年分積み上げても足りない、無限大のプラス収支です。……つまり、私にとってカイル殿下という投資先は、人生最大の『当たり銘柄』だったということですわ」
私は赤くなった顔を隠すように、早口でまくしたてました。
「……カイル殿下。私は、あなたが好きですわ。これはもはや、論理的な帰結です。あなたがいない未来の期待値は、あなたが隣にいる今の幸福の零点一パーセントにも満たない。……悔しいけれど、私の算盤は、あなたに完全に敗北しましたの」
カイル殿下は一瞬、呆然とした顔をした後、今日一番の優しげな声で笑いました。
「……はは、まいったな。愛の告白まで決算報告のように聞こえるが……。今の言葉は、私の人生で最も価値のある報酬だ」
彼は私の手を取り、その指先にそっと唇を寄せました。
「ルビー。私のポートフォリオも、君一人がいるだけで常に天井知らずだ。……君との愛に、損益分岐点など存在しない。出会ったその瞬間から、私は一生分の利益を得ているんだからな」
「……ずるいですわね。そんな非論理的な言葉に、私の思考回路がショートさせられるなんて」
「ショートしていい。……計算は明日、私が手伝ってやる。今夜くらいは、数字のことなど忘れて、この甘いフォンダンショコラと、私との時間だけに没頭してくれないか?」
カイル殿下の瞳に射抜かれ、私は観念してペンを置きました。
「……わかりましたわ。ただし、明日からの業務効率は、今夜の休息分、二倍にしていただきますからね」
「ああ、望むところだ。私の最強のパートナー」
深夜の執務室。
二人の影が重なり、算盤の音も、インクの匂いも、甘い夜の静寂に溶けていきました。
ルビー・フォン・ベルシュタイン。
私の算盤が最後に導き出したのは、どんな計算式よりも確かな、「愛」という名の絶対勝利でした。
深夜の執務室。私はペンを片手に、自分自身の感情をまとめた『ルビー・フォン・ベルシュタイン・人生純利益予想図』を睨みつけていました。
そこへ、夜食のフォンダンショコラを携えたカイル殿下が、音もなく入ってきました。
「また数字と格闘しているのか。今度はどの領地の赤字だ? それとも、アステリア王国の完全買収計画の続きか?」
「いいえ。……私自身の、損益分岐点の算出ですわ。カイル殿下」
私は、複雑な数式がびっしりと書き込まれた用紙を彼の方へ向けました。
「損益分岐点……? 君の人生に、損失が出る可能性などあるのか?」
「ええ。……あなたとの関係ですわ。私は今まで、人間関係を『コスト』と『リターン』だけで判断してきました。婚約者という役職は、地位の維持というリターンに対する、労働というコスト。そこに『感情』という不確定要素は排除されていたはずですの」
私はチョコを一口食べ、その甘さに眉を寄せました。
「ですが、カイル殿下。あなたと一緒にいると、私の心拍数は通常の二十パーセント増、体温は零点五度上昇。これに伴うエネルギー消費効率の低下は、実務家として見過ごせない損失ですわ」
「……フッ。なるほど。私は君にとって、燃費を悪くする厄介な不純物というわけか」
「いいえ、話は最後まで聞いてください。……一方で、あなたに名前を呼ばれた時の精神的な充足感、及び、あなたが私の策を褒めた時の幸福指数。これらを換算すると、驚くべきことに、全ての運用コストを軽々と上回る『純利益』が叩き出されたのです」
カイル殿下は椅子を並べ、私の横顔をじっと見つめました。
「ほう。その利益は、金貨に換算するといくらになる?」
「金貨では測れませんわ。……この国の国家予算を百年分積み上げても足りない、無限大のプラス収支です。……つまり、私にとってカイル殿下という投資先は、人生最大の『当たり銘柄』だったということですわ」
私は赤くなった顔を隠すように、早口でまくしたてました。
「……カイル殿下。私は、あなたが好きですわ。これはもはや、論理的な帰結です。あなたがいない未来の期待値は、あなたが隣にいる今の幸福の零点一パーセントにも満たない。……悔しいけれど、私の算盤は、あなたに完全に敗北しましたの」
カイル殿下は一瞬、呆然とした顔をした後、今日一番の優しげな声で笑いました。
「……はは、まいったな。愛の告白まで決算報告のように聞こえるが……。今の言葉は、私の人生で最も価値のある報酬だ」
彼は私の手を取り、その指先にそっと唇を寄せました。
「ルビー。私のポートフォリオも、君一人がいるだけで常に天井知らずだ。……君との愛に、損益分岐点など存在しない。出会ったその瞬間から、私は一生分の利益を得ているんだからな」
「……ずるいですわね。そんな非論理的な言葉に、私の思考回路がショートさせられるなんて」
「ショートしていい。……計算は明日、私が手伝ってやる。今夜くらいは、数字のことなど忘れて、この甘いフォンダンショコラと、私との時間だけに没頭してくれないか?」
カイル殿下の瞳に射抜かれ、私は観念してペンを置きました。
「……わかりましたわ。ただし、明日からの業務効率は、今夜の休息分、二倍にしていただきますからね」
「ああ、望むところだ。私の最強のパートナー」
深夜の執務室。
二人の影が重なり、算盤の音も、インクの匂いも、甘い夜の静寂に溶けていきました。
ルビー・フォン・ベルシュタイン。
私の算盤が最後に導き出したのは、どんな計算式よりも確かな、「愛」という名の絶対勝利でした。
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