悪役令嬢として婚約破棄されましたが、異議はありません。

鏡おもち

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「……素晴らしいわ。この旧アステリア領、もとい『ヴァレンティーノ第一経済特区』の再建速度。私の計算を零点五パーセント上回っていますわね」

 かつてレナード殿下がふんぞり返っていた王宮の執務室。
 私は、新しくこの地を任せた『経済特区管理チーム』の報告書を眺めて、満足げに頷きました。
 私の前に整列しているのは、かつて私が社交界で身ぐるみを剥ぎ……いえ、熱心に指導した令嬢たちです。

「ルビー様! ご指導通り、旧王族の無駄な装飾品を全て売却し、物流ハブの建設費用に充当いたしましたわ!」

「市場の独占を禁止し、自由競争を促した結果、税収が昨対比で三倍になりました! これ、計算していて脳汁が出ますわね!」

 かつてはお茶会で恋バナばかりしていた彼女たちが、今や立派な「数字の信奉者」へと変貌を遂げていました。
 これぞ、私が目指した世代交代というものですわ。

「よくやったわ、皆様。これからはあなたたちの時代よ。……ところで、例の『窓際事務員』の様子はどうかしら?」

 私が指差した先。
 部屋の隅にある、やけに低くてガタガタの机で、レナード(元殿下)が泣きながら書類の綴じ込み作業をしていました。

「……ううっ。ルビー、この書類、ホッチキスの位置が三ミリずれていると怒られたんだが……。そんなの、愛があれば誤差の範囲だろう……?」

 そこへ、ピカピカに磨き上げられた床の上を、シルヴィアが鼻歌を歌いながら通り過ぎました。

「レナード君。三ミリのズレは、美意識のズレ。美意識のズレは、仕事の汚れですわ! 愛よりも、このワックスの輝きを信じなさいな。ほら、そこ、あなたの涙で床が曇っていますわよ!」

「シルヴィア……。君まで私に厳しくなるなんて……。ああっ、もう嫌だ! 王様に戻りたい!」

「往時を懐かしむ暇があったら、その右手の筋肉を動かしてステープラーを正確に打ち込みなさい。一回のミスにつき、今日の社食のデザートが一個減りますわよ」

 私が冷たく言い放つと、レナードは「ひいっ!」と悲鳴を上げて作業を再開しました。
 かつての婚約者が、私の教育した令嬢たちに顎で使われる姿……。
 これ以上の最高のリターン(仕返し)はありませんわね。おーほっほ!

「……さて、カイル殿下。この地の統治は彼女たちに任せて、私たちはそろそろ『本題』に移りましょうか」

 カイル殿下が、私の腰に手を回し、優雅にエスコートしてくれました。

「本題、というと。……いよいよ、我々の結婚式の最終見積もりか?」

「ええ。式場までのパレードの走行距離、招待客の一人当たりの食事単価、そして私のドレスの布地の面積に至るまで。……すべての無駄を削ぎ落とし、史上最高に『コスパが良く、かつ豪華に見える』完璧な予算案を作成しましたわ」

「……ルビー。結婚式くらい、無駄を楽しんでもいいんだぞ? 私は君のために、国庫が少し傾くくらいの宝石を用意しているんだ」

「いけませんわ、殿下! 国庫を傾けるのは愛ではなく、単なる放漫経営です。……宝石は、将来の資産価値が担保されているものだけを、市場価格の二割引きで買い叩いてきましたから、それを使ってくださいな」

 カイル殿下は、呆れたように、しかし愛おしそうに私の額にキスをしました。

「……本当に、君という女は。……わかった。君の算盤に従おう。その代わり、新婚旅行のスケジュールだけは、私が『非効率なまでに甘い』プランを立てさせてもらうよ」

「……非効率なプラン? それは、私のスケジュール管理能力への挑戦かしら?」

「いいえ。……君の心を、数字以外の何かで一杯にするための、私のプライベートな独占計画だ」

 カイル殿下の甘いささやきに、私は一瞬、計算式を忘れそうになりました。
 世代交代。そして、私の人生の第二章の始まり。
 
 ルビー・フォン・ベルシュタイン。
 私の新しい帳簿には、これから始まる「幸せという名の莫大な含み益」が、書ききれないほど並んでいくことでしょう。
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