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隣国、レインワース王国の王都。
その中央にそびえる白亜の王宮へ、一台の馬車が凄まじい速度で滑り込んだ。
「……ギルバート。この王宮までのメインストリート、道幅が三メートル広ければ、馬車のすれ違いによる減速を年間で四万時間短縮できますわね。非常に惜しい設計ですわ」
馬車から降り立つなり、公爵令嬢……いえ、アシュクロフト特区の最高経営責任者リリアンは、壮麗な王宮の門を指差して断言した。
「リリアン。普通の女性は、初めて訪れる隣国の王宮を見たら『なんて美しいの!』と感嘆するものです。いきなり都市計画のダメ出しをするのは、世界中で貴女だけですよ」
ギルバートが苦笑しながら、彼女の泥のついていない(本日は珍しく正装の)手を引いてエスコートする。
「美しさは主観ですが、道路の効率性は客観的な事実ですわ。……さて、行きましょう。私を『国家予算の最適化担当』として待ちわびているという、あなたのお父様とお母様のもとへ」
「……いや、父上たちは貴女を『義理の娘』として迎えるつもりなんですけどね。まあ、今の貴女に何を言っても無駄でしょうが」
二人が謁見の間に足を踏み入れると、そこには威厳に満ちたレインワース国王と王妃、そして既に「リリアン流・経営術」に毒……いえ、感銘を受けている第一王子ヴィクトールの姿があった。
「……お初にお目にかかります、陛下。アシュクロフト領のリリアンですわ。本日は、我が領地と貴国との『包括的経済提携』、およびギルバート殿下との『終身共同経営契約』の最終確認に参りました」
リリアンは完璧な、しかしどこか事務的なカーテシーを披露した。
「……っ、ははは! ヴィクトールの報告通りだ。ギルバートよ、お前は本当にとんでもない女を連れてきたな。挨拶の第一声が『提携』と『契約』とは!」
国王は大笑いし、王妃は驚きながらも、リリアンの肌の美しさに目を留めた。
「リリアンさん。あなたが開発したという、あの『温泉由来の化粧水』……。我が国の社交界でも大変な評判なのよ。それを我が国で独占販売させてくれるという話、本当かしら?」
「もちろんですわ、王妃様。美の追求は、女性の購買意欲を刺激する最大の成長市場(マーケット)ですもの。ただし、ロイヤリティとして売上の二〇パーセントを頂戴しますわよ?」
「……あら、商談は後でじっくりやりましょう。まずは二人の結婚式を挙げなくてはね」
王妃の言葉に、リリアンは一瞬だけ計算の手を止めた。
「結婚式。……ギルバート、その儀式に要する時間は? そして費用対効果(コスパ)はどうなっていますの?」
「……お嬢様。人生で一度きりの晴れ舞台に、コスパを持ち込まないでください。いいから、俺の隣で最高に綺麗なドレスを着ていればいいんです。……それとも、俺との結婚は『不採算』ですか?」
ギルバートが、少しだけ悪戯っぽく、しかし真剣な瞳で彼女を見つめる。
「……いいえ。あなたの筋肉と誠実さ、そして隣国の王族というバックアップ体制。これらを合算した私の将来的な幸福指数は、現在、市場最高値を更新中ですわ。……文句ありませんわよ」
リリアンは、顔を赤らめてそっぽを向いた。
数週間後。
両国の歴史に残る、盛大な「結婚式……兼、アシュクロフト特区新商品展示会」が開催された。
リリアンの纏ったウェディングドレスは、アシュクロフト領の新産品である「魔境シルク」の広告塔として、瞬く間に世界中の商人の注文をかっさらった。
彼女は誓いのキスの最中でさえ、ギルバートの耳元で「……これで初年度の広告費が全て回収できましたわ」と囁き、彼を脱力させた。
宴の夜。
テラスで二人、夜景を眺めながらギルバートが口を開いた。
「リリアン。王都(あっち)の連中は、あんたを『悪役令嬢』と呼んで追放した。……でも、あんたがいないあっちの国は、今や深刻な事務停滞と財政難で火の車らしいですよ」
「当然ですわ。私の演算能力を無料で使い倒していたことの、当然の報いです。……セドリック殿下は、まだあの『猪の着ぐるみ』で働いていますの?」
「ええ。マリアからの手紙によれば、彼は今や『温泉地の名物マスコット』として、子供たちに大人気だそうです。……あんたを奪い返そうなんて野心は、もう一ミリも残ってないでしょうね」
「……そうですか。不良債権が有効活用されているようで何よりですわ」
リリアンは、ギルバートの肩にそっと頭を乗せた。
「ねえ、ギルバート。私、あの日婚約破棄されて、本当に良かったと思っていますの」
「……珍しく、数字以外の理由ですか?」
「ええ。あのまま王妃になっていたら、私は一生、帳簿を隠し持った不機嫌な女として終わっていたでしょう。……でも、追放されたおかげで、私は自分の価値を自分で計算し、最高のパートナーを……あなたという、最高の『資産』を見つけることができましたもの」
「……資産、ですか。まあ、あんたらしいですね。……でも、俺にとっては、あんたはかけがえのない『宝物』ですよ。……時給換算できないくらい、愛しています」
「……非合理的なことを。……でも、私も。……あなたの隣にいる時の私の心拍数は、計算式では説明できないほど、高止まりしていますわ」
リリアンは、初めて幸せそうに、一人の恋する少女のように笑った。
空には満天の星。
リリアンの脳内には、新しい物流ルートの設計図と、これからの幸せな生活の予算案。
悪役令嬢と呼ばれた彼女の、あまりにも「計画通り」で、そして想定外に「愛に満ちた」第二の人生。
彼女の振るう算盤の音は、これからも世界を、そして愛する人の未来を、最高に効率的に、最高に幸福に奏で続けるのであった。
「……さあ、ギルバート! 初夜の時間は三十分に短縮して、明日の市場調査の資料を読み込みますわよ!」
「……お嬢様、そこは効率化しないでくださいよ!!」
悪役令嬢リリアンの高笑いが、星空の向こうまで、幸福に響き渡った。
その中央にそびえる白亜の王宮へ、一台の馬車が凄まじい速度で滑り込んだ。
「……ギルバート。この王宮までのメインストリート、道幅が三メートル広ければ、馬車のすれ違いによる減速を年間で四万時間短縮できますわね。非常に惜しい設計ですわ」
馬車から降り立つなり、公爵令嬢……いえ、アシュクロフト特区の最高経営責任者リリアンは、壮麗な王宮の門を指差して断言した。
「リリアン。普通の女性は、初めて訪れる隣国の王宮を見たら『なんて美しいの!』と感嘆するものです。いきなり都市計画のダメ出しをするのは、世界中で貴女だけですよ」
ギルバートが苦笑しながら、彼女の泥のついていない(本日は珍しく正装の)手を引いてエスコートする。
「美しさは主観ですが、道路の効率性は客観的な事実ですわ。……さて、行きましょう。私を『国家予算の最適化担当』として待ちわびているという、あなたのお父様とお母様のもとへ」
「……いや、父上たちは貴女を『義理の娘』として迎えるつもりなんですけどね。まあ、今の貴女に何を言っても無駄でしょうが」
二人が謁見の間に足を踏み入れると、そこには威厳に満ちたレインワース国王と王妃、そして既に「リリアン流・経営術」に毒……いえ、感銘を受けている第一王子ヴィクトールの姿があった。
「……お初にお目にかかります、陛下。アシュクロフト領のリリアンですわ。本日は、我が領地と貴国との『包括的経済提携』、およびギルバート殿下との『終身共同経営契約』の最終確認に参りました」
リリアンは完璧な、しかしどこか事務的なカーテシーを披露した。
「……っ、ははは! ヴィクトールの報告通りだ。ギルバートよ、お前は本当にとんでもない女を連れてきたな。挨拶の第一声が『提携』と『契約』とは!」
国王は大笑いし、王妃は驚きながらも、リリアンの肌の美しさに目を留めた。
「リリアンさん。あなたが開発したという、あの『温泉由来の化粧水』……。我が国の社交界でも大変な評判なのよ。それを我が国で独占販売させてくれるという話、本当かしら?」
「もちろんですわ、王妃様。美の追求は、女性の購買意欲を刺激する最大の成長市場(マーケット)ですもの。ただし、ロイヤリティとして売上の二〇パーセントを頂戴しますわよ?」
「……あら、商談は後でじっくりやりましょう。まずは二人の結婚式を挙げなくてはね」
王妃の言葉に、リリアンは一瞬だけ計算の手を止めた。
「結婚式。……ギルバート、その儀式に要する時間は? そして費用対効果(コスパ)はどうなっていますの?」
「……お嬢様。人生で一度きりの晴れ舞台に、コスパを持ち込まないでください。いいから、俺の隣で最高に綺麗なドレスを着ていればいいんです。……それとも、俺との結婚は『不採算』ですか?」
ギルバートが、少しだけ悪戯っぽく、しかし真剣な瞳で彼女を見つめる。
「……いいえ。あなたの筋肉と誠実さ、そして隣国の王族というバックアップ体制。これらを合算した私の将来的な幸福指数は、現在、市場最高値を更新中ですわ。……文句ありませんわよ」
リリアンは、顔を赤らめてそっぽを向いた。
数週間後。
両国の歴史に残る、盛大な「結婚式……兼、アシュクロフト特区新商品展示会」が開催された。
リリアンの纏ったウェディングドレスは、アシュクロフト領の新産品である「魔境シルク」の広告塔として、瞬く間に世界中の商人の注文をかっさらった。
彼女は誓いのキスの最中でさえ、ギルバートの耳元で「……これで初年度の広告費が全て回収できましたわ」と囁き、彼を脱力させた。
宴の夜。
テラスで二人、夜景を眺めながらギルバートが口を開いた。
「リリアン。王都(あっち)の連中は、あんたを『悪役令嬢』と呼んで追放した。……でも、あんたがいないあっちの国は、今や深刻な事務停滞と財政難で火の車らしいですよ」
「当然ですわ。私の演算能力を無料で使い倒していたことの、当然の報いです。……セドリック殿下は、まだあの『猪の着ぐるみ』で働いていますの?」
「ええ。マリアからの手紙によれば、彼は今や『温泉地の名物マスコット』として、子供たちに大人気だそうです。……あんたを奪い返そうなんて野心は、もう一ミリも残ってないでしょうね」
「……そうですか。不良債権が有効活用されているようで何よりですわ」
リリアンは、ギルバートの肩にそっと頭を乗せた。
「ねえ、ギルバート。私、あの日婚約破棄されて、本当に良かったと思っていますの」
「……珍しく、数字以外の理由ですか?」
「ええ。あのまま王妃になっていたら、私は一生、帳簿を隠し持った不機嫌な女として終わっていたでしょう。……でも、追放されたおかげで、私は自分の価値を自分で計算し、最高のパートナーを……あなたという、最高の『資産』を見つけることができましたもの」
「……資産、ですか。まあ、あんたらしいですね。……でも、俺にとっては、あんたはかけがえのない『宝物』ですよ。……時給換算できないくらい、愛しています」
「……非合理的なことを。……でも、私も。……あなたの隣にいる時の私の心拍数は、計算式では説明できないほど、高止まりしていますわ」
リリアンは、初めて幸せそうに、一人の恋する少女のように笑った。
空には満天の星。
リリアンの脳内には、新しい物流ルートの設計図と、これからの幸せな生活の予算案。
悪役令嬢と呼ばれた彼女の、あまりにも「計画通り」で、そして想定外に「愛に満ちた」第二の人生。
彼女の振るう算盤の音は、これからも世界を、そして愛する人の未来を、最高に効率的に、最高に幸福に奏で続けるのであった。
「……さあ、ギルバート! 初夜の時間は三十分に短縮して、明日の市場調査の資料を読み込みますわよ!」
「……お嬢様、そこは効率化しないでくださいよ!!」
悪役令嬢リリアンの高笑いが、星空の向こうまで、幸福に響き渡った。
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