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「……お嬢様。王宮より、緊急の『通達文書』が届きました。……内容があまりに支離滅裂でしたので、シュレッダーにかける前に一度ご確認ください」
執事のハンスが、つまみ上げるようにして持ってきた一枚の紙。
私は眼鏡の位置を直し、それを一読した。
「……ぷっ。……あはははは!」
私は耐えきれずに吹き出した。
そこには、ヴィルフリート王子の署名と共に、驚くべき新法案が記されていた。
『公序良俗を乱す過度な営利活動に対する特別重税法』。
内容は、王都で「コンサルティング業務」を行う際、売上の八〇パーセントを「王室振興費」として徴収するというもの。
「アストレア嬢。朝から景気の良い笑い声だな。……その紙はなんだ?」
訓練を終えたばかりのオズワルド様が、汗を拭きながら部屋に入ってきた。
私は彼にその「喜劇の台本」を手渡した。
「オズワルド様、見てください。殿下がついに『法律』を私への嫌がらせの道具に使い始めましたわ。ターゲットを絞り込みすぎて、もはや法律の体をなしていませんけれど」
オズワルド様は一読し、その眉間に深い皺を刻んだ。
「……売上の八〇パーセント徴収? これは国家による強盗ではないか。これでは君の事業が立ち行かなくなるぞ」
「いいえ、オズワルド様。むしろ逆ですわ。……殿下は、この法案の『定義項目』を自分で読み返さなかったのかしら?」
私は机の上の「六法全書(アストレア家特製・全二十巻)」を勢いよく開き、一箇所を指差した。
「この新法案の定義によれば、『コンサルティング業務』とは『他者の意思決定に対し、専門的知見から助言を行い、対価を得るすべての行為』とあります。……ここが重要ですわ」
「……それがどうした?」
「現在、王宮で殿下のアドバイザーを気取っている『マリン様の父親』や、王宮に出入りする『御用商人』。彼らが行っている『進言』もすべて、広義のコンサルティングに含まれるのです。……しかも、殿下が追加した『特別条項』を見て」
オズワルド様が目を細めて読み進める。
「……『本法案は遡及適用(そきゅうてきよう)し、過去三ヶ月のすべての取引に課税する』……? 馬鹿な、法学の基礎を無視している」
「ええ、その通りです。そして、殿下は昨日、マリン様のために『特別に助言をくれた宝飾商』から高価な指輪を購入しましたわね? ……その助言料は、この法律によって八〇パーセントの税金が課せられる。……つまり、殿下が支払った金額の大部分が、『税金』として国庫に入る計算になります」
私がそこまで説明したとき、執務室のドアが激しく叩かれた。
現れたのは、鼻息も荒く、勝利を確信したような顔のヴィルフリート王子だった。
「はっはっは! テルゼ! 通達は読んだか! 貴様の不当な儲けは、今日からすべて私の……王室のものになるのだ!」
王子は私の机をバンと叩き、勝ち誇った笑みを浮かべた。
その後ろには、得意げな顔をしたマリン様も立っている。
「ヴィルフリート様、すごいですぅ。これでテルゼ様も、私たちに意地悪できなくなりますねぇ」
私はゆっくりと立ち上がり、王子に深々と一礼した。
「殿下。まずは新法案の制定、おめでとうございます。非常に『公平な』内容で驚きましたわ」
「ふん、今さら媚びても遅いぞ! さあ、今すぐこれまでの売上を計算して納めろ!」
「ええ、喜んで。ですがその前に……。殿下、この法律の第一条三項を読み上げてください。……『税の徴収対象は、支払者ではなく、対価を受け取った側にある。ただし、支払者が王族である場合、その支払額の一部を『予納金』として一時的に国庫に積み立てるものとする』……。これ、殿下が書き加えたのですよね?」
「ああ! 貴様から確実に金を取り立てるための工夫だ!」
「素晴らしい工夫です。……ハンス、例の『請求書』を」
私が合図を出すと、執事が分厚い束を王子の前に置いた。
「殿下。あなたがこの三ヶ月間、マリン様のために費やした『特別な助言に基づく支出』……。それらの『予納金』を計算したところ、金貨一万二千枚になります。……この法律によれば、殿下は今すぐその額を国庫に納める義務がありますわ」
王子の笑顔が、氷が溶けるように崩れ落ちた。
「な……一万……二千……? なぜ、私が払うのだ! 私は王族だぞ!」
「殿下ご自身が『王族が支払者の場合、予納金を積み立てる』と書かれたではありませんか。……ご安心ください。殿下の口座にそんな大金がないことは把握しておりますので、本日付で『殿下の王族手当』を全額、今後十年にわたって国庫へ直接差し押さえる手続きを完了いたしました」
「……さ、差し押さえ……!? 十年分!?」
王子がガタガタと震え始める。
マリン様も「えっ、私の新しい靴は……?」と顔を青くした。
「さらに、この法律によれば、王宮内の不要な贅沢品も『過度な営利の産物』として没収対象になります。……オズワルド様、騎士団の権限で、殿下の寝室にある金装飾のベッド、没収していただけますか?」
「ああ。法律の執行は騎士団の責務だ。今すぐ部下を向かわせよう。……アストレア嬢、実に『法に忠実な』判断だな」
オズワルド様が皮肉たっぷりに頷く。
「い、嫌だ! 私のベッドを奪うな! これは、これは嫌がらせだ!」
「嫌がらせではありません、殿下。……あなたが作った『法律』ですわ。自分を律することができない方に、国を治める資格はありませんもの」
私は冷徹な瞳で、泣きべそをかく王子を見据えた。
「それから殿下。……私の事業ですが、今朝から『ボランティア活動』に名称を変更いたしました。……対価はすべて『アストレア家への寄付』という形にしておりますので、この新法の対象外ですわ。……残念でしたね」
「……あ、あ、あああああ!」
ヴィルフリート王子は、自分の首を絞めた法律の重みに耐えかね、その場に崩れ落ちた。
「ヴィルフリート様ぁ! しっかりしてください! ……あ、あの、テルゼ様……。私、お腹空いたんですけど……」
「マリン様。……残念ですが、殿下にはもう、あなたにパン一個買う余裕もありませんわ。……ああ、そうだわ。もしよろしければ、我が社の『書類整理の雑用』として雇って差し上げましょうか? 時給は銅貨三枚ですけれど」
「ど、銅貨三枚……!?」
マリン様が絶望の表情を浮かべるのを横目に、私は再びデスクに向かった。
「さて、オズワルド様。邪魔者も片付きましたし、次は殿下の『ベッドの売却益』を、騎士団の新しい武器購入費に充てる手続きをしましょうか」
「……承知した。君の隣にいる限り、私は一生食いっぱぐれることはなさそうだ」
オズワルド様が満足げに微笑み、王子の残骸を跨いで部屋を出て行った。
自爆した王子の末路を見送りながら、私は手帳に新しい「純利益」を書き込んだ。
感情で動く人間は、時として最強の兵器になる……。ただし、その銃口は常に自分に向いている、という教訓と共に。
執事のハンスが、つまみ上げるようにして持ってきた一枚の紙。
私は眼鏡の位置を直し、それを一読した。
「……ぷっ。……あはははは!」
私は耐えきれずに吹き出した。
そこには、ヴィルフリート王子の署名と共に、驚くべき新法案が記されていた。
『公序良俗を乱す過度な営利活動に対する特別重税法』。
内容は、王都で「コンサルティング業務」を行う際、売上の八〇パーセントを「王室振興費」として徴収するというもの。
「アストレア嬢。朝から景気の良い笑い声だな。……その紙はなんだ?」
訓練を終えたばかりのオズワルド様が、汗を拭きながら部屋に入ってきた。
私は彼にその「喜劇の台本」を手渡した。
「オズワルド様、見てください。殿下がついに『法律』を私への嫌がらせの道具に使い始めましたわ。ターゲットを絞り込みすぎて、もはや法律の体をなしていませんけれど」
オズワルド様は一読し、その眉間に深い皺を刻んだ。
「……売上の八〇パーセント徴収? これは国家による強盗ではないか。これでは君の事業が立ち行かなくなるぞ」
「いいえ、オズワルド様。むしろ逆ですわ。……殿下は、この法案の『定義項目』を自分で読み返さなかったのかしら?」
私は机の上の「六法全書(アストレア家特製・全二十巻)」を勢いよく開き、一箇所を指差した。
「この新法案の定義によれば、『コンサルティング業務』とは『他者の意思決定に対し、専門的知見から助言を行い、対価を得るすべての行為』とあります。……ここが重要ですわ」
「……それがどうした?」
「現在、王宮で殿下のアドバイザーを気取っている『マリン様の父親』や、王宮に出入りする『御用商人』。彼らが行っている『進言』もすべて、広義のコンサルティングに含まれるのです。……しかも、殿下が追加した『特別条項』を見て」
オズワルド様が目を細めて読み進める。
「……『本法案は遡及適用(そきゅうてきよう)し、過去三ヶ月のすべての取引に課税する』……? 馬鹿な、法学の基礎を無視している」
「ええ、その通りです。そして、殿下は昨日、マリン様のために『特別に助言をくれた宝飾商』から高価な指輪を購入しましたわね? ……その助言料は、この法律によって八〇パーセントの税金が課せられる。……つまり、殿下が支払った金額の大部分が、『税金』として国庫に入る計算になります」
私がそこまで説明したとき、執務室のドアが激しく叩かれた。
現れたのは、鼻息も荒く、勝利を確信したような顔のヴィルフリート王子だった。
「はっはっは! テルゼ! 通達は読んだか! 貴様の不当な儲けは、今日からすべて私の……王室のものになるのだ!」
王子は私の机をバンと叩き、勝ち誇った笑みを浮かべた。
その後ろには、得意げな顔をしたマリン様も立っている。
「ヴィルフリート様、すごいですぅ。これでテルゼ様も、私たちに意地悪できなくなりますねぇ」
私はゆっくりと立ち上がり、王子に深々と一礼した。
「殿下。まずは新法案の制定、おめでとうございます。非常に『公平な』内容で驚きましたわ」
「ふん、今さら媚びても遅いぞ! さあ、今すぐこれまでの売上を計算して納めろ!」
「ええ、喜んで。ですがその前に……。殿下、この法律の第一条三項を読み上げてください。……『税の徴収対象は、支払者ではなく、対価を受け取った側にある。ただし、支払者が王族である場合、その支払額の一部を『予納金』として一時的に国庫に積み立てるものとする』……。これ、殿下が書き加えたのですよね?」
「ああ! 貴様から確実に金を取り立てるための工夫だ!」
「素晴らしい工夫です。……ハンス、例の『請求書』を」
私が合図を出すと、執事が分厚い束を王子の前に置いた。
「殿下。あなたがこの三ヶ月間、マリン様のために費やした『特別な助言に基づく支出』……。それらの『予納金』を計算したところ、金貨一万二千枚になります。……この法律によれば、殿下は今すぐその額を国庫に納める義務がありますわ」
王子の笑顔が、氷が溶けるように崩れ落ちた。
「な……一万……二千……? なぜ、私が払うのだ! 私は王族だぞ!」
「殿下ご自身が『王族が支払者の場合、予納金を積み立てる』と書かれたではありませんか。……ご安心ください。殿下の口座にそんな大金がないことは把握しておりますので、本日付で『殿下の王族手当』を全額、今後十年にわたって国庫へ直接差し押さえる手続きを完了いたしました」
「……さ、差し押さえ……!? 十年分!?」
王子がガタガタと震え始める。
マリン様も「えっ、私の新しい靴は……?」と顔を青くした。
「さらに、この法律によれば、王宮内の不要な贅沢品も『過度な営利の産物』として没収対象になります。……オズワルド様、騎士団の権限で、殿下の寝室にある金装飾のベッド、没収していただけますか?」
「ああ。法律の執行は騎士団の責務だ。今すぐ部下を向かわせよう。……アストレア嬢、実に『法に忠実な』判断だな」
オズワルド様が皮肉たっぷりに頷く。
「い、嫌だ! 私のベッドを奪うな! これは、これは嫌がらせだ!」
「嫌がらせではありません、殿下。……あなたが作った『法律』ですわ。自分を律することができない方に、国を治める資格はありませんもの」
私は冷徹な瞳で、泣きべそをかく王子を見据えた。
「それから殿下。……私の事業ですが、今朝から『ボランティア活動』に名称を変更いたしました。……対価はすべて『アストレア家への寄付』という形にしておりますので、この新法の対象外ですわ。……残念でしたね」
「……あ、あ、あああああ!」
ヴィルフリート王子は、自分の首を絞めた法律の重みに耐えかね、その場に崩れ落ちた。
「ヴィルフリート様ぁ! しっかりしてください! ……あ、あの、テルゼ様……。私、お腹空いたんですけど……」
「マリン様。……残念ですが、殿下にはもう、あなたにパン一個買う余裕もありませんわ。……ああ、そうだわ。もしよろしければ、我が社の『書類整理の雑用』として雇って差し上げましょうか? 時給は銅貨三枚ですけれど」
「ど、銅貨三枚……!?」
マリン様が絶望の表情を浮かべるのを横目に、私は再びデスクに向かった。
「さて、オズワルド様。邪魔者も片付きましたし、次は殿下の『ベッドの売却益』を、騎士団の新しい武器購入費に充てる手続きをしましょうか」
「……承知した。君の隣にいる限り、私は一生食いっぱぐれることはなさそうだ」
オズワルド様が満足げに微笑み、王子の残骸を跨いで部屋を出て行った。
自爆した王子の末路を見送りながら、私は手帳に新しい「純利益」を書き込んだ。
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