温もりカフェで夢を見る

あや

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28.届かない長年の願い事

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 『いやいや…、それは、ちょっと難しいんんじゃないかなぁ。』

 
 第一感想はこれだ。
 どう言い訳したらいいか分からないもの。

 でも目の前の大剣の付喪神は真剣な眼差しだ。

  
 まさか付喪神さんからそんなお願いを聞くとは思ってなかったし、成功するかもわからない。というか、手助けするとしてもどうやって手伝うことを相手に伝えたらいいのだろう…。
 私は小さくうめいたが、言葉がうまく出てこない。

  

  



『加護付きのアイテムを作ってほしい?』
『はい!もちろん手伝います!』

 エペナちゃんはいい笑顔だ。

『構わないけど、何に使うの?』
『騎士団の今の調査の手伝いです!』
『…はい??』

 付喪神さんがお手伝いですか?

 そう顔に書いてあったのか、 エペナちゃんは話を続けた。

『隠れて手助けするにも、私たち付喪神には限度があるんです。ここにいる皆さんの力を借りれば、調査の一助になれるのです!』

 限界があるのは分かったけれど、本当にそんなことができるのだろうか?
 てか、それをするには…

『私が加護付きアイテムを作れることをあの人たちに伝えなければいけないと思うのだけど。』


 問題はここだ。


 この技術は現代では廃れているものと言っても過言ではない。必ず隠すものだと付喪神たちから言われている訳ではないけれど、祖父母は周りにこのことを言って来なかった。私も言っていない。そして、聞いた人がどのような反応を示すかわからない。

 リヒトが言っていた。昔愚かな人がいたと。
 そういう人がもし今後現れたら…?

『エレン。君が僕らの事を背負うことはないよ。』

 リヒトが何かを察したのか、柔らかい眼差してこちらを見ながらぽつりといった。
 でも…と言いかけた時、それすらも人差し指を口に当てて制す。

『エペナだってこの技術が廃れている事を知らないわけじゃない。分かった上で君に願い出ているんだから。』

 そうか、エペナも付喪神。この状況になった経緯をリヒトたちから聞いているのかもしれないし、もしかしたら付喪神たちは何かを共有しているのかもしれない。
 それは彼らの事だから人間である私には預かり知らぬことも多いのは事実だ。

 エペナに目をやると、相変わらず真剣な面持ちでこちらを見つめている。。

『…とりあえず、できるできないかは置いておいて、そう思った経緯を説明してくれるかな?』

 一度肺に溜まった息を吐き切ると、私はエペナちゃんにそう言った。

 

 

 

 

 

 
 自分は古い剣だった。
 付喪神として覚醒した時を朧げながら覚えている。

 

 雨と、鉄の匂いと、身の丈に合わない大剣を振るっている少年。

 

 それが一番最初の記憶だった。
 何もわからない赤子のように、ひたすら目の前の景色を眺めて、吸収する。そうやって意識ができていた。自分はこの古びて錆びついた大剣で、大剣も彼女だった。
 体は軋んでボロボロで、纏っているものもボロだった。

 付喪神であるという事を知ったのは、もっと先の話で、同胞に初めて会った時に教えてもらった。

 同じように剣を振るう少年もボロボロだった。
 傷だらけで、至る所から血を流しながら必死に生きようと足掻いている。自分という大剣を手に取ったのも偶然だろう。逃げ惑い、時に自分よりも大きな大人に牙を剥きながらその日の生を勝ち取っていた。

 幾らか意識が落ち着いてきた時、周りも同じ状況であることがわかった。あるものは逃げ、あるものは隠れ、あるものは必死に抵抗をしていた。

 エペナはそこで初めて戦場というものを理解した。

 人と人が傷つけ合い、生を取り合い、怒号が飛び交い、恐怖と隣り合わせにある空間。

『彼らは何と戦っているのだろう?』

 それはわからない。しかし間違いなくそこで生死のやりとりが行われていた。

 自分を手に取った少年もきっと理由はわかっていないのではないかと思う。なんとなくそう感じた。この理不尽の中、必死に生きようと足掻いている。

 なんで?なんで?なんで?

 そんな気持ちが痛いほど伝わってきた。汚れた顔には最初はきっと泣いた跡もあったのかもしれない。もはやそんなものがあったかどうかすら分からないほど煤や血で汚れている。

 剣の付喪神は自分を手に取った縁。そして生への執着。生まれたばかりの剣の付喪神は自分を一時的にでも使ってくれている彼を助けたいと思った。
 ほんの少しの手助け。傷を負いそうになったら自分でそれを受け、彼に至らないようにした。動けない時にはそっと寄り添い、危害が及ばないように周りから意識されにくいようにした。剣の付喪神にはそれしかできなかった。

 彼には剣の付喪神は見えなかったから。

 何度彼の目の前を横切っても、傷ついた手に手を添えても、戦果から逃れる未知の方へ呼んでも。

 彼女の言葉も届かなかったし力も及ばなかった。決して無力なわけではないが歯痒さばかりが降り積もっていく。

 いくら時が過ぎた頃、少年もこの状況に慣れたのか、それとも否応なしに経験が増えて行ったからか、その強さが目にみえて周りに知られていく。
 それはそうだ。幾度も死に目にあい、そこから脱してきたのだから。

 ある日、そんな少年に声がかけられた。最初は嫌疑的だった少年だったが渋々声をかけた大人についていくことになった。そこは試験会場のようだった。比較的若い男性が多いがいろんな人種が入り乱れているようだった。剣の付喪神は殺し合わないこれだけの大人数を見たことがなかった。

 しかし、何か説明を受けて、順番に戦っていくようだった。

 少年は手加減というものを知らない。

 当たり前のように相手の足を動かせなくし、腕を切り落とし、命を奪おうと動く。
 しかし、それを制したのも声をかけた大人だった。

『ここでは殺し合ってはいけない。』
『…なぜ?俺はそうすることしか知らない。』

 止められたことに驚きながらも少年は苛立ちを隠しもせず、威嚇しながらそういった。

『さながら獣だな。さっきお前に提案したものを渡すためだ。やめとけ。』
『…。』

 剣の付喪神は彼がそれを承諾するのを不思議がった。ここでは命をお取り合わなくてもいいのだろうか。

 彼は順当に勝ち上がり、そして声をかけた大人について行った。書類を書くように言われたが自分の名前ぐらいしか書けないと少年がいうと、それ以外のところは声に出して読み上げ、少年に確認しいき代筆していった。

 
 名前の欄には汚い字でロルフ、と書かれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
『ロルフはね、それから衣食住を確約されたの。騎士団に入ることになって。もちろん頭角はすぐ現したわ。それだけ必死に生きてきたんですもの!その代わり、生きていくために必要なものをいくつか欠如していたから、それを取り戻すことも大変だったみたい。』
『ロルフさん…。』

 静かに、大事な思い出を語るようにエペナは自分の出生と、ロルフさんの幼少期を話してくれた。
 ぬくぬくと育った自分とは全く別の世界の出来事のように思える。しかし鮮明に語るその内容からきっと嘘ではないのだろう。

『ロルフはね、隊から支給される剣は選ばなかったの。自分の命を守ってきたのはこの剣だからって。見かねたグリージオさんが最初に私を鍛冶屋に出すって言った時はすごく嫌がってたのよ?それだけ大事に思われてるなんて付喪神冥利に尽きるわよね。』

 そう言って照れるエペナ。付喪神たちの考え方の一端に触れた気がした。

『小さな頃から強さに関しては、すごく執着があったみたい。だからそれとなく私ができる範囲で力は貸してきたの。それでも限界はあってね。それを彼の強さ、貪欲さで成長していったの。』 

 そんなエペナの顔が暗く沈む。鉄の鎧のようなスカートの上でぎゅっと拳を握った。

『私はもっと彼に助けになりたい。でもできなかった。それは彼に認識してもらえないから…。エレンのように加護付きのギフトを作ることができないから。
 私は会ったことはないけど、知り合いが見える人はいるって言っていたわ。でもこんなふうに私たちの力を貸すことができるなんて知らなかった。
 助けられないことが仕方がないのはわかってる。けど、あの時こうできたら、この時手助けできたらってことが何度もあったわ。私は大事にしてもらっているのに、何もできない。だからそれを返したい。』
『そんなことないよ。できること、してきたんでしょ。』

 思わず、そう声をかけるも

『こんなものじゃ足りない!!!』

 と叫び声が帰ってきて、突然の大声に言葉失った。はっと我にっかえったエペナは小さくごめんなさい…と謝った。

『だから、あなたに出会った時、驚いたの。そして、ここにいる同胞の多さにも、使っているものにも。正直いえば、今回の調査用のものよりもロルフ自身を助けるものを作ってもらうように頼みたいわ。でも彼は自分のつよさ矜持を持ってる。純粋に自分の力で強くなっていったから。私がしたのはほんの最初の手助けだけ。だから、彼が前に進めるように強さ以外の場所で力になってあげれないかって思ったの。』

 エペナがそっとテーブルの上に置いていいた私の手に、手の平を添える。ひんやりとした指先だった。

『魔素を散らせば、今回の魔獣騒動の調査が進み出すの。無理は承知。だけど、あなたしか頼れない!…どうか、助けてほしい。』

 
 真っ直ぐ見つめる瞳はロルフさんと同じ錆鼠色だ。今にも泣きそうに潤んでいた。 
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