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Episode2:ふたりの食卓
③
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「All right. That's good enough for now.(よし。とりあえずこんなもんかな)」
そう独りごつと、瑛茉は両腕を上に突き出し、ぐぐっと伸びをした。
外は気持ちいいくらいに晴れている。手元のスマホで時刻を確認すれば、正午を少し回ったところだった。
「落ち着いた?」
と、ちょうど部屋の前を通りかかった崇弥が、開け放したままの入り口から顔を覗かせた。隣の自室で仕事をしていたという彼も、どうやらひと段落ついたらしい。
「はい。……すみません。急がないと、お昼ご飯遅くなっちゃいますね」
「気にしなくていいよ。……それにしても、すごい本の量だね。本棚足りる?」
壁際に積まれた数多の段ボール。そのほとんどが、本を梱包したものだ。
大学で使用する教科書や資料集。それから、日本語や日本の文化を学ぶための、小説や漫画や画集に至るまで、さまざまな本が詰め込まれている。
「普段読む分だけ出して、残りは段ボールに入れたまま、クローゼットにしまわせてもらおうかなって」
「そっか。そうだね。……その写真集は? 日本?」
「え? ……あっ、これですか?」
崇弥が指し示したのは、床の上に置かれた一冊の風景写真集。
碧い海原に浮かんだ、緑の美しい島が表紙のこれは、瑛茉が思い出とともにずっと大切にしてきたものだ。
「ここ、母とわたしの故郷なんです」
今から二十二年前。
瑛茉は、瀬戸内海に浮かぶ、この島で生まれた。
観光地としても非常に有名な島で、温暖な気候と豊かな自然が織りなす風景は、離れているあいだも瑛茉の心を明るく灯し続けてくれた。
「何歳までいたの?」
「五歳です。それからは、父の仕事の都合で、カリフォルニアに」
島では、親子三人、母方の祖父母の家で暮らした。
山も川も海も、すべてがそばにあった。空も星も風でさえも、すべてが小さな手で掴めそうなほど。
「おじいさんとおばあさんは、今も島に?」
「はい。せっかく日本にいるから、会いに行きたいなって思ってはいるんですけど……なかなかタイミングが合わなくて」
「どれくらい会えてないの?」
「……どれくらいだろう。母の葬儀以来だから……もう七年くらい経つのかな」
細く白い指先で、表紙の写真をそっとなぞる。
母——陽子が亡くなったのは、瑛茉が十五歳の冬。いまだ治療法の確立されていない難病を患い、四十歳という若さでこの世を去った。
明るい人だった。最後の最後まで笑っていた。笑って、笑って、静かに息を引き取った。
アメリカまで駆けつけた祖父母の慟哭、あの涙は、今も瑛茉の胸奥に焼きついて離れない。
「……元気にしてるかな。ふたりとも」
「会いに行っておいで」
「え……?」
崇弥の口から発せられた言葉に、瑛茉は思わず顔を持ち上げた。崇弥の黒色と瑛茉の榛色がぶつかる。
光を集めた黒色の中で、目を見開いた瑛茉が、ゆらゆらと揺らめいた。
「夏休み。八月からだっけ? 時間の許すかぎり、ゆっくりしておいで。悠も、きっとそう言ってくれる」
崇弥の優しい眼差しが、熱とともに注がれる。
瑛茉の心の灯りが、さらに明るくなった。
「……はい。また、店長に相談してみます」
初めてだ。
こんなふうに誰かを近くに感じたことも。
誰かに、自分の過去を話したことも。
そう独りごつと、瑛茉は両腕を上に突き出し、ぐぐっと伸びをした。
外は気持ちいいくらいに晴れている。手元のスマホで時刻を確認すれば、正午を少し回ったところだった。
「落ち着いた?」
と、ちょうど部屋の前を通りかかった崇弥が、開け放したままの入り口から顔を覗かせた。隣の自室で仕事をしていたという彼も、どうやらひと段落ついたらしい。
「はい。……すみません。急がないと、お昼ご飯遅くなっちゃいますね」
「気にしなくていいよ。……それにしても、すごい本の量だね。本棚足りる?」
壁際に積まれた数多の段ボール。そのほとんどが、本を梱包したものだ。
大学で使用する教科書や資料集。それから、日本語や日本の文化を学ぶための、小説や漫画や画集に至るまで、さまざまな本が詰め込まれている。
「普段読む分だけ出して、残りは段ボールに入れたまま、クローゼットにしまわせてもらおうかなって」
「そっか。そうだね。……その写真集は? 日本?」
「え? ……あっ、これですか?」
崇弥が指し示したのは、床の上に置かれた一冊の風景写真集。
碧い海原に浮かんだ、緑の美しい島が表紙のこれは、瑛茉が思い出とともにずっと大切にしてきたものだ。
「ここ、母とわたしの故郷なんです」
今から二十二年前。
瑛茉は、瀬戸内海に浮かぶ、この島で生まれた。
観光地としても非常に有名な島で、温暖な気候と豊かな自然が織りなす風景は、離れているあいだも瑛茉の心を明るく灯し続けてくれた。
「何歳までいたの?」
「五歳です。それからは、父の仕事の都合で、カリフォルニアに」
島では、親子三人、母方の祖父母の家で暮らした。
山も川も海も、すべてがそばにあった。空も星も風でさえも、すべてが小さな手で掴めそうなほど。
「おじいさんとおばあさんは、今も島に?」
「はい。せっかく日本にいるから、会いに行きたいなって思ってはいるんですけど……なかなかタイミングが合わなくて」
「どれくらい会えてないの?」
「……どれくらいだろう。母の葬儀以来だから……もう七年くらい経つのかな」
細く白い指先で、表紙の写真をそっとなぞる。
母——陽子が亡くなったのは、瑛茉が十五歳の冬。いまだ治療法の確立されていない難病を患い、四十歳という若さでこの世を去った。
明るい人だった。最後の最後まで笑っていた。笑って、笑って、静かに息を引き取った。
アメリカまで駆けつけた祖父母の慟哭、あの涙は、今も瑛茉の胸奥に焼きついて離れない。
「……元気にしてるかな。ふたりとも」
「会いに行っておいで」
「え……?」
崇弥の口から発せられた言葉に、瑛茉は思わず顔を持ち上げた。崇弥の黒色と瑛茉の榛色がぶつかる。
光を集めた黒色の中で、目を見開いた瑛茉が、ゆらゆらと揺らめいた。
「夏休み。八月からだっけ? 時間の許すかぎり、ゆっくりしておいで。悠も、きっとそう言ってくれる」
崇弥の優しい眼差しが、熱とともに注がれる。
瑛茉の心の灯りが、さらに明るくなった。
「……はい。また、店長に相談してみます」
初めてだ。
こんなふうに誰かを近くに感じたことも。
誰かに、自分の過去を話したことも。
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