【完結】夕凪のピボット

那月 結音

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Episode4:それぞれのベクトル

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 崇弥に呼ばれてダイニングへと赴いたのは、半時間ほど経ったあとだった。
「That looks so delicious……(すごく美味しそう……)」
 まるで絹のような光沢を放つ黄金色のオムライス。ひと目で食感がわかるほどの完璧なフォルムに、瑛茉は思わず感嘆の声を漏らした。
「お腹空いてなかったって言ってたけど、大丈夫? 無理しなくていいからね。食べられるだけ食べてくれれば」
「I'm suddenly getting hungry now.(今急にお腹空いてきました)」
「あははっ。それはよかった」
 冷めないうちにと崇弥に促され、手を合わせてスプーンを持つ。想像どおりのふわふわとした弾力に、口に入れる前から虜になってしまった。
 とろりと蕩ける卵をチキンライスに絡め、ぱくりとひとくち。
「!!」
 優しい甘みと、ほのかな酸味が、絶妙に混ざり合う。まさに至福の味だ。
「美味しい……!!」
「ほんとに? 久しぶりに作ったから、ちょっと自信ないんだけど」
「ほんとですっ。今まで食べたオムライスの中で、一番美味しいです」
 まろやかな風味が、口いっぱいに広がる。燦々と輝くつぶらな目。この日、「美味しい」を連呼したのは、崇弥ではなく瑛茉だった。
 同居を開始してひと月。
 初めての崇弥の手料理を、存分に堪能した後。
「いつもありがとうございます。九条さん」
 シンクに並んで洗い物をしている崇弥を見上げ、瑛茉が口を開いた。
 泡まみれの手を止め、一瞬きょとんとするも、崇弥はすぐさま微笑んでこう返した。
「いやいや、それは俺の台詞だよ。いつも家のことしてもらってばかりで、ほんとごめんね」
「あ、いえ、そういうことじゃなくて、その……わたし、二年前から、ずっとお世話になりっぱなしで……今回は、住むところまで」
 本当にありがとうございます、と深く頭を下げると、崇弥はその整った顔をわずかに曇らせた。
「頭上げて、瑛茉ちゃん。俺はそんなふうに感謝される資格はないよ。……君を、困らせた」
 三週間前の、あの雨の日。
 突然家の揉めごとに巻き込み、あまつさえ、あんな形で告白してしまった。
 気持ちを伝えたことを後悔しているわけではない。ただ、瑛茉の心に余計な負担をかけてしまったのではないかと、自己嫌悪に陥った。
 そんな彼に、瑛茉が言う。
「正直、びっくりしました。まさか、そんなふうに思ってもらってるなんて、想像もしてなかったから……」
 彼の顔が、見られない。とたんに緊張で皮膚がひりついた。顔が熱い。燃えるように。
 けど……と、瑛茉は勇を鼓して彼を振り仰いだ。
「わたしは、その、そういう気持ちがよくわからなくて……経験が、ないので。でも、よくわからないまま、考えないまま、答えを出したくないから……だから、もう少しだけ、待っていただけますか?」
 華奢な体が、細い声が、かたかたと震える。
 不安で潤んだ瞳、その奥に移る、崇弥の温顔。眉を下げ、優しさを目元に滲ませながら、そっと瑛茉を見下ろしている。
「ほんと、そういうとこなんだよなあ……」
「……え?」
「ううん。……ありがとう。君を好きになって本当によかった」
 滔々とうとうと流れる、静穏な時間。ふたりの、ふたりだけの、特別な時間。
 言葉では表しきれない。
 けれど、たしかに。
 未来の動く音が、かすかに聞こえた。


 < to be continued…… >
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