【完結】夕凪のピボット

那月 結音

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Episode8:夕凪のピボット

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 生垣からこぼれる、家々の明かり。
 ほのかに浮かび上がる小道を辿り、祖父母の家へと近づけば、門扉の前にふたりの姿を見つけた。
 心配していたのだろう。祖母は、瑛茉と崇弥に気づくやいなや、ほっとした表情で大きく手を振った。
「た、ただいま」
 緊張で頬を染めながらも、どこか満たされた声で瑛茉が告げる。この様子から、無事に崇弥と話ができたのだと悟った祖父母は、「おかえり」と笑って出迎えた。
 そんな祖父母の前に、厳粛な面持ちで崇弥が一歩踏み出す。そうして深々と頭を下げると、今回の騒動について、改めて謝罪した。
「このたびは本当に申し訳ありませんでした。私が至らないばかりに、瑛茉さんを不安にさせてしまい、おふたりにもご迷惑を……」
「崇弥さん……っ!」
 瑛茉は、慌てて崇弥の手を握り、その謝罪を遮ろうとした。悪くなどない、謝る必要などないのだと、懸命に訴える。
 それでもなかなか頭を上げようとしない崇弥に、祖母が優しく微笑みかけた。
「頭を上げてください。話は主人から聞きました。こちらこそ、この子がたくさんお世話になっているみたいで……本当に、ありがとうございます」
 祖母のこの言葉で、崇弥はようやく顔を持ち上げた。先ほどより少し和らいだ顔つきで、世話になっているのは自分のほうなのだと説明した。
 小道を夜風がとおる。生垣の葉を揺らしながら、さらさらと吹き抜けていく。
 しだいに夜も深まる中。
 あることを心配した祖父が、崇弥にこんな質問を投げかけた。
「今夜、泊まる場所は決まっとるんですか?」
 それは、島での崇弥の滞在先。
 島から本土へと渡るフェリーは、すでに運航を終えてしまった。つまり、明日の朝まで、島から出ることはできないのだ。
「いえ。これから、港近くでホテルを取ろうかと」
 祖父の質問に、崇弥がこう答えれば、
「ほんなら、どうぞうちで泊まってください」
 思いもよらない提案に、崇弥の思考は一瞬停止した。
 目をしばたかせ、必死に頭を回転させる。ようやく事態を吞み込めた彼は、慌てて首を横に振った。
「い、いえっ、それは……」
 いくら同居しているとはいえ、付き合っているとはいえ、彼女の実家に泊まるのはさすがに気が引けた。なにより、これ以上迷惑はかけられない。
 いまだ思考がぐるぐるしている崇弥に、祖父が続ける。
「古い家で何もないですが、そのぶん、ゆっくり過ごせると思います。それに、あなたと一緒におるほうが、この子も安心できると思いますけん。……なあ、瑛茉」
 祖父の呼びかけに、瑛茉の肩がぴっと飛び跳ねる。瑛茉は、恥ずかしそうにうつむくと、小さく頷いた。
 瑛茉がどれほど崇弥のことを信頼しているか……この短時間で、祖父はそれを感じ取っていた。たとえひと晩でも、ようやく会えたふたりを離すのは忍びない。
「こちらには、いつまで?」
「恥ずかしながら、何も決めずに来てしまって……。会社には、一応五日間の休暇を申請してきたのですが」
「あははっ! 似た者同士やね。瑛茉も、なーんも決めんと帰ってきたんやろ?」
 朗らかに祖母が笑う。
 崇弥の後ろに隠れるようにして、またしても瑛茉は恥ずかしそうに頷いた。
「二日後に花火大会があるけん、それ見て一緒に東京帰ったら? ……ふたりとも、いろいろあって疲れたでしょ。ゆっくり休んで帰り」
 そう言って門扉を開くと、祖母は崇弥をあたたかく迎え入れた。四人の影が、ひとつに重なる。崇弥は、静かに息を吸い込み、再度深々と頭を下げた。
 夜が渡る。
 高くそびえる庭木の隙間から現れたのは、降り注がんばかりの星空だった。


 < to be continued…… >
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