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Episode10:はじまりの場所
⑤
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影の主は、匡士郎だった。
崇弥の纏う空気が、わずかに張り詰める。
匡士郎は、ふたりのもとへゆっくりと歩み寄ると、まずは崇弥に向き合い、改めて謝罪を口にした。
今度は、先ほどよりも、はっきりと。
「本当にすまなかった。……これを、お前に」
匡士郎の手が、すっと伸びてきた。訝しく思いつつも、同じように手を伸ばす。
そうして手渡されたものは、あの日、崇弥が社長室で投げ捨てた、社章バッジだった。
副社長という立場を表徴する純銀製のそれは、薄暗い中にもかかわらず、崇弥の手のひらで小さく光を集めている。
装着することをためらっていると、オリヴァーがひょいとバッジを取り上げ、崇弥の左襟に手際よく取りつけた。ポンポンと、バッジの上から崇弥の胸元を叩く。その仕草は、まるで言葉を超えた励ましのようだった。
「Mr. Aaron.」
それから、匡士郎はオリヴァーのほうへと向き直ると、誠心誠意深く謝罪した。
「I said something incredibly rude to your precious daughter. She has every right to resent me, but I want to apologize to her.(あなたの大切な娘さんに、大変失礼なことをした。恨まれて当然だが、どうか謝罪させてほしい)」
あの日、息子があんなふうに声を荒げるまで、気づけなかった。
自身の視野の狭さを。無能さを。
謝ってすむ問題ではない。息子のため、会社のためだったなどと、今さら弁明したところで言い訳にしか過ぎない。
……わかっている。それでも、今形にしなければ、かけがえのないものを失ってしまう。そう思った。
ひゅっと、一陣の風が、三人のあいだを吹き抜けた。
秋の香りを、音を、かすかに運んで。
「While I would prefer you address this directly to my daughter……I must say that she is very wise, like her mother. She understands well both your feelings as a father and your position as a CEO.(それは直接娘に言ってほしいが……あの子は母親に似てとても聡明だ。父親としてのあなたの気持ちも、最高責任者としてのあなたの立場も、よく理解している)」
オリヴァーは、いまだ頭を上げようとしない匡士郎の肩に手を置き、穏やかな口調でこう告げた。
娘は——瑛茉は、自分のせいで崇弥と匡士郎の仲が悪化したのではと自責するような優しい子だ。怒ってなどいないし、ましてや恨んでなどいない。
オリヴァーのこの言葉に心を打たれた匡士郎は、一度上げた頭を、再度深く低く下げた。
季節が変わる。
時間は、確実に前へと進んでいる。
「日本ニ来テ、アナタタチ出会エテ、トテモ嬉シイ。……アリガトウゴザイマス」
ふたつの手のひらが、自然と繋がる。
このとき、ふたりの父親が交わした握手は、言葉以上の深い理解と、互いへの尊敬が込められていた。
崇弥の纏う空気が、わずかに張り詰める。
匡士郎は、ふたりのもとへゆっくりと歩み寄ると、まずは崇弥に向き合い、改めて謝罪を口にした。
今度は、先ほどよりも、はっきりと。
「本当にすまなかった。……これを、お前に」
匡士郎の手が、すっと伸びてきた。訝しく思いつつも、同じように手を伸ばす。
そうして手渡されたものは、あの日、崇弥が社長室で投げ捨てた、社章バッジだった。
副社長という立場を表徴する純銀製のそれは、薄暗い中にもかかわらず、崇弥の手のひらで小さく光を集めている。
装着することをためらっていると、オリヴァーがひょいとバッジを取り上げ、崇弥の左襟に手際よく取りつけた。ポンポンと、バッジの上から崇弥の胸元を叩く。その仕草は、まるで言葉を超えた励ましのようだった。
「Mr. Aaron.」
それから、匡士郎はオリヴァーのほうへと向き直ると、誠心誠意深く謝罪した。
「I said something incredibly rude to your precious daughter. She has every right to resent me, but I want to apologize to her.(あなたの大切な娘さんに、大変失礼なことをした。恨まれて当然だが、どうか謝罪させてほしい)」
あの日、息子があんなふうに声を荒げるまで、気づけなかった。
自身の視野の狭さを。無能さを。
謝ってすむ問題ではない。息子のため、会社のためだったなどと、今さら弁明したところで言い訳にしか過ぎない。
……わかっている。それでも、今形にしなければ、かけがえのないものを失ってしまう。そう思った。
ひゅっと、一陣の風が、三人のあいだを吹き抜けた。
秋の香りを、音を、かすかに運んで。
「While I would prefer you address this directly to my daughter……I must say that she is very wise, like her mother. She understands well both your feelings as a father and your position as a CEO.(それは直接娘に言ってほしいが……あの子は母親に似てとても聡明だ。父親としてのあなたの気持ちも、最高責任者としてのあなたの立場も、よく理解している)」
オリヴァーは、いまだ頭を上げようとしない匡士郎の肩に手を置き、穏やかな口調でこう告げた。
娘は——瑛茉は、自分のせいで崇弥と匡士郎の仲が悪化したのではと自責するような優しい子だ。怒ってなどいないし、ましてや恨んでなどいない。
オリヴァーのこの言葉に心を打たれた匡士郎は、一度上げた頭を、再度深く低く下げた。
季節が変わる。
時間は、確実に前へと進んでいる。
「日本ニ来テ、アナタタチ出会エテ、トテモ嬉シイ。……アリガトウゴザイマス」
ふたつの手のひらが、自然と繋がる。
このとき、ふたりの父親が交わした握手は、言葉以上の深い理解と、互いへの尊敬が込められていた。
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