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第5話
久しぶりに登校した学校では、当たり前のようにクラスメイトは挨拶をしてくれる。そうした何気ない対応が一番優しくて嬉しい。窓際の自席につくと、風が頬を撫でる。初夏のさわやかな風と気持ちよい太陽の光に目を細める。発情期が終わり、休養をとって身体は非常に調子が良い。これもあの二人のおかげだ、と思うと、身体の奥でじん…と何かの熱を感じ、恥ずかしさに体温が上がるのがわかる。
「え…それって、やばくないか…」
ふと、近くの席にいるクラスメイトの話し声が耳に入ってきた。
「本当だよ!俺、この目で見たもん…生徒会長と噂の転校生が、食堂でキッスしているのを…」
と話す男子生徒は自分の身体を抱きしめ、身をくねらす。茶化した言い回りに冗談かと思うが、周りの反応は、そうではなかった。
「そのあと、悲惨だったもんな~…親衛隊たちの悲鳴と荒らされた食堂…戦争でもあったのかと思うほどの荒れ具合だったよ…」
私立高校らしく、基本白で統一され、いつも清潔である食堂を思うと想像ができない。
学校中、この噂で持ち切りらしい。転校生がやってきた。2年生の、それも始業式が終わってすぐ。そして、生徒会のメンバーをどんどん虜にしていき…という魔性の女のような存在がこの学園にやってきた。らしい。生徒会のメンバーは見た目、才能、社会的地位、すべてを手にいれた優秀な人々で構成させる。そうした人たちには親衛隊という彼らを崇拝する人たちが集まった団体がある。転校生の男の子は、どうやら生徒会の親衛隊を敵に回してしまったようだ。
毎日を穏やかに過ごしたい僕は、少し転校生に同情してしまう。そして、僕は、そうした災難が自分自身に降りかからないことを祈ってしまう。つくづく、自己中心的な考え方だなと、溜め息をつく。
にしても、生徒会のメンバーは、もちろんアルファばかりだ。きっと、彼らを魅せてしまうということは、噂の転校生はオメガなのだろう。それも、極上の。どんなアルファも夢中にさせてしまう極上のオメガは人口の数パーセントはいるらしい。もはや都市伝説級の話だが、転校生を噂が本当なら、そのような気もしてしまう。その転校生に出会えば、もしかしたら、陽介や秀一も…僕から離れてしまうのではないか。と薄暗い考えがかすめた瞬間に、彼らは僕の所有物ではないし、それは彼らの自由なのだと邪念を打ち払うように頭を振る。きっと発情期明けだからだ、こんなにオメガやアルファ、という考えに固執してしまうのは。と自分に言い聞かせて、また一つ溜め息をついてしまう。
担任が教室に入ってきて、クラスメイトたちは自席に座る。発情期開けの授業は大変だ。1週間の遅れを取り戻すためにも、頑張らないと、とうなずいて、自分自身に頑張ろ、とつぶやく。
「ななっ、お昼たべよっ」
は、と顔をあげると、陽介が笑顔で僕の顔を覗き込んでいた。手には、購買で大人気の焼きそばパンだ。がたがたと椅子を動かして、僕の目の前に座る。
「なんだ、ななはいつから数学がそんなに好きになったんだ?」
と後ろから、手元を覗き込んできたのは秀一だ。いつの間にか四時間目は終わり、昼休みになっていたのだ。なんだか、あの噂を聞いてから、頭の中が混沌としていて、気づかなかった。
「ちなみに、それ、間違ってるぞ」
真横に座った秀一は、おそらく購買であったであろう紅茶パックにさしたストローを咥えながら指刺した。
「え?!うそ!」
「ほんと」
バスケの才能だけでなく学業も得意な秀一は、すらすらと解説しだす。うんうんとうなずきながら、メモをとると、すんなり頭にはいってくる。ありがとう、と秀一に礼を告げると目の前で陽介がにやにや笑っている。顔を近づけて、僕にだけ聞こえるような甘い声で囁く。
「今回、ちょっと頑張りすぎちゃったかな?」
「なっ…!」
やんわりと熱い吐息が僕の耳にかかると、先日までの昼夜問わないただれた情事を思い出されて、瞬時に全身の血が沸騰した。陽介はこういう冗談が言ってくるところが嫌いだ。すると、すかさず秀一がそのきれいな指で僕の髪を一束すくい、耳にかけてくる。そっと耳元に唇を近づける。
「俺の匂いと混じって、最高にエロいななの匂いだ」
鼓膜をゆらす、甘い低音に思わず、身体が震える。思わず、声が出そうになってしまった。いつも発情期明けは、なんだか気恥ずかしくて二人の顔が真正面から見にくい。そんな僕を二人は楽しそうに、口元を緩めて見つめてくる。五月晴れの心地よい気候がより、この卑猥さを際立たせていいる気がして、僕は思いっきり音をたてて椅子から立ち上がる。
「も~…っ!また二人して僕をからかって…!!」
もういい!と言って、寮で注文したお弁当を手にその場から脱出する。どこ行くんだよ~と陽介の声が聞こえて、「外!」と答えると、二人があとを追ってくるのを感じる。急いで教室を出てきたのに、二人の広い歩幅であっという間に追いつかれてしまい、後ろから陽介に抱きつかれてしまう。
「ごめんごめんっ、ななちゃんゆるちてぇ」
「誠意を感じないっ」
「なな、悪かった。お詫びに、幻の焼きそばパンをやるよ」
「…許そう」
「え!秀一、それ俺の昼飯なんだけど?!」
秀一の容赦ない陽介への裏切り行為につい吹き出してしまう。声に出して笑うと二人も柔らかく笑うのがわかる。そのあとは、中庭のベンチに三人でぎゅうぎゅうになりながら座ってお昼ご飯を食べた。こうした毎日の何気ない時間が、僕にとっては幸せ極まりないのだ。こんな毎日が、ずっとずっと、続くことを祈るばかりだった。
変化を感じ出したのは、それから一週間後だった。
「なな、飯食お」
やっとの昼休みに教室がざわめく中、秀一が教室に迎えにきてくれて、弁当をもってひょこひょこついていく。
「陽介は?」
いつも、やいのやいのうるさい陽介の姿がなく聞くと、秀一は、少し間をおいてから、答えた。
「あー…今日は部活でミーティングがあるらしい」
「今日も?昨日も、おとといも…」
一昨日は、秀一が部活の集まりでいなかったんだ、と思い出す。どんなに部活が忙しくても、お昼は一緒に過ごしていたことを思うが、二年生になり、二人の立場は違うのだろう。わがままを言って、困らせてはいけない。出かけた言葉を、く、と喉で押し殺した。
それにしても、連日集まりとは、何かあったのだろうか。そう心配して尋ねても、秀一は黙って頭を撫でてくるだけだ。その手のひらの温度に、安心させられてしまうけど、なんだか胸騒ぎがする。
「秀一も、本当は部活の集まりがあるんじゃない?無理して僕に合わせなくていいからね?」
僕に友達は二人しかいないけど、二人には友達がたくさんいるはずだ。高校の部活動の仲間は家族よりも長い時間をともに過ごすと聞いたことがある。特に強い部活であればあるほど。二人はよく、合宿にもいくし、遠征にも行っていた。そんな二人の足枷のような存在になっては、元も子もない。二人がいないと寂しいのは事実だが、我慢はさせたくない。だって、僕たちは友達なのだから。人気者の彼らを僕が独占してきた、今までが贅沢すぎたのだ。
「あったらあったで素直に言うさ。だから、んな顔すんな」
秀一は、ふっと笑って、また僕の頭を撫でた。そして、さりげなぐ、するりと頬を撫でで顎をくすぐる。そのこそばゆさに、ふふ、と笑って肩をすくめると、秀一は目を細める。
「さ、食べよ食べよ~、健気に僕に付き合ってくれる秀一には、から揚げをサービスしよう」
寮母がつくる大好きなから揚げをひとつ、箸でつまみ、秀一の口元に運ぶ。あーん、という声に合わせて、秀一も大きく口を開けて食べてくれる。
「こんな贅沢できるなら、陽介は毎日いなくていいな」
本人は不在なのに、憎まれ口を叩かれていて笑ってしまう。ぷんすかとかわいく怒る陽介の顔が脳内に浮かび、また笑ってしまう。早く三人で会いたいな、としみじみ思ってしまう。
寮に帰り、風呂上がりにスマホのランプに気づき、アプリを開くと、陽介から謝罪のメッセージが届いていた。謝る必要なんかないのに、と思いながらも、こうやって気にしてもらえていることに安堵してしまう。焼きそばパンを条件に許すとくだらないやりとりをすると、明るく返ってくる。いつもの陽介だ、とスマホ片手に微笑む。
明日は休日だ。以前、陽介から、練習試合があると聞いていた。エースの陽介は必ず出場ずるだろう。少し顔を出して、陽介を驚かせてやろうと、わくわくしながら、ベットに入る。綿の心地よい寝具に包まれればあっという間に眠気に襲われてしまう。明日は久しぶりに陽介に会えるぞ、と笑顔のまま眠りについた。
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