甘雨ふりをり

麻田

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第15話




 なんで、ここにいるの?
 僕が発情期だって知ってたの?
 僕がオメガだって気づいていたの?
 なんでこの部屋だってわかったの?

 どうして、僕に優しくしてくれるの?

 聞きたいことが山ほどあった。この温かい身体を突き放さないといけないと頭ではわかっている。
 それなのに、身体は、待ち望んだ彼の登場に全身が喜び暴れている。拒絶しろ、と脳で命令したはずなのに、両腕で縋るように抱きついてしまう。当惑する甘い匂いがどんどん彼から溢れ、僕の中に流れ込む。もっと嗅ぎたくて、首筋に擦りついてしまう。

「んぅ…っ」

 あの無骨な手が、優しく頭を撫でる。指先で、毛先の塊をほぐし、頭部を包み込む。耳を撫でられ、背筋が震えた。ずっと、こうしていたいと望んでしまう。
 彼はゆっくりと僕を抱きかかえ、ベッドに下ろした。そ、と掛け布団をかけるが、僕は彼の首に回した両腕を離せなかった。

「ゃだ……、ここにいて……」

 さらに腕に力を込めて抱きしめる。自分でも意図して出した言葉ではなかったが、ぼんやりした頭ではもうよくわからなかった。とにかく、やっと出会えたこの人から、離れてはならないということだけは本能が命じていた。発せられた声は、あまりにも弱々しく、彼に伝わったかはわからなかったが、彼も布団の中に入ってきてくれたことに僕は満足した。身体の下に逞しい長い腕が差し込まれ、優しく抱き込まれる。どきどき、といつもより早く聞こえる心音はどちらのものかわからなかったが、ひどく安心した。さっきの頭痛や吐き気はおさまり、穏やかに眠りにつけた。


 友達が出来て嬉しかった。ましてや、その友達がオメガであることを認めてくれて、たくさん助けてくれた。僕を笑顔にさせてくれる優しい友達が大好きだった。ずっと一緒にいたかった。
 すべてが過去形であることが寂しくて悲しい。悪夢であればいいのに、何度も思ったけど、それは現実だった。一人ぼっちで、なんということもないように当たり前に友達と明るく騒ぐクラスメイトの中に紛れることは、僕の孤独を増幅させた。
 一度助けられた僕は、明日に期待してしまっていた。今日はダメでも、明日なら。きっと。その明日は来ないのに。
 涙が一粒溢れる。後を追うように、また一粒零れた。温かい何かが僕を強く包み込み、涙を拭ってくれる。この温もりを僕は知っている。そうか、あの時も、あの時も、僕を孤独の淵から救ってくれたのは、君だったんだね…


 重い睫毛をあげると、綺麗な鎖骨の間で、ちゃり、と小さなシルバーのネックレスが揺れた。温かな身体に、とくとくと鳴る心音、何度も大きな手が僕の頭を撫でていた。寝起きのぼやついた頭だが、どうやら抑制剤はうまく効果を発揮できたようで嫌なモヤは感じなかった。すぅ、と息を吸うとあの大好きな匂いでいっぱいになって、僕は彼の胸元に顔をうずめた。

「落ち着いたか…?」

 そっと彼は僕に尋ねてくれた。どのくらいの時間、佳純は僕のわがままに付き合ってくれたのだろう。申し訳なさも心には明確にあった。これ以上、甘えてはいけない、という理性も、まだあった。
 でも、僕は、それら全てに蓋をした。

「まだ……」

 厚い胸板に腕を回して、きつく抱きしめた。佳純は、何も聞かずに、額に口付けをして、また頭を撫ではじめる。その甘やかすような優しい手つきに、目尻に雫がにじんだ。胸元に顔をうずめて、ありがとう、と囁いたが、きっとこれは、彼の心音に呑み込まれてしまったことだろう。


 いつの間にか眠っていた。次に目を覚ますと、ぐっすりと眠れていたことに驚いた。外は明るく、鳥のさえずりも聞こえる。ベットに手を伸ばすが、隣には誰もいなかった。がば、と身体を起こす。辺りを見回すが、この狭い部屋には僕以外、誰もいなかった。

「か、佳純…?」

 覚束ない脚で、トイレや風呂場を確認するが、彼はいない。一人、部屋で立ちたくす。
 あれは、夢だったのだろうか。ベットの脇で、へたり込み、ぼんやりと窓を見つめる。
 そういえば、僕はいつ、このパジャマに着替えたのだろう…
 お気に入りのリネン地のパジャマは、ちゃんとボタンは止まっている。そういえば、身体も違和感なく清潔に保たれている。ずきり、と痛みに気づき、手を当てると、昨日、強かに打ちつけた右頬には、大きな絆創膏が施されていた。玄関まで歩くと、零したはずの吐瀉物も、何もかもがキレイに整えられていた。

「佳純……?」

 彼なのだろうか…
 どくん、と忘れていた心臓が大きく一跳ねすると、膝が笑い出し、その場に崩れた。は、は、と呼吸は浅くなり、内股を擦り付ける。薬が切れてしまったんだ。ぐぐ、と身体の体温が一気に上昇するのがわかる。どうしよう…どうしよう…。
 また、薬を飲まないといけないのか。あの苦しい副作用に、また耐えなければならないのか。嫌だ嫌だと頭を振る。本当は、本当は……。
 でも、この思いは、表に出してはいけない。心の中で、明確に言葉にしてしまいそうで、堪える。内股を必死に押さえつけ、胸元の前で両手を握りしめる。指先が白くなるほど握り込み、手が震える。時間がない。
 どうしよう、どうしよう…涙が、ぼろりと溢れる。
 がちゃ、と目の前のオートロックが解除され、ゆっくりと扉が開いた。白いビニール袋が見え、目線をあげると切長の目に潜む瞳と目が合う。
 その瞬間、一気に彼の匂いが脳を殴るような速さで駆け巡る。僕の我慢していた何かも弾けて匂いが溢れた。
 彼は苦しげに手で口元を隠すと、急いでドアを閉めて、ポケットから小さな注射器を自身の太腿に刺した。ぐ、と小さく呻くと、僕を胸に抱きかかえ、部屋の中に足早に入り込んだ。ベットに僕を優しく降ろそうとしてくれたが、彼もベットに倒れ込む。なぜなら、僕がそうなるように、抱きつき、バランスを崩させたからだ。は、は、と犬のように短い呼吸しかできず、口の端からは唾液が溢れてしまいそうだ。

「ダメだ…先に、食事を…せめて、飲み物だけでも…」

 彼は呼吸をなんとか整えながら、ベット下に転がったビニール袋を引っ張り出そうとしたので、急いでの首に抱きついた。

「やだ!ここにいてっ」
「七海…っ!」

 勝手に腰が揺らめき、僕のオメガの部分に彼のアルファを擦り付ける。その瞬間、奥歯を噛み締めながらうめき、僕の名前を呼んだ佳純の声に情欲が紛れていたのを感じ、小さく喘いでしまう。それでも彼は、僕をやや引きずりながらもビニール袋の中から経口補水液を手に取り、ペットボトルの口を開ける。

「昨日から、何も口にしてないんだ…せめて、これだけは飲め…っ」

 ぐ、と肩に彼の指が食い込むほど力をいれて、剥がされる。口元にペットボトルを押しやられ、水分が一気に流れ込むが、むせてしまい、余計に呼吸が苦しくなってしまう。仕方なしに、佳純はペットボトルの中身を口に含み、僕の顎を掴んだ。

「んぅ…ん…」

 熱い唇から、水分が流れてくる。身体は欲していたようで、沁み渡るような感覚にもっととせがんでしまう。ちゅ、ちゅう、と何度も唇に吸いつくと、彼はもう一度口伝えに水分を分け与えてくれる。もう一度同じように繰り返したところで、僕は我慢できずに彼の口内に舌を差し込んでしまう。その舌は燃えるように熱く、触れると溶けてしまいそうなくらいだ。彼の唾液は、蜂蜜のように甘く、何度も貪りたくなってしまう。舌を何度も擦るように撫でていると、彼が僕をきつく抱きしめ、舌が応えてくれる。歯列をなぞり、上顎をくすぐられ、舌のつけ根に淡く噛まれて、たまらなく僕は呆気なく全身を震わせ、吐精した。それでも彼は舌への愛撫を続ける。

「ぁっ…んぅう…っ、んぁ、ん…」

 奪うような口付けに夢中になっていると、するり、と脇腹を撫でられ、より一層、高い声が鼻から抜ける。それだけで内腿がぶるぶるも震えている。


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