甘雨ふりをり

麻田

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第17話

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 がさがさと音がして、意識がじわじわと戻ってくる。瞼を上げると、佳純がジーパンをはいているところだった。
 咄嗟にその服をつかんで、引き寄せる。彼は起きた僕に気づき、振り返る。

「やだっ、いかないでっ」

 身を起こして、彼の腰に縋り付くように抱きつく。やだやだと頭をシャツに擦り付けると、彼は、ふ、と息を吐き出すように笑って僕の肩を撫でた。

「わかったから、もう少し寝ろ」

 その手に促されるまま横になり、布団を掛け直される。佳純は僕の手を握り、フローリングの上に僕と向き合いように座った。枕に頬をつけ、僕の手の関節を優しく撫でる親指も手をつつみこむ手のひらの温度も心地よく安心した。

「部屋、片してくれたの?」

 昨日は頭がぐちゃぐちゃで話せなかったことをぽつぽつと聞いた。彼はうなずく。

「ごめん、汚いもの、片させちゃって…」

 つらい抑制剤の副作用を思い出して背筋が震えた。それでも、目を細め、何度も撫でてくる指先に、体温が戻ってくるのがわかる。それと同時に、は、と思います。そういえば、彼が座っているところで、僕は…

「ここに、あった、もの、とかも…佳純が、片してくれたの…?」

 口元を掛け布団に隠すようにもごもごと話す。彼は、何とも表情が読めない、いつもの無表情で頷いた。か、と顔が熱くなるのがわかったが、彼は特別に揶揄することもなく、かすかに首を傾げた。

「ごめんね、あんなものまで、片させちゃって…」

 昨夜は、あんなに痴態を見せたのだが、改めて、欲を晴らすためとはいえ、自慰の後始末を彼にさせてしまったことが情けなくて、恥ずかしい。

「気にするな」

 彼のバリトンが静寂な部屋に響き、目線をあげる。佳純は、緩んだ表情で相変わらず僕の手をさすりながら、柔らかくつぶやいた。

「苦しかっただろ、一人で乗り切って、えらかったな」

 そう言うと佳純は、僕の指先に唇で触れた。慈しむような温かいそれに、息が漏れる。
 発情期を、オメガの発情期を、そんな風に言ってくれたことに、涙が溢れた。そうなのだ、ただの風邪とは訳が違い、理性を失い獣のように性を発散させる自分が愚かで恥ずかしかった。でも、誰が見てもわかるほど、あんなに乱れた跡だったのに、忖度などしない彼がそう言ってくれたのだ。飛び散った吐瀉物や僕の精子を、彼は丁寧に拭い取りきれいにしてくれた。

「佳純………ありがとう…」

 佳純は僕が泣き止むまで、ずっと指先を撫でたりキスをしたりして甘やかしてくれた。その一つひとつの優しさと温かさに、僕はどんどん佳純がいないとダメになっていくことをわかっていた。
 そのあと、僕は薦められ、風呂に入り、あがると佳純が頼んでおいたであろうデリが届いていた。洋食、中華、和食、なんでも揃えられた食卓を目の前に感嘆の声を漏らす。

「佳純、嬉しいけど、こんなに食べきれないよ…」

 佳純って、大食いの人だっけ?と振り返ると、佳純は無表情のまま割り箸をばちりと割る。

「…これから長いんだら、いっぱい食っとけ」

 唇を突き出してもごもごと言う佳純に、どういう意味だろうと顔を赤らめながら見つめる。しかし、腹いっぱいに食べた僕に満足する佳純は、「中華が好きなんだな」と小さくつぶやいたので、下心ではなかったことに気づいた。邪なことを考えていたのは僕で、佳純は見た目の割に、愛読書がふしだらな割に、考え方はピュアなのかもしれない…と、立てた膝に顔をうずめ反省した。そんな僕を、佳純は、腹が痛いか?などおろおろしながら困っていた。それが愛らしくて笑い、今までの考えを流させてくれた。
 ソファを背もたれにし、二人で並んで座る。彼の肩に頭を預け、やんわりと身体に流れ込んでいる甘い匂いに酔いしれる。佳純は、僕の背中に腕を回し、手のひらで頭を撫でてくれる。この甘い時間は、僕のオメガが彼のアルファをつなぎとめているから得られる時間なのか、と思うと、もっともっと続いてほしいと意地汚く願ってしまう。その瞬間に、どくりと心臓がうずき、身体が熱くなる。呼吸が荒くなってきて、唇を舐める。

「佳純…、また、きたかも…」

 佳純の胸元を、きゅ、と握りしめて、見上げると彼は、すん、と鼻を鳴らすと顔を赤らめた。

「ごめ、ね…か、すみ…」

 彼は鼻を覆うために口元を手で覆ったが、僕は身体を止めることができなく、ゆっくりと、彼の唇の上にある手のひらに柔らかく吸い付いた。唇がひやりと彼の体温を感じ、震える瞼をじわじわと上げると、劣情が宿る瞳は僕をとらえていた。目の前にある手を握ると、僕の弱い力に任せて手を降ろし、近づく僕を唇で受け止めた。

「七海…」

 逞しい腕が僕を抱きすくめ、後頭部を包み込むと、大きく口を開き、熱い舌を差し込んできた。彼の身体の中で、しっかりと発情を迎え、僕は与えられる快感を全身で悦び、喘ぎ縋りつくことしかできなくなってしまう。彼は、何度も何度も、僕の名前を唇の隙間から漏らす。うっとりと瞼を降ろし、身体をめぐる熱情に震える。

「か、しゅ、んっ、ぃ…んんっ!」

 抱きしめたまま身体を持ちあげられ、一瞬の浮遊感に驚き、声をあげようとするも唇でふさがっている。目を見張ると、彼はまなじりを下げながら僕を見つめていた。強く彼にしがみついていると、ふわり、とベットに降ろされる。ちゅ、と唇が離れる。

「かす、み、…んぅっ」

 首筋に顔を寄せられ、ぢゅ、と強く吸われたと思うと、優しく舌でくすぐられる。それに身体が悦び震え、腹の奥がじわりとにじんだ。荒い息の中、彼の名前をもう一度呼ぶと、頬を染めた佳純が顔を上げた。

「いっぱい、だして……」

 首に両腕を回して、吐息が彼の唇を濡らす。彼は噛みつくように僕にキスをし、ズボンに手をかけた。そして、履いたばかりのジーパンを佳純が脱ぎ捨てるのもわかった。これから訪れる快感に、奥のオメガがじりじりと焦げ付く気がした。


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