甘雨ふりをり

麻田

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第21話





 淡い光に目を覚ますと外はしとしとと雨が降っていた。少しの肌寒さに掛け布団を直す。そして、目の前で寝息を立てて愛らしい寝顔を惜しげもなく見せてくれている佳純ををしばらく見つめる。そうだ、昨日、なんだか発情期みたいになって…それで…。
 狭いシングルベッドは、佳純一人でも小さい感じがあるのに、僕も床を共にすれば狭いに決まっている。それを補おうとしているのか、佳純は僕を二人の間に隙間がないように、ぎゅ、と抱きしめて眠っている。その腕の力強さに、幸せを感じてしまう。
 正直、オメガの弱いところを理由に、アルファの彼に甘えるのは、卑怯だと思う気持ちもある。底知れぬ意地汚さも感じる。でも、それでも、僕は、この大嫌いな性を使ってでも、目の前の男を、佳純を、離したくなかったのだ。首元に唇を押し当て、甘い匂いを吸い込む。それだけで、僕は彼のものになった気がして背筋がぞくぞくとするのだ。嬉しい。早く噛まれたいと宣言するように疼くうなじには、まだ気づかなかった。

 雨で出かけることも出来ず、いつものソファで並んでゆったり過ぎる時間を楽しんだ。ソファ前には大きな液晶テレビがかけられているが、一度もつけたことはない。雨粒を受け止める森の音も、隣の男の呼吸や心音を感じるのも好きだから、スイッチを入れる気にはならなかった。
 ここ最近、眠気がとにかく強い。佳純の隣の居心地のよさかとも思ったが、それだけではない気もする。隣で読書を飽きもせず続ける彼の肩にもたれてうたた寝をしていたが、だんだんと彼の体温がほしくて、身体を寄せていくと、僕のわがままに答えてくれるようになっていった。肩の中に僕を受け入れてくれ、より彼の匂いや体温を分け与えられる。時には、彼の膝枕で目を覚ますこともあった。
 夕飯を作るのも楽しみのひとつだったが、倦怠感に負けて彼に甘えてしまう。外に頼むこともあるが、食欲がわかない僕のために佳純が料理をしてくれることもある。
 そして、この夏の雨の間、僕は毎晩、佳純に甘えた。風呂を出ると入れ替わりで佳純が入る。その間に、彼の寝室に入り、布団に包まるのだ。うっとりと彼の匂いに酔いしれると後ろが疼き、発情期の状態になってしまう。いつもは浴槽にたっぷりと浸かり長風呂の佳純がこの雨のシーズンだけ、シャワーのみで風呂をあがっていたことに、寝室で彼の残り香に夢中になっている僕は気づきもしなかった。
がちゃり、とドアが開き、まだ滴をたくさんつける佳純が現れると嬉しくて全身が騒めきだす。潤む瞳で、彼の名前をつぶやくと、全てを察してくれた優しく指先が僕を甘やかしてくれる。たくさんの口付けと愛撫に、長い射精で膨らむ子宮、全てに心身ともに満たされて、それでも意地汚いことに僕は、もっともっとと佳純に強請ってしまうのだ。そんな僕を困ったように佳純は諌め、一回で終わらせて子供のように抱きしめられあやされ、眠りにつく日もあった。



 慣れたように、彼の腕の中で目を覚ますと、眩しくて目をすがめた。葉についた滴に久方ぶりの陽射しが反射し輝きを増した。外は、久々の晴天であった。夏だ、と再確認させられる強い日差しに、少し落胆する。もう、夏休みの終わりが近づいてきていることを感じさせられるからだ。
 目の前で健康的に眠る佳純の頬にそっと指をあてる。人差し指で、整ったパーツを気づかれないように撫でていく。もう、この生活も終わりが近い。明後日にはここを出て、実家に帰るからだ。僕がその話をすると、彼も実家に出向かなくてはならないらしく、一緒に出ることになった。小さくため息をつく。やっぱり、ずっと彼といることを選択すればよかった。長い睫毛が小さく揺れ、美しい瞳がうっすらと見えた。

「おはよう」

 唇にゆっくりと吸い付き、離れる。まだ寝ぼけ眼の彼は、僕の頬を撫でて、柔く微笑んでから、ちいさな声で挨拶を返してきた。この愛おしい時間が終わってしまうのかと思うと、急に目頭が熱くなり、誤魔化すように彼に抱きついた。熱い身体からは、今日も心地よい匂いと音がする。
 とんとん、とひんやりとする手のひらが、少し火照った僕の身体を冷ますように、背中を撫でる。空気が彼の身体の中に入り込むのがわかった。

「花火」

 単語だけで止まってしまった言葉の後を追うように、顔を上げて、瞳を覗き込む。佳純は、じ、と僕を見つめていた。

「見に行こう」

 そういえば、ここに着いた頃にたまたま入っていたチラシを見かけた。ここ数年、行われているこの辺りの街起こしの一つらしく、年々規模は拡大され、今やなかなかの名物になっているらしい。ここで過ごす、最後の日にふさわしいようなビックイベントだな、と心の中で思うと、少し眦を染めた彼に気づいた。じわ、と身体の奥が温かみが増し、つい顔が綻んでしまう。うん、と大きくうなずき、彼の胸元にさっきよりもきつく抱き着く。少し、心音が早まっていることには気づかないふりをした。
 それから、佳純の知り合いらしい浴衣屋でレンタルをすることにし、タブレットから二人でカタログで浴衣を見た。僕は佳純に、瞳に合うような深い藍色に、白い帯の浴衣を悩みに悩んで提案し、彼は僕に淡い青色の浴衣を選んだ。そのあと、夕方になると浴衣を持った初老の品の良い男性がきて、僕に着付けてくれた。佳純は、一人で着付けができるらしく、そんな器用さに驚いてしまう。並んだ僕たちを見つめる初老の男性は、お似合いですね、とにこにこと微笑みながら言った。
 見慣れた私服姿から、初めて見る和装の佳純も、やはり美しかった。すらりとした体型に品の良い藍色がよく映えた。そして、彼が気に入っているらしいシルバーのピアスとネックレスがたまに、ちらりと光るのも魅惑に映る。僕が選んだ浴衣が似合っていて、彼の美しさを引き立たせていると思うと、指先が痺れるように、じいんと疼いた。そして、今、僕が身を包む浴衣も、佳純が選んでくれたものだと思うと、言葉にできない欲が満たされるのを感じた。
 履きなれない鼻緒に足を通し、タクシーを待っている間に、夕焼けが落ちた藍色と橙が混じりあう空の下で、僕を見つめていた。何かと思い、胸を鳴らして瞳を見つめ返すと、そっと頬を撫で、前髪を耳にかけた。じわじわと昨日の雨の湿度が肌にまとわりつくのを感じながらも、それから、ふ、と笑う。

「よく似合ってる」

 満足そうに、頬を少しだけ染めて彼は緩む口元のままつぶやいた。頭の奥が、じんと甘く重くなり、僕は言葉を返せなかった。ただ、身体は外気温のせいではない原因で温度をあげた。やってきたタクシーに乗り込み、僕らはそれぞれ暮れる空を見つめながら無言で到着を待った。彼がいる左肩がなんだか妙に熱い気がする。
 タクシーを降り、少し歩くと、大きい神社が石畳の上に現れた。提灯がたくさん灯り、幻想的な雰囲気に、思わず感嘆の声が漏れた。予想よりも人が多く、家族と来ている小さな子供もいれば、恋人と寄り添いながら過ごす人たちもいる。久しぶりの喧騒に、少し後ずさりしそうになるが、隣の彼をちらりと見やると、目をきらきらさせながら屋台を見まわしていて、くすりと笑ってしまった。

「何から食べようか?」

 じゅるり、とよだれをすする音が聞こえそうなほど、彼は口をもごもごとさせながら腹の虫が鳴いた。つい笑い声が出てしまい、二人で人の波に乗り込んだ。
 焼きそばにたこ焼きに焼きとうもろこし。佳純が立ち止まるものを一つずつ買い、彼は嬉しそうにどんどん食べ納めていった。店の切れ目で立ち止まり、気持ちの良い食べっぷりに、ついつい口元を緩めながら見つめていると、その口元に焼きそばをつまんだ箸がやられる。

「ん」

 うまいぞ、と瞳を輝かせながら見た目よりも何歳も幼い様子を見せる彼が愛らしくて、その気持ちに甘えて、ぱくりと分けてもらう。

「おいしいね」

 微笑みながら伝えると、彼は気をよくしたのか、たこ焼きもとうもろこしも分けてくれた。おいしいと思うを共有できる嬉しさに、じわとまた体温があがるのを感じる。
 あっという間に佳純は食べきると、次に向かう。先ほどよりも、人が増えたようだ。どん、とすれ違いの男性に肩がぶかり、転びかけると彼が抱き留めてくれた。屋台の油と食べ物の焼けるよい匂いに紛れて、彼の匂いが、ふと鼻をかすめる。そ、と肩を寄せると、彼は大きな手のひらで僕の手を包み込んでくれた。その手のひらに指を絡めて、誰にも見えないように身体を寄せて隠すように彼の後ろを歩いた。は、と熱い吐息が漏れてしまい、彼への思いが自分の中でむくむくと大きくなっていっているのがわかってしまう。
 彼が立ち止まり、僕と屋台を輝く瞳で交互に見る。視線の先には、子供たちが多く集まる型抜きのコーナーだった。肩の力が、ふと抜けるように笑う。ああ、僕は佳純が…


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