甘雨ふりをり

麻田

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第43話





 淡い光に照らされて、目を覚ます。身じろいで、目の前の温度に縋りつく。すると、大きな身体に抱き込まれて、ほ、と息をつく。
 昨夜、事実を告げられ、二人とも言葉少なにそのまま抱き合いながら、ベッドに潜り込んで眠りについた。
 つむじに、ちゅ、と吸い付かれて顔をあげようとしたところで、佳純は僕から腕を引き、起き上がってしまった。

「ゃだ…」

 寝起きの声でつぶやき、彼の袖を軽く握ると、佳純は僕を見つめて、微笑み、頬を控え目に撫でた。

「もう、打たないで…」

 長い指先は、ぴく、と固まる。そのきれいな形をした爪先を柔く握りながら、身体を起こす。顔を近づけて、動揺に揺れる瞳を覗き込むと、そ、と視線を離された。

「一人で、苦しまないで…」

 佳純が、アルファだから好きなわけではない。大切なひとが、たった一人で苦しんでいる事実が、苦痛でならないのだ。
 今後、二人が一緒に未来を歩むためには、ここで一人が何かを捻じ曲げたり我慢したりすることは、いけない気がする。
 お願い、とつぶやき、彼の首に両腕を回す。身体は彼の匂いを嗅ぎとれないが、胸の中心が温かく熱を沸かす。少し間があってから、佳純が僕に頬ずりをし、抱擁に応える。

「わかった」

 その一言に、安心して、詰まっていた息を吐きだし、もう一度抱きしめなおして、彼の耳元に唇を押し当てた。

「その代わり、七海も、もう嘘をつくな…」

 耳に熱い吐息がかかり、肩をすくめてから、彼の顔を覗く。優しい瞳は、温かく語りかけている。どくん、と大きく心臓が鳴り、身体から力が抜ける。

「う、そなんか、ついてない…」

 頬を撫でられながら、うっとりしながらも答えると、佳純は、ふ、と笑った。

「嘘つき」

 むに、と柔らかく頬をつままれて、む、と唇を結び引く。佳純は、笑いながらも、真摯な瞳で続けた。

「七海が、悩んだりしんどかったりするのを、嘘をつき続けるなら、約束はできない」

 つまんだ頬を労わるように、何度も大切そうに撫でられると、うなずくしかできなかった。そうすると、佳純は満足そうに眉を垂らして頬を緩める。目の前にある、美しい顔を隅から隅まで見つめる。ゆっくりと、顔を近づけて、お互いの湿った吐息が唇をかすめあう。佳純、と名前を囁き、熱のこもった瞳が近づき、焦れるように瞼を降ろすと、しっとりと唇が合わさった。久しぶりのキスに、身体が震えて、鼻から声が漏れる。触れ合ったのは一瞬で、すぐに離れてしまったのに、じっくりと余韻を味わい、睫毛が触れる距離で見つめあう。

「誓いのキス、みたい…」

 照れて、そうつぶやくと、佳純も蕩けた瞳で、そうだなと柔らかく返してくれる。早く、健康な身体に戻った彼と、ちゃんとキスがしたいと切に願いながら、もう一度、キスをねだるように唇を指先で触れると、うなじに手があてがわれて、しっとりとお互いの唇を濡らす。うなじから脳を通り、腰へ降りて、甘い痺れが帯電する。その心地よさがあまりにも久しぶりで、貪欲に求めてしまいたくなるのを残った理性でなんとか落ち着かせた。

「早く、元気になって」

 ぴったりと身体を佳純にくっつけて、胸元で囁くと、佳純はうなずいた。その反応は、嘘ではないだろう。彼が誠実に僕と向き合う約束をしてくれたのだ、僕だって佳純の思いに応えたい。もうしばらく、熱い身体に包まれていたいと、瞼を降ろした。




 それから、一週間ほどかけて、少しずつ佳純の体調は回復していった。まだ、うっすらとクマは残っているが、やつれた顔は元の彼の表情に戻りつつある。毎日、夕飯を一緒に食べてくれることも嬉しかったし、何より、抱きしめ合いながら同じベッドで眠りにつけることが幸せだった。朝は佳純の時間に合わせて起床し、活動できるようになり、僕の身体の調子も戻ってきていた。
 風呂上がりの彼をライトを暗くしながら待つ時間は、毎回、どきどきする。そんな僕に気づいてか、目が合うと微笑み、ゆっくりと近づいてくる。ぎ、とベッドが鳴り彼が乗り上げると、優しく頬を撫でられて、今日も頭の奥が甘く疼く。その手に指を絡めると佳純はさらに表情を緩める。その変化が何よりも僕の心を溶かした。その手を握りしめて、身体を起こしてベッドに座り、彼と向き合う。
 ゆっくりと腕を伸ばし、佳純の首のまわして、顔を首筋に近づける。身体に嫌悪感はなく、緊張しがらも首筋で深く呼吸をする。ふわりと柔らかく、彼の匂いが漂った。甘いフルーツのような香りが鼻腔を通り、身体に送り込まれる。ぞく、と背筋が反応するが、嫌な感覚ではない。腕をほどき、胸元に手を置いて、彼の顔を覗く。心配そうに揺れる瞳と交わり、にこりと微笑む。

「いい匂いがする」

 頬を染めながら伝えると、佳純は安堵の溜め息をついてから、よかった、と甘く囁く。もう少し、その匂いの中に揺蕩いたい気持ちもあったが、彼を困らせる状況になるのが心配で、そのくらいで我慢する。そして、指先を絡めて、戯れに交じりながら、丸い爪先にお互いキスをする。唇を重ねたのはあの時以来まだない。焦れる思いが心を占めていて、もっと急ぎたい気持ちがあるが、佳純がまなじりを染めながら大切そうに手の甲にキスを落としている姿を見ると、充足感が身体を包む。そうして、今日も、抱きしめ合いながら眠りにつく。
 約束の期限まではあと二週間を切っていた。カレンダーを見つめる度に、あんなことを言ってしまったことを後悔するが、これはひとつのけじめなのだと自分に言い聞かせて胸を叩く。一度距離を置いて、冷静に自分たちを見つめなおすのも大切なことだ。
 自分の身体はオメガとして、少しずつ回復にあるのかは自信を持って言えないが、佳純の匂いを感知し受け止めることはできるようになってきた。佳純は、僕の匂いを嗅げているのだろうか。
 すぐそこで規則正しい寝息を立てる彼を見上げる。まだクマは残っているし、身体の厚みも出会った頃と比べると薄い。しかし、生徒会の業務が忙しいのは事実のようで、凛太郎から、たまに愚痴の電話がかかってくるときがある。風紀委員であれだけの労働量なのであれば、生徒会長はもっとなのであろう。生徒会長として壇上にあがる佳純を想像しようとしたが、まったくイメージが出来ずに一人で笑ってしまう。四月には、あの桜並木の中を佳純と歩けるだろうか。生徒会長になった恋人は、遥か遠くの存在のようになってしまわないだろうか。そもそも、その頃まで、自分たちの関係は、恋人、であるのだろうか…。
 考えれば考えるほど、悩ましく頭の中が混沌とする。彼の薄くあいた唇を見つめて、そ、と触れる。湿った吐息を感じて、身体が小さく震えた。彼が寝ていることを確認してから、ゆっくりと顔を寄せる。唇に彼の吐息を感じると、寒気が走った。その瞬間に、すぐに身体をもとの場所に戻して、佳純に抱き着いた。
 ばくばく、と心臓が大きく跳ね、冷たい汗が背中ににじんでいるのがわかる。
 まだ、ダメなのか…
 粘膜の接触は一番身体を慣らすには良いらしい。しかし、その分、触れ合うときのストレスも大きいから、おすすめはしたくないと医師に言われたことを思い出す。
 あと二週間もないのに。
 短い期間で、僕はアルファを取り戻した健康な佳純とどこまで接触ができるのか。。
 どこまで、健康なオメガに戻れるのか。
 夜はしんしんと深まるのに、僕の頭だけは嫌に冷たく冴えていく。
 この恋人だけは、離したくない。
 お願い、神様…僕、頑張るから…
 力いっぱい眠りについている佳純に抱き着いて、あふれる涙が彼の衣服を濡らしていく。僕は、その苦しみの中で気絶するように眠りについていた。
 そのため、佳純が終始、僕の行動に気づいていたことや眠りについた僕を大きく包み込むように抱きすくめていて苦しんでいたことを知るわけがなかった。


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